【ふかわりょう】はたちの頃
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」21
はたちの頃
下着姿でしゃがむ女性が冷蔵庫のあかりに照らされています。壁には、アルバローザのショップ袋がかかっていました。
芸の肥やしという名目で、連日街に繰り出していた頃。センター街や歌舞伎町。事務所の同期や先輩とナンパに明け暮れるのは、あくまで笑わせるのが目的。しかし、笑うどころか、ほとんどの人が無視で、立ち止まってさえくれません。
そんな中で出会ったのがミカでした。前を歩く二人組に声を掛けると、足こそ止めないものの、僕らの言葉に反応しています。必死にしがみつき、センター街からスペイン坂を抜け、二人が行く予定だったラケルというオムライス屋さんに4人で入ることになりました。
25歳のアパレル店員。はたちの僕からすれば大人のお姉さん。「ミカさん」と呼んでいました。彼女はすぐに僕を部屋に招いてくれました。当時学生で、まだ世に出ていない僕の何を気に入ってくれたのかわかりませんが、やたらと手を褒めてくれました。そのとき、女性が男性の手に惹かれることもあることを知りました。
まだ実家暮らしだった僕は、たびたび彼女の家を訪れました。一人暮らしの女性の部屋は、彼女が初めてでした。経堂のアパート。オートロックはなく、クッション・フローリングの端にマットが敷いてあるだけ。はたちの僕にとって、どんなテーマパークよりも夢の世界でした。
小さな冷蔵庫を開けると、コーラと、見たことのないお水が並んでいます。便秘やダイエットにもいいからと、試しに飲んでみたときのカルチャーショックは、初めて井戸水を飲んだときのそれに近いものがありました。
口づけを交わすといつも、タバコの匂いがしました。僕はまだ吸っていなかったので、タバコの味をそこで知りました。手を伸ばし、タバコに火を点ける朝。枕もとに置かれたミニコンポの電源を入れると、武田真治さんのサックスが流れ始めます。夜中に目が覚めたら、布団を出て冷蔵庫の前でコーラを飲む姿。
付き合うとか、そう言った話をしないまま、なんとなく一緒にいました。
もう一人は、ますみという女性。2つ年上の保育士さん。ナンパで出会い、最初は先輩の家に招いて鍋パーティー。彼女もすぐに僕を招いてくれました。
川崎のマンションは、生活感のある、落ち着いた部屋。こんなに柔らかい躰をしている人がいるのだと驚きました。僕のライブも観に来てくれました。
別れを切り出したのは、彼女の方でした。まるで園児を叱るように、遊んでばかりでいい加減な僕を、優しく諭してくれました。
「彼女になりたいって言ったら、重いでしょう?」
それが、僕を傷つけないように選んだ言葉だと知るのは、少し経ってから。応援しているからねと、笑顔で去って行きました。
あの頃出会った女性は皆、優しい人ばかりでした。クズとしか言いようのない僕の、はたちの頃を、あたたかく包んでくれました。
タイトル写真:坂脇卓也