「リッチマン、プアウーマン」スティーブ・ジョブズみたいな小栗旬、とんでもなく可愛い石原さとみ【水曜日はあのお仕事ドラマをもう一度】

他の曜日と比べると「お仕事ドラマ」が多い水曜日。コロナ禍でドラマが放送延期になっている今だからこそ、過去のお仕事ドラマを見直してみませんか?今回は2012年に放送された「リッチマン、プアウーマン」。時代は変わっても、不朽の名作の法則は変わらない?

今回取り上げるのは、2012年7月より放送されていた「リッチマン、プアウーマン」(フジレビ)だ。三浦春馬、武井咲の出演で話題になった「大切なことはすべて君が教えてくれた」(フジテレビ)制作チームによるドラマで、脚本は「きのう何食べた?」(テレビ東京)や「透明なゆりかご」(NHK)の安達奈緒子が担当している。

 

就職率最低の翌年、IT企業全盛期に制作されたドラマ

学生会館の片隅でIT企業「NEXT INNOVATION」を立ち上げ、数年間で総資産250億円を手にした若干29歳の若き社長・日向徹(小栗旬)。日向に可能性を感じ、NEXT INNOVATIONを共に立ち上げた副社長の朝比奈恒介(井浦新)。東京大学理学部という高学歴なのに就職内定をもらえない大学生・夏井真琴(石原さとみ)。3人を中心にビジネスと人間関係を描いたこのドラマは、最高視聴率15.8%、最終回視聴率13.2%を獲得、同年の「ザ・テレビジョン ドラマアカデミー賞」の主演男優賞は小栗が、助演女優賞は石原がそれぞれ受賞している。

当時の時代背景をリアル描いている。放送前年の2011年3月における大学等卒業者就職率は、厚生労働省と文部科学省の共同調査によると、それまでワーストだった2000年と同じ91.1%を記録。就活に苦しむ学生が多い時期だったのだ。また、少人数でIT企業を立ち上げ、あっという間に大金と名声を手にする成功者が現れやすい時代でもあった。
さらに、日向が開発に心血を注ぐ戸籍情報管理システム「パーソナルファイル」(国と協力して戸籍をネット上で管理できる)は、2015年から通知が始まったマイナンバー制度に関わるツールだ。時代を先取りしたドラマでもあったと思う。

 

共依存だった小栗―井浦の前に現れた石原さとみ

さらにドラマを面白くしたのは、日向、真琴、朝比奈のトライアングル関係だ。

日向のキャラクターはいかにも天才である。プログラマーとしてのスキルは図抜けているものの、社会性に欠ける。天才と奇人の紙一重な個性をイケメンからはみ出た顔つきで絶妙に体現、ドSな性格も相まって、小栗にとっては「花より男子」(TBS)の花沢類以来の胸キュンな役どころと言えた。
そして、真琴を演じる石原さとみが特筆ものだ。彼女の可愛らしさがブレイクしたのははっきりとこのドラマだったと思う。くるくると変わる表情、明るくてポジティブな真琴の愛らしさを前にすれば、頑張らない男などいるはずがない(ちなみに真琴は石原にあて書きして作られた役どころ)。

人に心を開かなかった日向は、真琴にいつしか惹かれていた。日向の理解者は、それまで朝比奈1人だけだった。傍若無人な日向の言動の尻拭いをするのも朝比奈。天才だけど弱いところもある日向のことを朝比奈は気に入っていた。2人は共依存の関係になっていく。
そんなときに現れた真琴のおかげで、日向は変わる。朝比奈は「日向に認められたい」「対等でいたい」という思いを持っていたが、そのバランスは真琴の出現で崩れた。周囲から「良くできたナンバー2」と呼ばれるなど、朝比奈はプライドも傷ついていた。遂にはクーデターを起こし、朝比奈はNEXT INNOVATIONから日向を追放した。

これは権力闘争と言うより、日向への屈折した愛憎を朝比奈が持て余した結果だ。男→女への嫉妬心を現代の価値観を持って振り返り、「きのう何食べた?」の安達奈緒子脚本という事実を踏まえると、色々と腑に落ちるところがある。

 

Appleを追放されて呼び戻されるスティーブ・ジョブズのような日向

朝比奈は経営者としては優秀だ。しかし、最高の技術者である日向がいなくなったことで、会社は窮地を迎える。クライアントから「日向さんがいないと普通なんですね」とまで言われる始末。一方の日向は、一から立ち上げた小さな会社で世間から再び注目を浴びていた。開発能力を持っているのは、あくまで日向。後に、NEXT INNOVATIONは日向を呼び戻した。

誰かを思い浮かべないだろうか? 放送翌年の2013年、増本淳プロデューサーは「日向にモデルはいるのか?」という質問に「スティーブ・ジョブズが基盤になっている」と答えている(「第7回Samurai Venture Summit」での発言)。日向の道筋は、Appleの創業者であり元CEOのジョブズの人生をそのまま辿っていた(家具にこだわる点もジョブズと日向は一緒)。だとすると、性格は温厚で眼鏡がトレードマークの朝比奈がビル・ゲイツに思えてくる。

 

ビジネス成功の秘訣とベンチャー企業の人間関係を描いた

日向の発する言葉には名言が多く、「今ここにない未来は自分で創る」「昨日驚いていたことで今日人はもう驚かない」などの語録が印象的。そして、最大のパワーワードは「何を作るかじゃない。誰が使うかだ」だった。

徹夜を重ねてパーソナルファイルの開発を急ぐ日向は、できあがったインターフェイスを真琴に試させた。パソコンが不得手な真琴は使いこなせず、日向を苛立たせる。しかし、そこで彼はハッとする。
「お前は悪くない。悪いのは、これ(パーソナルファイル)だ!」(日向)

確かに、デザインは革新的だった。でも、操作が妙に小難しい。社内で絶賛された試作を日向は全削除し、新しいインターフェイスを一から作り直した。目指すべきはシンプルだ。後日、新しいインターフェイスを見て朝比奈は「前のほうが良かった!」と激昂する。日向は諭した。
「パーソナルファイルは誰が使うんだ。僕たちみたいなパソコンオタクか? 誰でも普通に使える、そういうものを“最高”と言うんだ」(日向)
ITに限らず、あらゆるビジネスが成功する秘訣。サービスや商品を消費するのは、あくまでユーザー(客)。日向はそれを真琴から気付かされ、そして朝比奈は異を唱えた。

普遍的なビジネスの鉄則、ベンチャー企業を立ち上げてからの細かな人間模様、そしてラブストーリーという3輪がうまく噛み合い、ストーリーは至極ポジティブな「リッチマン、プアウーマン」。「こういうのが見たかった!」と思わされた。

ライター。「エキレビ!」「Real Sound」などでドラマ評を執筆。得意分野は、芸能、音楽、(昔の)プロレスと格闘技、ドラマ、イベント取材。
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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