Dr.尾池の奇妙な考察

【Dr.尾池の奇妙な考察13】美白の塔のラプンツェル

化粧品の開発で、それまで縁のなかった「女性の美」について考えるようになった工学博士であり生粋の理系男子である“尾池博士”。女性からもっとも多い相談はやはり「美白」とのことですが、日本の過度な美白信仰には警鐘を鳴らします。その理由は海外での意外な体験から?

●Dr.尾池の奇妙な考察 13

新しい世界で知った自分の価値

英語ペラペラになって、海外で友人と交流して、いろいろ楽しいことをしたいと思いますか? 私はずっとそう思い続けていまして、そう思い続けてきたおかげで恥をかきつつもいくつか思いがけない体験をすることができました。自分の黒髪が褒められたのも、その一つです。

安宿の共同ダイニングにはいろんな国の人が集まりますが、まれに私の黒髪が話題になることがありました。20代の頃、最初に話題にされたときは驚きました。なぜなら「とてもきれいな黒だよね」と言われたからです。

多くの日本人男性と同じく、自分の黒髪を特別に美しいと思ったことはありません。美しい髪の色といえば、おとぎ話に出てくるプリンセスたちのようなブロンドのイメージしか持っていませんでした。

しかし、そのダイニングで私の黒髪に向けられる視線には好奇心だけでなく羨望の眼差しが混ざり、どうやらストレートであることも理由の一つのようでした。そして一度だけですが女性から触らせてほしいと言われたこともありました。そっと手で触れられてその女性から発せられた一言は「Beautiful」でした。また、異国の髪の色と言えばつい聞いてみたくなるあの質問も居合わせた男性から聞くことができました。「ところで下の毛もそんなに真っ黒なのか?」。
私はもちろんこう答えました。「ずっと同じことを聞きたいと思ってた」

色のグラデーションを楽しむ世界

なぜ黒髪にそれほど興味を持つのか、その時はよく理解できませんでしたが、人間の色素について調べていく中ですこしずつ理解できるようになってきました。

ヒトはメラニン、ヘモグロビン、カロテンといった色素を持っていますが、皮膚と毛髪の色を決めているのは2種類のメラニンです。茶褐色のユーメラニンと黄色のフェオメラニンがそれであり、「遺伝要因」と「環境要因」によってそれらの量が変化し、人種と住んでいる地域によって色にグラデーションが生じます。

特に茶褐色のユーメラニンが増えれば濃くなり、少なくなると薄くなります。中でも遺伝要因によって毛髪にユーメラニンが集中し、紫外線などの環境要因には全く左右されないほど蓄積したケースが黒髪です。逆にユーメラニンが極端に少なくなるとブロンドになります。

東洋では当たり前のストレートの黒髪は、西洋では当たり前のことではなく、しかもそれを見て美しいと感じる人がいる。それは私にとって目からウロコの思いがけない体験でした。そして疑問が湧きました。黒髪を美しいと感じる人がいるのであれば、ブロンドを黒く染める女性もいるのでしょうか?その質問に対して、その場にいた女性が肩をすぼめました。「Sure. Why not?(もちろん。いないわけないでしょ?)」。それは色のグラデーションをごく自然に楽しんでいる風景でした。

美白の塔を飛び出そう

美白はたしかに美しいです。そして間違いなくモテます。日本では。それはゆるぎない事実です。

しかし過度な美白の追及に、色のグラデーションを楽しむセンスはあまり感じられません。色の世界だけでなく、メラニン本来の機能も、私たち本来の肌質も、忘れ去られているかのようです。

メラニンは本来、紫外線から肌を守ってくれている貴重な存在です。そのメラニンを元々医療用であるハイドロキノンなどの美白有効成分によって過度に抑制することは、逆にシミを増やすことにつながりかねません。特に日本のように紫外線が無視できない地域での行き過ぎた美白は、皮膚がんにもつながる危険な行為です。日常的な美白ケアは、日傘とUVクリームによるUV対策と、栄養補給、保湿、入浴による新陳代謝の促進で古いメラニンを追い出す程度にとどめるべきです。

それにしてもなぜ私たちはここまで美白を追求するようになったのでしょうか。

学問に「象牙の塔」という言葉があります。日常生活からかけ離れた研究を行う閉鎖的な大学を批判的に表現したものです。塔の中にさえいれば、単純な価値観に守られて安心できる。しかし一歩外に出れば、多種多様な価値観にさらされ、その安心感は揺らいでしまう。「だから決して塔から出てはだめですよ」。まるでラプンツェルを塔に閉じ込めた魔女のささやきのようです。

たしかに外に出れば嫌な思いをするかもしれない。
でも同じくらい、思いがけない称賛だって受けるかもしれない。

私たちは多分いま、美白の塔に住んでいます。気が付いていない何かと引き換えに安心してしまっているのかもしれません。でも、ラプンツェルはまだ見ぬ何かを求めて塔を飛び出しました。その何かは、塔の外に出なければ分からないのだと思います。

今回のまとめ

性だけでなく、肌色もグラデーションで当然です。また、美しさの世界は答えがひとつではありません。単純な価値観にとらわれるのはもったいないし、そもそもメラニンは敵じゃない。生まれ持った肌の色が自分を守ってくれるなんて、むしろ魔法。美白の塔を飛び出して、いろんな色を楽しみましょう。

<尾池博士の所感>そういえばラプンツェルの友達は肌の色を変えるカメレオンだった。

続きの記事<われわれは変態動物である>はこちら

工学博士/1972年生まれ。九州工業大学卒。FILTOM研究所長。FLOWRATE代表。2007年、ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞受賞。2009年、PD膜分離技術開発に参画。2014年、北九州学術研究都市にてFILTOM設立。2018年、常温常圧海水淡水化技術開発のためFLOWRATE.org設立。
イラストレーター・エディター。新潟県生まれ。緩いイラストと「プロの初心者」をモットーに記事を書くライターも。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。
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