本という贅沢93『ラヴレターズ』(文藝春秋)

サステナブルな恋とは何かを教えてくれる、珠玉の「ラブレター」たち

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。3月のテーマは「女性を元気づける本」。サプリやマインドフルネスもいいけれど、人生に活力を与えてくれる存在といえば、なんと言っても「恋」ではないでしょうか。ということで、今回は恋の良さを再認識させてくれる珠玉の一冊。書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢93『ラヴレターズ』(文藝春秋)

『ラヴレターズ』(文藝春秋)

2020年はファッションもビジネスもサステナブルがキーワードだけれど、なんなら私は四半世紀前から人間関係サステナブル推進派で、元彼氏や元夫との関係もなるべくリサイクルを心がけてきた(にっこり)。だいぶ時代を先取ってきたなと思う。

せっかく一度は深く知り合った仲なのだし、そこに費やした時間や労力や思考の交換をまるっと捨ててしまうのはエコじゃないと思うし、なにより私が寂しい。
もちろん、別れた直後はお互い満身創痍だから、わだかまりなく会えるようになるまでには、数年から10年くらいかかったりする。でもたとえ10年かかっても違う形で再生できるなら、したい。だいたい、とても良い友人になれる。
お互い子育ての相談なんかしているときは、めちゃくちゃほっこりする。telling,読者の皆さまにもぜひおすすめしたい。

ところで、そういう元彼(元夫)→現友達と会ってご飯などすると、驚くほど、お互いの記憶に相違がある。
「あのとき、あなたはこう言って、それに僕はとても影響を受けて」
とか
「あなたが言ったこの言葉にめちゃくちゃ傷ついて」
と言われることのほとんどは、覚えていない。
「それ、私だっけ?」
とか
「そんなひどいことを言う女は、たぶん私じゃない」
とか、なる。

その逆もしかり。
私が後生大事に抱えてきた言葉を
「え、それ、そういう意味で言ったんじゃないけれど」
と言われると腰がくだけてずっこける。
私という人間の核を形成してきた(と思い込んでいた)記憶は、私によって気持ちよく捏造されていたもので、その滑稽さに笑えてくる。

でも、なんか、人生ってそんなもんだよなあと思う。
つまり、「そう思いたかった」過去の積み重ねの上に今の自分がいる。
私だけじゃなくて、きっと多かれ少なかれ、みんなそういうところってあるんじゃないかな。人は受け取りたいようにしか、言葉を受け取らない。

でも、その勘違いも思い込みも含めてやっぱり、私たちの体の多くは、私たちの体を通ってきた人との経験でできている。
身も蓋もない事実より、そこで構築されたフィクションの方が、私たちを強く支えていたりする。

で、なんでそんなことを思ったかというと、この本を読んだからだ。

『ラヴレターズ』。

この本には、いろんなクリエイターさんたちが書いたラブレターが26篇おさめられている。

Amazonのこの本の紹介欄は、こんな感じです。

あなたは、ラブレターを書いたことがありますか? 作家、女優、画家、音楽家、タレント、映画監督など、26人が「恋」を書きました。 言葉の達人たちが綴った秘めた恋の行方は? 殺し文句がここにあります。 

「殺し文句」。
そうまさに。これは、恋の手紙というよりは、殺し文句。
言葉のプロがくりだす必殺技がてんこ盛りだ。

そもそも公開されることが前提のラブレターはすでにラブレターじゃないし、「拒絶されるかもしれない」という恐怖のないラブレターは、多分ラブレターが持つ一番重要な要素(切実さ)を欠いている。だからこの26篇のラブレターには、恋が内包する血の匂いがほとんどしない。

事実をもとにした、美しきフィクション。
といえばいいだろうか。

綺麗すぎてずるい。
いい話すぎてずるい。
ラブレターを受け取る相手に読ませたら勘違いも(罪のない)創作もあるだろうに、それを指摘されない一方的な吐露もずるい。

でも。
それでもやっぱり、このラブレター風味の26篇の物語を読んで「ああ、やっぱり恋っていいなあ」と思った。「恋っていいなあ」というか、「人間ってたくましくていいなあ」と思った。

たとえ苦しかった恋も、うまくいかなかった恋も、人はいつかこうやって、自分にとって心地のよい優しい物語に変えていけるんだなということに気づくからだ。
リアルタイムではいろいろあったであろう恋と恋人を、いまはこんなふうにありがとうと言える好きだったと言える、フィクションに昇華できる力によって、多分、人は生きのびている。

たとえ恋を失って、いっときはボロ雑巾みたいになったとしても、記憶に強く刻まれた恋は、自分の体のどこかにちゃんと残る。
恋が終わって苦しい気持ちを抱えたとしても、数年後に(もしくは10年後、20年後に)、こんなラブレターを書ける存在に変わるなら、恋に身を投げ出すことはそんなに怖くないと思える(かもしれない)。
曖昧でぼやけた恋をいっぱいするよりも、すごくサステナブルだと思うし、エコだなあ。
そんなことを感じた本でした。
ちなみに26篇のうち、私は、西川美和さんのラブレターが好きです。彼女のラブレターだけ、ちょっと異質でした。

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最近立て続けに、売れっ子の作家さんやエッセイストさんの彼氏(夫)とご一緒する機会があったんですよね。リアルタイムで自分の恋の話を語る作風の女性を、彼女に(妻に)持った男性の心持ちみたいなものって、なかなかに身悶えるものがありました。

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それではまた来週水曜日に。

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

・「モテ期」とは、これいかに。服も恋も、「とりあえず試着」が良い理由(尾形真理子/幻冬舎文庫/『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』)
恋愛で自分を見失うタイプの皆さん。救世の書がココにありましたよ!アミール・レイバン、レイチェル・ヘラー/プレジデント社/『異性の心を上手に透視する方法』

・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。