【ふかわりょう】After Eight
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」22
After Eight
「あれ?ミーちゃん来ているの?」
ミーちゃんとは、母の妹であり、僕の叔母。
「そう、いま家を探していて」
30年ほど前に日本を離れ、フランスで生活を始めました。
昭和の時代は珍しくないですが、母の兄弟はとても多く、一堂に会すことはもちろん、全員を把握することさえ大変でした。全国各地でそれぞれ生活している中で、その叔母は、千葉の館山にある祖父の家で暮らしていたので、夏休みの帰省のたびに顔を合わせました。海や、温泉に連れて行ってくれたり、鶏が鳴くような笑い声で、小学生だった僕の遊び相手になってくれました。
祖父が亡くなってから、叔母は日本を離れました。フランスでの生活。やがて結婚生活が始まり、背も鼻も高い旦那さんと一緒に日本に帰ってきたときは、フランス語がペラペラ。メイクや香水の匂いも、すっかりフランス人になっていました。それでも、鶏の鳴き声のような笑い声は健在でした。
大人になった僕がフランスを訪れると、空港に迎えに来てくれました。モンマルトルのカフェや、マレ地区のブティック。地元の人が通うオイスター・レストラン。それほどフランスに染まっていた叔母が、この春から、ひとり、日本で暮らすことになりました。フランス生活が長かったので、いまでは日本語の方が出にくい状態。家探しはネットでどこでもできますが、やはり実際に足を運ばないとわからないので、拠点として僕の横浜の実家に滞在していました。
「ここはどう?駅から徒歩15分」
夕食を済ませると、両親と叔母と4人で、僕のスマホを覗き込んでいます。
「これ、開けていいの?」
テーブルの上に、懐かしい箱が置いてありました。
「そう、それミーちゃんのお土産」
8時を少し過ぎた時計のマーク。After Eightは、英国生まれの大人のミント・チョコレート。ヨーロッパや北米で愛され、子供の頃、父が海外出張のたびにお土産で買ってきました。ただ、チョコもビターでミントも強く、あまり嬉しくないお土産でした。
「昔、これ苦手だったんだよね」
深い森のような緑の箱を開けると、たちまちミントの香りが鼻を覆います。一枚ずつ薄い紙に包まれて並ぶ気品。紙の感触。口の中でパリッとチョコが割れると、どろっとミントがとろけてきます。久しぶりのAfter Eightは、懐かしさと、ようやく握手できた感覚がありました。コーヒーとの相性も抜群で、瞬く間に減っていきます。あんなに苦手だったのに。
「そういえば、ここのWi-Fi工事頼んだから」
春になったら、賑やかな笑い声が聞こえてきそうです。
タイトル写真:坂脇卓也