世界の女性たち@韓国

様々な国を転々として生きる私のアイデンティティ@韓国

韓国人のカウンとは共通の友達を通じて東京のパーティで知り合った。今まで4カ国で暮らし、3カ国語が話せる彼女から、アイデンティティやコミュニケーションについて聞いてみた。

●世界の女性たち@韓国

私の名前は朱 架恩(チュ・カウン)、23歳。今まで韓国、日本、ニュージーランド、イギリスの4カ国に住んだ経験があるよ。もともとは韓国ソウル生まれ育ちで、10歳の頃ニュージーランドのハミルトンという小さい都市へと引っ越した。そこで2年間勉強して、またソウルに戻り、カトリック女子中学校に入学した。

その時の逆カルチャーショックはとても大きくて、最初の1~2年は韓国の文化に適応できなくてニュージーランドへ戻りたかった。ニュージーランドではボーディングスクール(寮生の学校)へ通って、完全にそこの言語と文化に囲まれていたの。2年という短いといえば短い間だったけれど、ほぼ完璧にニュージーランドの文化に適応した。10歳から12歳という、ちょうど自己意識の形成にすごく大事で影響を受けやすい時期だったこともあって、当時は韓国語よりは英語の方が話しやすかったし、弟とは英語で会話してたよ。

3カ国語話せても、どれも自信がない

だからその後ソウルのカトリック女子中学校に入学して、韓国の文化を再び吸収するのはとても大変だった。もちろん韓国は生まれ育った国だから、慣れるのにそんなに時間はかからなかったけれど、母国の文化にカルチャーショックを感じるということ自体に混乱させられた。

結局、韓国でもあまり長くは生活しないで、高校1年生の時には日本に引っ越して埼玉の私立高校に入学した。高校卒業後は東京の大学に入って、その間に1年間イギリスに交換留学。大学卒業後の今もずっと日本で暮らしている。計7年くらいかな。

韓国の言語と文化に最も親しみを感じているはずなのに、韓国語にはそんなに自信もない。実際聞いてる音楽や興味を持っている大衆文化は英語圏のものだし。中途半端な、曖昧な人間になってしまったのかもしれないとも感じてる。韓国語、日本語、英語と3カ国語を話せると言っても、どれも自信があるわけじゃないし、大人になってからの人生のほとんどを日本で過ごしているのに、日本のスラングや大衆文化より比較的に短く住んでいた英語圏のものの方が詳しい。

曖昧だからこそ、いろんなものに”共感”できる

でも、最近はその曖昧さに感謝してる。だってそのおかげで色んな国の人たちと共感することができるから。人間は、「共感」することに大きな満足感、所属感、幸せを感じると思う。私たちが他人と対話する時、その内容のほとんどは、あるものや思想への「共感」に基づいてる。何故なら、お互いが共感をしながら対話をしていると、お互いに優越感や劣等感を感じないからじゃないかな。言語を完璧に話せない分、それぞれの文化を理解し、共感できるという能力があるから、ただ言語が話せるよりはコミュニケーション能力が身についたと思う。

私は音楽が大好きだから、それぞれの文化を理解し、繋がりを感じるのに音楽は欠かせない。例えばイギリスに初めて行った時と、今聞いてる音楽は違うけどそれを思い出すと自分が成長したことを感じる。でも別にイギリスの経験のことを考えるために、イギリスの音楽を聴くわけではないし、日本での記憶や経験はむしろ海外のelectronic musicと強く関係している。

音楽で人とつながれる

ただ、私はしょっちゅう音楽を聞いてるし、自分が感じていた気持ち、その国に初めて着いた時に聞いていた音楽、そして帰国するとき聞いてた音楽を思い出すと自分がどう変化したかわかる。

音楽ってみんな聞くし、私たちは常に音楽に囲まれている。私にとって、誰かと出会ったときにいい話題になるし、相手の好きな音楽を知ったり、話すことで相手を理解したりと友達作りに役立つ。今、 Bae Tokyo (www.baetokyo.com)という女性アーティストをプロモートする音楽エージェンシーで働いているんだけど、それも音楽を愛してる人たちが繋がっていってくれたいいなと思ってやってるんだ。そのうちまた引っ越すと思うけど次の目的地はどこかまだわからない。

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18歳の時にイギリスへ留学、4年半過ごす。大学時代にファッション、ファインアート、写真を学ぶ中でフェミニズムと出会い、日常で気になった、女の子として生きることなどの疑問についてSNSで書くようになる。