【ふかわりょう】そこに咲く花は、空を眺めるだろう
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」11
そこに咲く花は、空を眺めるだろう
ききぃと自転車のブレーキ音が河川敷に響く朝。一瞬視界に入ったものが頭の中でみるみる大きくなり、気になって引き返してみれば、やはり思った通りでした。
「どうした……」
鳩が仰向けになっています。ジョギングやサイクリングの人が行き交う舗装された道で、空を見上げて。この時期は、仰向けになった蝉たちをよく見かけますが、鳩のそれは初めて。蝉はまだ生きていることがあるけれど。こわごわ細長い草で引っ掛けてみると、そのままゴロンと寝返りを打ちました。
「ダメか……」
体格が違うので、羊のように、仰向けになって窒息してしまったのではなさそうです。かといって、怪我を負っている様子もない。一体何があったのか。もしかして、昨晩の台風で方向を見失ったのか。いずれにしても、ここにいては自転車に踏まれてしまうかもしれません。素手で触れるのは危険ですが、せめて安全な場所で寝させてあげたい。
* * *
「下校中の道で倒れていたんです!」
白衣の男の前に、小学生3人が並んでいました。怪我を負い、血を流した鳩が診察台に載せられています。動けなくなった鳩を見つけ、近くの獣医さんへ連れて行った放課後。薬をつけてもらい、包帯を巻いた鳩と一緒に病院を後にする3人。そのうちの一人が猫用の大きなケージを持っていたので、クラスで飼うことになりました。「うちの子に感染でもしたらどうするんですか!」。いまだったら、そんなクレームもあったかもしれません。幸いそのようなこともなく、「タッタ」と名付けられ、休み時間には、他のクラスの生徒たちも集まって来ました。交代で薬をつけて、治ったら自然に帰してあげよう。それから数カ月。順調にタッタは回復し、午後の授業が終わると、クラス全員で校庭に出ました。
「大丈夫かな……」
タッタを中心に、記念撮影。すると、突然タッタが暴れはじめます。
「あっ!」
僕の手を離れたタッタは、そのまま空へと舞い上がりました。
「よかった! 飛んでる!!」
ほんの少し淋しさもありましたが、タッタが大空で羽ばたく姿に、みんなが喜びました。
* * *
「ここら辺だったかな……」
この時期の草木の生長ぶりは凄まじく、数日で河川敷の景色も変わるほど。ここら辺だっただろうか。そんなことを考えながら走るサイクリングコース。草木に覆われ、緑に溺れる鳩。どうか無事に、自然に還っていきますように。
タイトル写真:坂脇卓也