本という贅沢108『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(平田オリザ/講談社現代新書)

「わかりあえない」ことから始めたら、私たちは、もっとわかりあえる?

毎週水曜日にお送りするコラム「本という贅沢」。今月のテーマは「人づきあい」。 リアルなコミュニケーションが難しくなった現在、「わかりあえなくなった」と感じている人も多いと思います。では果たして、対面でのやりとりが復活すれば“ずれ”はなくなるのでしょうか?平時でない今こそ、考えたいテーマです。その手引きとなる1冊を紹介するのは、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんです。

●本という贅沢108『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(平田オリザ/講談社現代新書)

『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』(平田オリザ/講談社現代新書)

夫と子どもを事故で亡くした女性がいる。彼女のもとに、週刊誌の記者が訪れた。
それまで彼女は、すべての取材を断ってきた。しかし、インターホンごしに「僕にも同い年の子どもがいるので、あなたの気持ちがよくわかります」と言われ、その男だけは家にあげることにした。
取材を重ねるうちに、二人は親密な関係になる。実は、彼女には、計画があった。「あなたの気持ちがわかります」といった男に、「ほんとうに」自分と同じ気持ちを味わってもらおうと思ったのだ。
記者と親しくなった彼女は、男の妻と子どもを葬ろうとする。


……というプロットの小説を書いたことがある。
暗いっ!!!! めっちゃ暗すぎるっっ!! 

学生時代、それも多分10代だったと思う。
この頃の私は、「人と人とは絶対にわかりあえない」と頑なに思っていて(多分、そう思ったほうがお得な案件があったんだと思う)、軽々しく「君の気持ちがわかるよ」と言う人を、小説の中で殺そうと思ったくらい憎んでいた。まあまあ危ないヤツだ。

もちろん今は、そこまで極端なことは思っていない。
バカリズムさんがよく演じるような、「わーかーるーぅぅぅ」っていうリアクションが大好きだし、共感力が高い人は心から素敵だなって思ってる。

けれども、この「簡単にわかりあえない」「わかりあった気分になりたくない」みたいな頑固な気持ちは、ときどきふっと顔を出す。
ちょっと真剣な話をしてるときは、なるべく気をつけて相槌をうつように(うたないように)している自分が出てきてしまう。
そして「ああ、それ、わかる」の濃度が同じくらいの人と出会うと、男も女も関係なくもれなく惚れちゃう性癖がある。

わかりあうことができないと思っていると
ときどき奇跡的にわかることができたときに
とっても嬉しくなる。

ときおり、誰かと同じ景色が見えたように感じたときは、少し、神様の存在を感じる。

他者とのコミュニケーションについて、この本ではこんなふうに表現されている。

日本のコミュニケーション教育は(中略)「わかりあう」ことに重点がおかれてきたように思う。私は、その点に強い疑問を持っている。
わかりあえないところから出発するコミュニケーションというものを考えてみたい。そのわかりあえない中で、少しでも共有できる部分を見つけたときの喜びについても語ってみたい。

ああ、そうだなー。そう考えることはとても、優しくて美しいと思った。

「わかりあえる」と過信するのでもなく、
私のように、「ほとんどわかりあえない」と決めつけるのでもなく
「わかりあえない」ことを前提として、それでも希望を持って「わかりたい」と触り合う。
そういうコミュニケーションは、あたたかいなーと、思う。

この本には、日頃の人間関係を見つめ直すキーワードが、マイルストーンのように、ぽつりぽつりと置かれていて

それは例えば、
・「会話ではなく、対話をしよう」という言葉だったり、
・「シンパシー(同情)ではなく、エンパシー(共感)に移行しよう」という言葉だったり
・「人は“違い”には敏感だけれど、“ずれ”をスルーしがちである」という言葉だったりする。

・「言葉は万人に平等ではない」という指摘にもドキっとする。
日ごろ、なぎ倒すような慌ただしい会話をしていると、なかなかそこに気づけない。

2012年から読み継がれているベストセラー。
読めばすぐにコミュニケーションの達人! って本では全然ない。むしろ軽々しく口を開くことを躊躇するようになる本かもしれない。けれども、この本を読んでから言葉を発すると、その言葉はちょっと優しくやわらかくなる、そんな気がする。

そんな優しくて思いやられた言葉に満ちた、世界に住みたいなって思うんだ。まずは自分の半径5メートル以内からでも。

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平田オリザさんの本に、『総理の原稿』(岩波書店)という、松井孝治さんとの共著がある。これがまた、政治の言葉が、私たちの言葉になる瞬間までの物語で、とてもドラマティックでした。

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それではまた来週水曜日に。

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。