広瀬姉妹の鼻で吹くハーモニカ、オードリーみたいな永山兄弟……リモートドラマ「Living」で坂元裕二の描いた人類の明日

新型コロナウイルス拡大によって、私たちの常識が新しく変わろうとしています。さまざまな舞台、イベントが中止になっただけでなく、ドラマの収録も中断。なかでも斬新なチャレンジだったのが、NHKのリモートドラマです。「リモートドラマ Living」は、大ヒットドラマ「東京ラブストーリー」などで知られる坂元裕二氏が脚本を担当し、実生活で姉妹、兄弟、夫婦である俳優を起用し話題になりました。今しか見られないリモートドラマがこれからのドラマを変える?
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まったく新しい「リモートドラマ」

現在、テレビのドラマはほとんどが再放送になってしまいましたが、主に深夜などの枠を使ってチャレンジングな「リモートドラマ」が流行しています。
なかでも話題を集めたのが、NHKで5月30日と6月6日の2夜にわたって放送されたリモートドラマ「Living」です。

脚本は「Mother」「最高の離婚」「カルテット」などの傑作ドラマで知られる坂元裕二。実は「東京ラブストーリー」も彼が23歳のときに脚本を書いた作品です。テレビドラマの脚本を書くのは『anone』以来、2年ぶりとなります。

15分ずつ全4話のオムニバスで、出演者は第1話が広瀬すずと広瀬アリス、第2話が永山瑛太と永山絢斗、第3話が仲里依紗と中尾明慶、第4話が青木崇高と優香(声のみ)。ストーリーテラー的な役割の「作家」役で阿部サダヲ、彼を叱咤激励する「ドングリ」の声を壇蜜が担当しています。

第1話と第2話はそれぞれ姉妹と兄弟、第3話と第4話は夫婦の2組が共演しています。つまり、本物の「家族」が共演しているわけです。ちなみに広瀬姉妹、永山兄弟はこれが初共演、中尾・仲夫妻も結婚後初共演でした。

「Living」は「リモートドラマ」ですが、一見、普通のドラマと変わりません。これまでのリモートドラマはほとんどがZoomなどを使った分割画面で進行していたのに対し、「Living」の出演者たちは同じ場所に座っていたり立っていたりします。これは「家族以外の多人数での会食」の自粛を要請していた緊急事態宣言の反映で、家族なら同じ場所にいてもおかしくないというアイデアでした。話題になった広瀬すずと広瀬アリスのインスタライブを思い出した人もいるかもしれませんね。

打ち合わせはリモートで済ませ、カメラなどの撮影に必要な機材などは消毒してから俳優側に送り、撮影そのものは俳優が行ったそうです。2人きりで撮影しているからか、それぞれの親しい関係性が画面に表れていて、心地よさを感じることができました。リモートドラマといえば新しいテクノロジーの使い方に注目が集まるドラマが多かったようですが、「Living」はまったく違うアプローチから作られた作品だと言えるでしょう。リモートドラマに飽きた人ほど観てもらいたいドラマとも言えます。

 

わちゃわちゃ楽しい広瀬姉妹、オードリーの真似をする永山兄弟

「ファンタジードラマ」と銘打たれているとおり、「Living」では阿部サダヲ演じる作家の頭の中で紡がれた、現実とは少し違う世界がそれぞれのエピソードで描かれています。

第1話は、「狩るぞ!」が口癖の妹、クコ(広瀬すず)とダンスインストラクターの姉、シイ(広瀬アリス)のネアンデルタール人姉妹のお話。ネアンデルタール人の「種の保存の義務と責任」にこだわるクコと、ホモサピエンス(人間)との恋愛もウェルカムのシイ。だけど、ネアンデルタール人との出会いは少なく、いつの間にかクコもコミュ力が高いホモサピエンスのオスが好きになっていて……。

広瀬姉妹のわちゃわちゃしたやりとりが本当に可愛らしいです(語彙力なし)。異なる種族との恋愛への明るい希望と、自分の種族が絶滅するどうしようもない絶望がないまぜになったラストでした。鼻で吹くハーモニカのセッションも圧巻です。

