【Dr.尾池の奇妙な考察】「出産ブランク」への奇妙な特別視
得点操作に利用された出産ブランク
昨年の夏、医科大学における女性受験者の得点操作が発覚しましたが、その理由が衝撃的でした。「女子は大学卒業後、結婚や出産で医師をやめるケースが多いから」。
このコメントを目にしたときに、なぜそんなことで? ととても奇妙に感じました。人生をかけて挑む国家の最高学府の受験で点数が操作される。出産ブランクを理由にそんなことが本当に起こり得るのか。真偽は分かりませんが、最高学府がこの不釣り合いなコメントを選んでしまったということだけは事実。私の興味はそこに集中しました。
なぜ出産ブランクを理由にしてしまったのか。それは出産ブランクを特別視しているからだと思います。女性の出産ブランクは「特別」だから、得点操作の理由としても釣り合うかもしれない。そう考えたのでしょう。そしてそこには、だれもが同じように「特別視」しているはずだという思い込みが見てとれます。
ブランクリスクを抱えてるのは出産だけではない
よくよく考えてみると(考えなくても)、出産ブランクなんて何ら特別なことではありません。転職、育児、留学、病気、介護。老若男女問わず私たちは全員、日常的に多くのブランクを必要とする可能性を抱えています。出産もそれらと大して変わりはありません。
たとえば私は大学で1年浪人し2年留年しましたので、合計3年ものブランクを要しました。
そして卒業間近の2月。あまりの成績の悪さで大学にも企業にも就職先がありませんでした。担当教授も焦りはじめて「尾池君。就職先がない」と困っていましたので教員免許をとっていた私は、とりあえず中学校の臨時職員に申し込みました。するとすぐに採用通知がきました。女性の出産ブランクが有利に働きライバルが減ったから、ではありません。中学校は常に人手不足だからです。
しかしブランクの有無を別にしても、たしかに出産は「特別視」されがちです。
東京医科大学などの入試で得点操作した理由として出産ブランクが挙げられたのも、この特別視があったからに違いないはずです。ですが、その利用のされ方には強い違和感があります。出産ブランクの特別視は、ほかのブランクと比べリスクが高いと感じるためなのでしょうか。
出産が特別視されるべき本当の理由
働き始めた中学校でも、出産はやはり特別視される存在でした。しかしそれはとても分かりやすい、はっきりした特別。「特別な思いやり」でした。出産という授かりものに、先生本人だけじゃなく、引継ぎの先生や生徒たちも嬉々として動き出します。そこにブランクという印象はあまり感じられません。「安心して出産に集中してね」という思いやりだけです。出産が長いブランクになるかもしれないという印象は、明らかにこの思いやりから生じているものです。
しかし冒頭の得点操作は、本質であるはずの思いやりを端折って、長いブランクになるかもしれないという印象だけを都合よく抜き出して利用しています。
この「印象だけの利用」は科学技術においても良く見受けられます。アーユルヴェーダなど民間療法はもともと科学的です。発汗と薬効という再現性の高い「現象」だけをトライ&エラーしながら積み上げていくわけですから、サイエンスでなければ成り立たちません。そして現場で携わる施術者の思いやりが、効きそうな外観や仕草といった「印象」を生み出します。しかし後世の人々が、ややこしい「現象」を端折って、効きそうな「印象」だけを安易に利用し、次第にまがまがしいものにしていく。
出産が特別に長いブランクが生じるかのように見えてしまうのも、思いやりから生じた印象だけが都合よく利用されてしまった結果です。
今回のまとめ
出産は特別なものです。しかしそれは特別な「思いやり」です。長いブランクが生じるかのように見えてしまうのは、「安心して出産に集中してね」という思いやりによる印象だけが都合よく抜き出され利用されてきた結果です。だから出産後に戻りにくいのは長いブランクのせいではありません。そこに思いやりがないからです。「出産ブランク」への特別視は、平成へ置いていけばいいと思います。
<尾池博士の所感>今回の原稿は難産でした。しかしいつも思います。難産は得るものが多い。
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