【グラデセダイ39 / 小原ブラス】豊かな時代を生きる、弱い人たちへ。
●グラデセダイ39
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妄想旅行で振り返るロシア
コロナ禍で遠出ができない今、僕はiPhoneのカメラロールの写真をハイボールのつまみに、昔の旅行を思い出す想像旅行にハマっている。昔行ったフィリピンや台湾などはもちろん、僕の生まれたロシアを思い出すのも楽しい。
ロシアの写真を見ると多くを占めているのが、親戚や友人が集まる飲み会での写真。
外でお酒を飲む文化があまりないロシアでは、なにかあると親戚や友人の家に集まって、皆でお酒を飲むのが一般的。週に1回は必ずそのような宅飲みパーティーがある。普段外ではあまり笑わないロシア人も、この時ばかりは信じられないほど笑い、酔っぱらう。
ロシアの飲み会で1番多く話されるネタは何と言っても「ソ連のあの頃は」ネタだ。ソ連は1991年まで存在していた社会主義の国。今は資本主義の国となったロシアに住む30代以上の人はソ連で生活をし、その崩壊を経験している。
日本では、ソ連といえば貧しい、なにかするとすぐ粛清、シベリア送り……そんな暗いメージかもしれないが、不思議と「ソ連のあの頃は」ネタを話すロシア人の顔は、みな生き生きとして楽しそうだ。
社会主義国だったソ連の人々の暮らしとは
ソ連では国からの指示された通りの物を指示された量だけ作る計画経済。資本主義国のように、よりよい物を作って他の企業と競う必要がないから、ソ連製の物はとにかく品質も悪ければ見た目も格好悪い。
飲みの席ではいつも、どれだけポンコツで燃費の悪い車に乗っていたのか自慢、どれだけダサい服を着ていたか自慢や、どれだけ大変な目に遭ったか自慢がよく盛り上がる。あとはウォッカを禁止された頃に、自宅で隠れてサマゴンという蒸留酒を作った自慢もよく聞く。
ソ連にはなかった質の良いストッキングを、やっとの思いで手に入れ、穴があいても縫い目が見えないように、髪の毛を糸の代わりにして工夫して縫ったという話。外国製のスニーカーを履くのがもったいなくて、手に持って裸足で通学し、学校の中でだけ履いた思い出話。
聞いているととてもじゃないが、羨ましいとは思えない話ばかりだ。物がない貧しい時代の話をどうしてこんなに楽しく話せるのだろうか。不思議に思って彼らに聞いてみると誰もが口を揃えて「だって楽しかったんだもん」と言うのだ。
社会主義の国では土地や建物も国の皆のもの。自分と他人の所有物の垣根が薄い社会では、街の清掃活動をするのもそれほど苦ではなかったと言う。誰かの家の掃除を手伝いに行き、逆に何かを手伝ってもらう。誰かを無償で手伝うことに誰も疑問を抱かなかった時代に、貧しいながらも人とのつながりが楽しかったのかもしれない。
そんな時代を経験した彼らの目には、資本主義の国に変わり、物が手に入るようになって、生活が豊かになっていく中で、人の心が少しずつ貧しくなっていく様子がリアルに映っているのだろう。
今のロシア人は何かをしたら必ず見返りを求めるようになったし、その見返りに満足いくこともなくなったと、僕のおばあちゃんはよく言う。欲しいものを手に入れても、昔のような喜びは感じなくなったのだそうだ。
確かに、物が溢れている豊かな私たちは、何か欲しい物を手に入れても、その喜びを1日や2日で忘れてしまっている。プレゼントを貰っても、すぐに飽きる。まだ問題なく使えるスマホを毎年買い換えて、それでも誰かの持っている物をみて羨ましく思ってしまう。
通勤を楽にするために車を買いたくて、必死にお金を稼いで買う。通勤が楽になって最初は嬉しい。だけど次第に車を持ってなかった頃には気にもしなかった会社の同僚が乗っている車が、自分のよりも良い車だということに気がついてしまう。するとせっかく買った自分の車が物足りなくなる。だからまた必死に働いてお金を稼ぐ。人間は、物を手に入れることで、ますます欲しくなる生き物なのだ。
僕たちが今、欲しいものって……
ソ連の社会主義は、競争がないと怠けてしまうという人間の性によって失敗したと言われることも多いが、今の世界のスタンダードである資本主義の世界は、欲に対して底がないという人間の性に振り回されているように感じる。
飲み会の席でよく言われるロシアの言葉を思い出した。
大変な時代は強い人間を生む
強い人間は豊かな時代を作る
豊かな時代は弱い人間を生む
弱い人間は大変な時代を作る
ああ、豊な時代を生きる弱い人たちよ、僕たちは何が欲しいんだろう
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