【Dr.尾池の奇妙な考察12】「結婚適齢期」は化学反応論的に間違っている
●Dr.尾池の奇妙な考察 12
男女の反応に期間などない
化学の名付け方には激しく同意することが多いです。たとえば「官能基」。化学物質の反応性を持つ部位のことですが、単純に名付ければ「反応基」で良いはずです。しかし名付けられたのは「官能基」。おそらく名付け親は、物質も反応相手に対して官能的であると言いたかったのだと思います。人も物質も官能的。まったく同感です。
逆に正体が不明な物質には「意味のない言葉」をあてることがあります。たとえば物質のもっとも基本的なパーツである素粒子はミュー粒子、タウ粒子のように意味のない名付けがされています。分かっていないことを表現する。これもまた同じくらい感心します。
しかし「結婚適齢期」という言葉にはこのような考えぬかれた形跡がまったく感じられません。まず、なぜわざわざ「期」にしているのか、違和感があります。英語ではすなおに「Marriageable age(結婚適齢)」です。期間ではありません。何歳からが結婚適齢かという、それだけで十分のはずです。なのになぜ日本語の場合はわざわざ期間になっているのでしょうか。
繁殖だけが結婚ではない
結婚とはパートナー探しです。私たちが人生のパートナーを探すとき、出産は目的の一つですがすべてではありません。物質同士の化学反応では新たな物質が生まれることもあれば、熱、光、電気が生じることもあります。場合によっては自分自身は変化せず、他の第三の物質を変化させることさえあります(触媒)。微生物同士が結合するとき、新しい世代どころか、新たな生物の誕生を意味することさえあります(融合)。このように、人間同士もパートナーと共有するもの、生み出すものは千差万別ですので、期間も必要ないはずです。あえて期間を設定するのであれば、法が定めた年齢から、死ぬまででしょうか。
同じように、恋愛と結婚を別物だとするのもナンセンスでしょう。私たちはある時突然恋をします。その過程も目的も千差万別です。多種多様な粒子が、それぞれのパートナーを探し、ぶつかり、時に結合し、時にはまた離れ、新たなパートナーを探し、また結合する。ダイナミックな粒子同士の衝突と結合。そこに「そろそろ結合しては?」という期間はありません。それぞれが、それぞれのタイミングで出会い、結合しています。
結婚適齢期という言葉は、結婚というものが分かっていないだけでなく、分かっていないことを自覚もしていない命名です。結婚についてあまり深く考えたことが無い人が「そろそろ結婚してはどうか?」とつい口にしてしまうのだと思います。
恋する粒子のダイナミズム
私たちのダイナミックな恋愛と結婚をより詳しく理解するため、化学反応論的に眺めてみます。化学反応に影響を与えるのは温度、濃度、攪拌、触媒の主に4つです。温度は粒子の活動を活発にし、濃度と攪拌は接触頻度を上げ、触媒はハードル(反応に必要なエネルギー)を下げて反応しやすくしてくれます。
たとえば私たちの体の中には新しい細胞分裂を促すEGFとEGFRという二つのたんぱく質があります。EGFはリガンド(供与体)と呼ばれ、結合できるレセプター(受容体)のEGFRを探しています。二つはお互いにしっかりはまる形をしています。レセプターは細胞表面にあって動けないため、リガンドは常に体内を循環しています。酵素によってEGFRが活性化するとEGFがドッキングして細胞分裂が始まります。
これは驚くほど私たちの恋愛と結婚に似ています。レセプターはいつもリガンドを待っています。でもリガンドとはあまりうまくいっていません。レセプターは自分から近づこうとも思いますが、結局いつも待つことになります。リガンドは循環という仕事柄いつも忙しく動き回っていますが、動き回ること自体に夢中になっているように見えます。しかしある時突然自分にとって一番大切なものが何かということに気が付きました。仕事なんかじゃない。俺に必要なのは、そうだ、レセプターだ。上着を取ったリガンドは街に飛び出し、走りだします。待っててくれ、レセプター。
今回のまとめ
結婚適齢期という言葉は化学反応論的にまちがっています。そもそも結婚に適齢はないし、目的も人それぞれです。しかし、自由で熱くて濃くて目まぐるしくて楽しいものに出会えたとき、足踏みしている場合ではありません。恥ずかしがってちゃ、後悔するぜ。byリガンド。
<尾池博士の所感>私にとっての結婚とは「手に入れたい」。それだけでした。
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