「麒麟がくる」全話レビュー15

【麒麟がくる】第15話 金田一耕助みたいな光秀くん、血塗られた一族の事件に立ち会う

高視聴率でスタートしたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる、全44回の壮大なドラマです。毎回、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。第15話は、再び道三(本木雅弘)と高政(伊藤英明)の間に挟まれて困ってしまう光秀。光秀は“間に合わない男”? もう見た人も見逃した人も、これさえ読めば“麒麟がくる通”間違いなし!

またまた困ってしまった光秀くん

天文23年、斎藤道三(本木雅弘)は愛妾・深芳野(南果歩)が死んだことを機に、家督を高政(伊藤英明)に譲って仏門に入った。じつはここで“道三”という名前になり、それまでは“山城守利政”だったが、わかりにくいので、この連載では“道三”で通していた。ご容赦を。

高政に家督を譲ってめでたしめでたしにはならず、大河ドラマ「麒麟がくる」第15回「道三、我が父に非ず」(演出:一色隆司)では、それまで出てこなかった次男・孫四郎(長谷川純)と三男喜平次(犬飼直紀)が登場。彼らは正妻・小見の方の子供ということで、同じく正妻の子・帰蝶(川口春奈)と組んで高政の地位を引きずり落とそうと暗躍をはじめる。帰蝶は高政が織田を潰しにかかると用心していた。

帰蝶と孫四郎と、高政の間に立ってまたまた困ってしまった光秀くん(長谷川博己)は、道三に会いに行き「殿が道筋をつけてから身を引くべきだった」とおそれながらもはっきり物申す。だが、道三はしれっと「自分が正しいと思っていない」と答える。
「勝ったり負けたり無我夢中」で生きてきたという道三。

「力があればうまく生き残れよう。
非力であれば道は閉ざされる。
わしの力でどうこうできるものではない。
わしはいずれ消えてなくなる」

なんという達観。出家したからではなく、前から達観していた。確かに生きるってこういうことなんだなあと思う。正義も悪も関係ない、ただ生きる、それだけしかない。野生の生き物はみんなそうではないか。人間だけだから、自分の行いを正当化するのは。

「しかしわしはあの信長という男はやすやすとは負けぬと思う」と道三は、信長も帰蝶も自分の達観と近いものをもっているように感じたのかもしれない。道三の哲学を継いでいるのは、帰蝶なんだろうなあと思う。帰蝶は、まず土岐家、それから織田家へ、人質として嫁に行き、その都度その都度、家と自分が生き残るために全力を尽くしている。

光秀はまだそういう状況を理解できていないようである。たぶん、理性的に物事を見て、考えているから。面白いのが、孫四郎(長谷川純)に呼ばれて協力を求められているとき、最初はすっと落ち着いた顔をしているのが、じょじょに表情に変化が起きていくところ。ものすごく感情が顔に出てくるのである。極めつけは、道三と話していて、「なぜいま家督を譲ったのか」と尋ねたとき「そのような大事な話、ただでは話せぬわ」と交わされて、「うっ……」となる顔。もともと、カッとなるところはあったが、それがもっと素直に出てくるようになっている。いろんな変人にまみれたせいではなかろうか。単に、顔芸をしないできた俳優(長谷川)が、濃い顔芸をする俳優(本木、染谷)に影響されているだけかもしれないが、そういう俳優の事情として考えるよりも、光秀の中で、理性で抑えきれないマグマみたいなものが育ってきていると考えたほうが面白い。

 

打ちにお行きになればよろしいかと

さて、道三に最も近い「力があればうまく生き残れよう、非力であれば道は閉ざされる」とたぶん考えている(無意識かとも思うが)帰蝶は、同じ織田の者ながら、今川義元について信長に敵対し、高政と碁仲間として通じている清州城の織田彦五郎(梅垣義明)に狙いを定める。

亡き信秀(高橋克典)の弟・織田信光(木下ほうか)が彦五郎に碁に誘われていると聞き、信光を「打ちにお行きになればよろしいかと、碁を」と焚きつける。当然ながら、碁は彦五郎との友好の印であり、でも帰蝶の「打つ」は「討つ」にかかっている。

スパイが聞いているに違いないから、こういう言い方をするのだろう。このとき、帰蝶はずいっと信光に近寄り、みたらし団子を勧める。だんごから垂れる蜜はねっとりした血糊のようにも見えるし、帰蝶が色仕掛けをしているようにも見えないこともない。いろいろ妄想が広がるのである。

信光は、清州城に碁を打ちに行って見事に彦五郎を討ち取ってしまう。これをきっかけに信長は、彦五郎の家老・坂井大膳に暗殺された尾張の守護・斯波義統の息子義銀を擁して清州城に入り、尾張を手に入れた。

たちまち織田信長の評判は上がり、藤吉郎(佐々木蔵之介)は今川義元(片岡愛之助)ではなく織田に仕えようと考えはじめる。彼に字を教えてくれとやけにつきまとわれる駒(門脇麦)と二人の仲が気になる菊丸(岡村隆史)。この3人の関係がやっぱり気になる。駒も菊丸も戦況を探っているんじゃないだろうか。この設定にすることで、あちこち駒と菊丸が出没し、未来の秀吉こと藤吉郎も登場させられる。この人達がいないと、この頃の藤吉郎を光秀の物語のなかに組み込むことが難しい。作劇の工夫である。

東庵(堺正章)と今川に仕えている雪斎(伊吹吾郎)が治療にやって来たのと入れ替わりに駒が出ていくときの顔つきが妙にシリアスで、絶対、駒、なんかあると思ってしまうのであった。しかも雨、雷鳴で不穏を煽るし。それを言ったら、高政が体調悪く伏せっていると聞いて見舞いにやって来た孫四郎と喜平次とすれ違ったときの光安(西村まさ彦)の表情もなにか含みがあるように感じる。案の定、高政は仮病で、いきなり孫四郎と喜平次は殺されてしまう。「悪の教典」顔する高政であった。

 

終わりは光秀の「ん?」という顔

当然、道三は激怒。息子ふたりの血を顔に塗りたくり、「出てきてこの血の匂いをかぐがよい」と高政を挑発する。

高政は「道三、父に非ず!」と立ち上がり、いよいよ、次回、道三対高政父子(父子じゃないの?)対決!

でも終わりは光秀の「ん?」という顔だった。なんか、血塗られた一族にまつわる事件を捜査している名探偵・金田一耕助みたい(長谷川博己は以前、金田一耕助を演じたことがある)。金田一耕助って、推理が間に合わなくて無駄に血を流させてしまって胸を痛めたりするのだが、光秀も斎藤家の間に入って困っているうちに、大変なことになってしまう。やっぱり間に合ってない。光秀を“間に合わない男”と呼びたくなる。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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