矢部太郎×手塚るみ子特別対談「治虫さんと僕」

手塚治虫もきっと嫉妬した?「素晴らしい作品」

手塚るみ子(以下、手塚):受賞スピーチでの感極まった様子に、私も泣きそうになりました。かなり緊張していましたよね?

矢部太郎(以下、矢部):はい。一人であんなに長時間、お客さんの前で喋ったのが初めてで(笑)。僕にあれだけの尺をくれる番組はないです。

手塚:スピーチで、才能ある若い作家に手塚が嫉妬したエピソードを交えて「僕の作品にも嫉妬してくれたらうれしい」と。矢部さんの作品は、かわいらしい素朴な絵で、初期の手塚漫画の雰囲気を感じます。デビュー作『マアチャンの日記帳』に雰囲気がちょっと似てる。
手塚が読んだら、嫉妬して「俺でも描けるよ。俺も原点に戻る。まずは大家探しからだ」と言い出すと思います(笑)。

矢部:その作品、めちゃくちゃ読みたいです。(※手塚さんが駆け出しの頃に住んでいた)トキワ荘の大家さんの話!

手塚:手塚のファンクラブに入ってくださっていたそうですね。作品に触れたきっかけは?

矢部:藤子先生(※漫画家の藤子不二雄Aさん)の『まんが道』です。手塚先生がすごく魅力的に描かれているじゃないですか。『ブラック・ジャック』などはそれ以前から読んでいましたが、『まんが道』で、先生の凄さがズドンと分かった。漫画の世界にいかに革新をもたらしたかが、分かりやすく描かれていました。

手塚:矢部さん世代の方って、『まんが道』をきっかけに手塚治虫を読んでくださった方が多いんです。藤子先生には頭が上がらない(笑)。他に印象に残っている作品はありますか?

矢部:やはり『火の鳥』です。僕の世代の“あるある”だと思うのですが、図書館に置いてあった唯一の漫画なんです。
僕は教室から図書室に逃げ込むところがあった。『火の鳥』を読むと、今、自分が抱えている色々な悩みは、どうでもいいやという気持ちになるんです。すごく広い視野で描かれていて、子どもの僕でも「わかった」気がしたんです。本当は分かっていなかったかもしれないけれど、そう思わせるのが、すごいなと思って。

ふわっと車が浮かんだ瞬間、ロマンあふれる話になった

手塚:そう思わせる力がありますよね。描くほうはどうでした?小さい頃から描いていらっしゃったんですか。

矢部:手塚さんの『マンガの描き方』とかを読んで、Gペンやケント紙をそろえたけれど、結局、難しくて全然描けませんでした……。

絵を描くことが好きだった幼少期のふたり

手塚:私は絵を描くことがすごく好きでした。うちは、家の中に父の仕事場があって、父が描き損じた原稿の紙がいっぱい捨てられていたんですよ。小さい頃はそれを拾って、アトムを描き損じたものがあれば、アトムをなぞって。見よう見まねで、続きの漫画を大学ノートに描いてセリフをつけて、お話を作ってクラスのみんなに読ませて……。

矢部:僕も絵は、描くのがすごく好きでした。お父さんが絵本作家で、身近にあったんですよ。自宅にプレハブ小屋があって、そこがお父さんのアトリエでした。描くのをそばで見ていたし、絵の具や紙がいっぱいあって。

手塚:仕事中に遊びに行ったりしても大丈夫でしたか?

矢部:全然大丈夫でした。編集の方との会話も筒抜けでした。

手塚:うちは母に、「邪魔しちゃだめよ」と止められていました。

矢部:そうなんですね。うちは邪魔どころか常にどこでも描いていて、お父さんがご飯を食べる前にも描くんですよ。おかずを食べようとしたら、「ちょっと待って。今から描くから」って(笑)。スケッチ1枚上がるまで食べられない。

手塚:その毎日のおかずを描いて何になるの?

矢部:それ、僕が聞きたいですよ!(笑)

手塚:絵日記みたいな感じですかね。

矢部:そうですね。瞬間を記録したかったのかな。飼い猫が亡くなった時も、僕に猫を抱かせて、絵を描いていました。

手塚:シュールですね(笑)。

矢部:見てるだけじゃなくて、僕も一緒にスケッチをしに出かけたりもしていました。動物園に行って動物を描いたり。

手塚:小さい頃から絵描いてたんですね。

矢部:絵というか落書きみたいものでしたけれど。お父さんは紙芝居も書いていたので、僕も紙芝居のようなものを作った気もします。あ、新聞も作っていましたね。「太郎新聞」という。
 新聞には、いとこの女の子に四コマ漫画も寄稿してもらっていました。彼女はすごく絵が上手かったので、編集者として毎回楽しみでしたね。

手塚:編集者だったんですね(笑)。その新聞でも、日常的なことを書いていたのでしょう? もともと観察力をお持ちだし、日常に絵が存在していたんですね。

これから漫画家として描きたいものは

手塚:『大家さんと僕』を漫画に落とし込もうとした時に、絵で表現するのは自然なことでしたか。

矢部:そうかもしれないですね。「漫談で喋って!」と言われても絶対できなかったですし、小説でもないし……。大家さんとのできごとが漫画っぽいというと違うけど、空気も含めて、絵で伝わるものってすごくありますよね。

手塚:そうですね。今、「空気」と仰いましたが、この作品は、大家さんと矢部さんの間にある空気を感じることができるんですよね。ふわっとした感じが。

矢部:父にも、「脱力感がいいね」と言われました(笑)。

手塚:今後、漫画家として描いていきたいことはありますか?

矢部:大家さんのことをもっと知りたいので、今は続編を描きたいなと思います。描けるものがあれば、他にも描きたいなと思います。

1988年東京生まれ。慶応義塾大学文学部卒業後、朝日新聞に入社。新潟、青森、京都でも記者経験を積む。2016年11月からフリーランスで活動を始め、取材、編集、撮影をこなす。趣味はジャズダンス。

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