第2話は、未来の世界で「過去にはやった料理」を作ることを生業にしているハク(永山瑛太)とライ(永山絢斗)という兄弟のお話。彼らが生きる世界は細かく国境が定められ、定期的に戦争が行われていました。ふたりは仲良しですが、戦場では戦わなければいけません。でも、偉い人が決めたのだから当然と思っています。ライには心に秘めた想い人がいましたが……。

こちらも薄明るい絶望が包んでいるエピソードです。道徳の教科書で「どうせ失敗するんだから諦めなさい」と子どもたちに教えるディストピア。戦争が続くきっかけが、令和時代のインターネットで匿名アカウントが一斉に実名アカウントになったから、というのも笑うに笑えません。永山兄弟の笑い方がオードリーの若林そっくりなのは、たぶん意識してやっていると思います。

 

「楽しいことだけ分け合ったって、夫婦上手くいかないから!」

第3話は、怒りっぽい妻のアキ(仲里依紗)と妻を愛しているんだけど恐れている夫のシゲ(中尾明慶)のお話。人の記憶を数分間リセットできる催眠術を学んだシゲは、アキに怒られている最中に実行します。しかし、何度繰り返してもまた怒られてしまうシゲ。ついにアキは離婚を切り出しますが……。

小手先のテクニックにばかり頼って妻と向き合わない夫に対して、妻が「夫がね、妻に言う『ごめん』ってね、『もうその話やめろ』って意味なんだよ」「楽しいことだけ分け合ったって、夫婦上手くいかないから!」と本質的なことを切れ味鋭く言い放つのは、まさに坂元脚本の醍醐味です。中尾によると、仲が自分を叩くシーンに遠慮がなかったとか。さすが本物の夫婦ですね。

第4話は、風邪で妻子と隔離されて生活されているテレビマン、東山(青木崇高)のお話。彼は自分の部下が報道しようとしていた「真実」を権力者への忖度で握りつぶします。すると突然、テレビに高校野球で投手をしていた自分の姿が。高校時代の東山は、地区予選の決勝で強打者相手に5連続敬遠をしていました。試合に勝った自分を「勝ち組」だと笑っていた東山ですが、そのうち「力いっぱい投げればよかった」と後悔しはじめます。すると、テレビの中の自分は相手に真っ向勝負を挑みはじめて……。

冷笑家で現実主義者の東山がテレビを見ているうちに「お前の思った通りに投げればいいんだ」と熱くなる姿に、こちらも胸が熱くなります。青木崇高の一人芝居にひきこまれますが、声だけ出演している優香の優しい言葉も自然で温かかったです。

以上、S(スコシ)F(フシギ)な坂元裕二劇場でした。希望と絶望、信頼と不信、賢さと愚かさ、真実と虚偽、信念と諦念などがすべて短い時間にギュッと凝縮された圧巻のリモートドラマ。ポジティブな未来を選び取ることができるかどうかは、われわれ次第ということでしょう。わかりやすいメッセージを伝えてくれるわけではないので、一度観ただけでは「?」な部分もあるかもしれませんが、二度三度観ると次第に頭の中に染み込んできます。こんなスルメ的な味わいのドラマをほぼ1カ月で作り上げてしまったことにも驚きです。

なお、これらすべてのストーリーは、ドングリに「人類の長所」を問われた阿部サダヲ扮する作家がひねり出したもの(という設定)。彼は「人類は世界の嫌われもの」「人類がいなくなったって世界は続く」と冷たいことばかり言うドングリに対して決然と言います。

「私は言うぞ。人間って素晴らしい! 人間は生きる価値がある! 人間はいて、いい! そう言いたい」

人類は醜くて、不正ばかりして、ろくでもない存在。それをわかった上で、虚しい気持ちになりながらも、あえてこう言う。それがウイルスによって生命の危機にさらされ続けるアフターコロナ、ウィズコロナの時代に求められる人類の態度なのかもしれません。

やっぱり坂元裕二のドラマって深い(語彙力なし)。6月21日に放送される松たか子、阿部サダヲ主演のスペシャルドラマ『スイッチ』も楽しみです。

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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