「i THAT」編集長・久保田尚美(パール)さん

人の評価を気にしてばかりの私が「自分を生きる」雑誌の編集長になるまで

「i THAT」編集長・久保田尚美(パール)さん(41歳) 大好きなエディトリアルデザインの仕事をしていながら、体を壊し流産も経験。人の目や評価を気にして、枠にとらわれていたことへの気づきから、「自分を生きる」という新たな生き方を模索するなか、雑誌「i THAT」創刊編集長に就任。I am that I am.(私は私である)。そう言い合える仲間を増やしていきたいと語ります。

未経験で編集長になった雑誌「i THAT」は3日で完売

私たちって、何かしら常識の枠にしばられて生きていますよね。そこから外れないように、人の目を気にしたり、誰かと比べたりしながら。

でも、本当の幸せって、ほかの誰でもない「わたし」として生きること。この雑誌は、そんな新しい生き方をしていく人に向けてつくりました。「i THAT」(I am that I am.)、私は私である、という意味を込めています。

もともと、人気ブロガーのHappyさんが雑誌をつくりたいと言っていて、「パールちゃん(と呼ばれています)つくって!編集長をやって!」と言われたのがきっかけです。

人気ブロガーHappyさん、脚本家の旺季志ずかさんなど「自分を生きる」人たちが登場。それぞれの挑戦のストーリーに心打たれる

そう、むちゃ振りですね(笑)。私はデザイナーなので文章を書いたこともないし、ライターの知り合いもいない。でも、この雑誌で伝えたいのは「自分が本当に望むことを知って、枠に縛られずに生きる」ということ。そのことを少しでも理解して実践しようとしている私だからこそ、伝えられることがあるのかもしれないと思いました。

 自分の内側と徹底的に向き合わざるを得なかった

というのも、私はこれまで、いつも自分を追い詰めるような働き方をしてきました。ついつい「まわりが何を求めてるか」「あの人のお眼鏡に適うか」みたいに外にばかり意識が向いていた。でも、この雑誌づくりは「私が何を表現したいのか」と、自分の内側と徹底的に向き合うことになりました。

何しろ、20191月と発売日は決まったものの、直前の11月まで内容も確定していなかったんです。散らばったイメージみたいなものは自分の中にあっても、やっぱりまわりの目やら人の評価が気になって。そんな状態で臨んでいると、取材の日程はかみ合わないし、求めるスタッフも見つからない、何もかもうまく進まないんです。

お尻に火がついたのは発売わずか2カ月前の11月上旬。「私が、私のやりたいものをやるしかない」「誰かに評価されるためのものじゃない!」と、モードが一気に変わりました。そこから三日三晩、ただひたすらわき上がってくるものに従って、ラフを描きました。半分泣きながら。手を止めると、ワッと涙があふれてくるんです。あれはもう何かしらの存在に操られているような、自分じゃない感覚でした。私自身が、「こうでなくちゃ」という枠や檻から飛び出せた瞬間だったのかもしれません。

 自分がつくりたいものを出し切った、そんなラフが仕上がると、すべてが準備されていたかのようにスムーズに運び出しました。取材相手にオファーの電話をすると、「じゃあ、今日これからはどうかな?」なんていうこともあったほど。自動運転みたいに進み出したんです。

3度の流産を経験、頑張ってもできないこともある

30代後半に入る頃、自分の「次」が見えなくなっていました。デザインの仕事は楽しいけど、経験値でぜんぶ左手でできちゃうような感じになっていた。「こうしたら社会的に喜ばれる」というお利口な作法だけが身について、「誰かに褒められたい」。それが原動力。いつも必死に頑張って、風邪を引いても生理痛でも仕事して。当時は、頑張れば頑張っただけ結果が出ると信じていました。結果が出せないのは、頑張りが足りないからだって。

でも、頑張ってもどうしようもないこと、努力ではできないこともあるんですよね。

私、3回流産しているんです。

頑張りすぎていた35歳のときが最初。子どもがほしいというのだって、私の場合は世間体を気にしてたのかもしれない。そう気がついて、自分の内側に意識をむけるようになりました。自分がわくわく、ご機嫌でいられるように、会社に行く前にのんびり散歩したり、会社でお気に入りのマグカップを使うとか、小さな楽しみを見つけたり、ヨガも始めました。

でも、そうしたら今度はヨガのインストラクターになりたくなって、ストイックになりすぎて。体はがりがりにやせてしまい、ここでも先生に認められたいと思っちゃって……

そうやって二度目、三度目の流産。

好きで始めたことなのに、いつもいつも「誰か」を気にして、自分を生きないでいた。自分の体を傷つけて、カスカスの抜け殻みたいになって……。流産は、「もうそんな生き方はしないで、自分を生きて」と強制終了させるために起きたのかもしれないですね。

「ほかの誰か」になるのではなく、「わたしはわたしである」

結局、1カ月会社を休んで、家でぼーっとすることにしました。毎朝オイルマッサージを30分、好きな本やマンガを読んでゆったり過ごして、自分が心地いいことしかしない日々。

すると、同業の夫に、以前に増して仕事が入るようになりました。私が機嫌よくしていると、夫の状態も良くなる。私は無理しなくていいんだって、実感したできごとでした。

今回の雑誌も、夫とふたりでつくったんです。夫の得意と私の不得意、私の得意と夫の苦手、それこそ凸と凹がうまくはまって生まれたのが、この雑誌です。ようやく会えた、私の子どもです。

苦しかった、悩んだ、色んなものを失った。自分は「生み出せない存在」なんだとさえ思った。そんな経験をしたからこそ、「i THAT」(I am that I am)―私は私である、ことの大切さが今、よく分かります。雑誌を通じて一人でも多くの人が、「わたしを生きる」励みになればと思っています。

telling,の妹媒体?「かがみよかがみ」編集長。telling,に立ち上げからかかわる初期メン。2009年朝日新聞入社。「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」という感じで生きていこうと思っています。
フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。
telling,創刊副編集長。大学卒業後、会社員を経て編集者・ライターに。女性誌や書籍の編集に携わる。その後起業し広告制作会社経営のかたわら、クラブ(発音は右下がり)経営兼ママも経験。