Dr.尾池の奇妙な考察

【Dr.尾池の奇妙な考察11】石鹸に学ぶ大人のやさしさ

化粧品の開発で、それまで縁のなかった「女性の美」について考えるようになった、工学博士であり生粋の理系男子である“尾池博士”。洗顔剤を開発していた時、石鹸に理想的な「大人の女性」像を感じたそうです。石鹸の何がそう感じさせたのでしょうか。

●Dr.尾池の奇妙な考察 11

自然由来はやさしさの保証にはならない

愛や美しさと同じく、大人の定義も難しいです。ワイングラスを傾けるのが大人かと言えば、奥で食器を洗っているバーテンダーの方がずっと大人に見えてしまったりもします。では食器を洗えば大人になれるのかと言えば、それもあまりに頼りない。そんな風に考えていた頃、手元の石鹸に大人を感じたことがありました。

洗顔剤を開発した時、合成洗剤ではなく純石鹸を選んだのは、純石鹸が自然由来だったからではありません。自然由来かどうかは、肌へのやさしさの判断基準にはならないからです。かつてファンデーションには天然の鉛白が使われていましたが害があるため、タルクやマイカ、合成の酸化チタンなどが開発されてきました。

自然≠やさしい

純石鹸を選んだ理由。それは肌に残らないからです。合成洗剤は界面活性剤だけで強い洗浄力を実現していますが、吸着力も強く肌に残りがちです。しかし純石鹸は弱い界面活性剤とアルカリ性の洗浄力の合わせ技です。アルカリで溶かしながら弱い界面活性剤で油を取り除きます。だから良い頃合いで流せば、さっと泡落ちして肌に残らないのです。肌ケアを考えたとき私にとっては純石鹸以外考えられませんでした。

しかしここでふと不思議に思いました。純石鹸は人類史上最初に発見された界面活性剤です。それがなぜ、肌にもっともやさしかったのでしょうか。
合成洗剤が食器洗いに丁度良いのは分かります。それを目的に開発されたからです。しかし純石鹸は発見したその時すでに、肌に最適だったのです。

たとえば医療機関がもっとも信頼している保湿油はワセリンですが、保湿油にはもともと自然由来の椿油や鉱油がありました。しかし自然由来成分は不純物によるアレルギーが否定できません。そのため不純物をできるだけ取り除いた精製ワセリンが鉱油から開発されました。

現在多くの種類の界面活性剤がありますが、それらも純石鹸を元に開発されたものです。それなのに、多くの開発品の中からではなく、最初に発見された純石鹸がすでに人の肌に最適でした。かなり地味ですがミステリーです。純石鹸のやさしさとは、なんなのでしょうか。

大人になって再会した「やさしさ」

私は純石鹸のやさしさの理由は「泡落ち」にあると考えています。泡落ちするという事は、肌に残らないということです。純石鹸の洗浄力が肌にベストだったわけではなく、肌に残らないから安心して付き合うことができました。そして何千年もの間ずっと、私たちをやさしく洗浄しつづけてくれています。

純石鹸は大人だなと思いました。助けが必要な時は確実に助けてくれ、合成洗剤というライバルの登場にも慌てず、自分を見失わず、相変わらず私たちにやさしく寄り添ってくれる。

私たちは洗浄を「油を落とす」「汚れを落とす」とつい考えてしまいます。しかし純石鹸はそんなふうに考えていないようです。むしろいかに皮脂と常在菌を残すか。落とすと残すの中間。そこを大事にしてくれています。そして丁度良い頃合いに、さっと手を引きます。

私は若い頃ひどいアトピーでした。ボディソープを純石鹸に変えた日の夜、全身がやさしさで包まれたかのような感触をいまも覚えています。洗顔料を開発しているときに、あのときのやさしさの理屈が分かりました。これまで落としすぎていた皮脂がほどよく残っていたのです。しかしそんな理屈よりも僕がそこに感じたのは、押しつけがましくない大人のやさしさでした。

大人の振る舞い

純石鹸に感じたように、ちょうどよい頃合いを見つけてくれるのが大人のやさしさだと考えると、生活のシーンでも様々な大人な姿勢を見ることができます。

断る。頑張る。褒める。口説く。愛する。

まさに「智に働けば角が立つ」話ですが、断ろうと頑張るとかえってむずかしくなるものです。ですが、明からさまにならないないように柔らかく断ることで、相手との丁度良い距離感を保つことができる人物に我々は大人を感じます。

頑張らなければならない時ほど無理に頑張らずに70%ほどの力でほどよく頑張り続けて冷静に目的を達する。

露骨に褒めないように持ち上げて相手のやる気をやさしく引き出す。

がっつかないように口説く。

そっけないようで、大事な時にはしっかり気にかけてくれる。

男性か女性か。大人か子供か。理系か文系か。度胸か臆病か。するのかしないのか。その程よい頃合いを見定める柔軟な姿勢に私たちは大人を感じているのかもしれません。

今回のまとめ

アトピー性皮膚炎が気付かせてくれた純石鹸のやさしさ。繊細だったからこそ分かったことです。女性の過敏な感受性もきっとやさしさやさまざまな特性をすぐに察知できるでしょう。冷静に観察して両極端を知り、ほど良い頃合いを知る。女性でありつつ、男性も知る。大人でありつつ、子供も理解できる。理系でありつつ、詩も詠める。臆病なのに度胸がある。大人の女性ってきっと、どちらも知っている人のこと。

<尾池博士の所感>だから、大人ぶる男性が子供に見えてしまうのか。

続きの記事<「出産ブランク」への奇妙な特別視>はこちら

工学博士/1972年生まれ。九州工業大学卒。FILTOM研究所長。FLOWRATE代表。2007年、ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞受賞。2009年、PD膜分離技術開発に参画。2014年、北九州学術研究都市にてFILTOM設立。2018年、常温常圧海水淡水化技術開発のためFLOWRATE.org設立。
イラストレーター・エディター。新潟県生まれ。緩いイラストと「プロの初心者」をモットーに記事を書くライターも。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。
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