たった1行なのに怖い…『一行怪談』って?

暑くなってきました。真夏日も多い。そんなときには怪談でヒヤリと涼んではいかが?たった1行なのに、背筋が冷たくなる怪談集『一行怪談』(PHP文芸文庫)が話題です。telling,で「親指レディ サム子」を連載しているテレビ東京社員で漫画家の真船佳奈さんもこの本が大好き。書評を書いてくれました。

 「お前の台本にはフリオチのフリがない、だからつまらないんだ!」……

 私がテレビ番組のディレクターをやっている時、それこそ耳にタコができて中耳炎になって耳垂れを起こすレベルで言われてきた言葉だ。

 話にはギャップがあればあるほど面白い。例えば「ビリギャル」は学年ビリの成績だったギャルが慶応義塾大学に入ったからこそ物語になっているわけで、ただのひたすら勉強をしてきたガリ勉女が慶応に入ったら(それはそれですごいんだが)物語にはならない。

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ストーリーを面白くする定番は「フリオチ」

 「××だったのに、慶応に合格しちゃったんだよ!」の××の部分を我々は「フリ」と呼んでおり、オチ(ここで言う慶応に入った、と言うゴールの部分)を際立たせるためにフリの部分はむごければむごいほど良い。

 「ガリ勉母校に帰る」よりも「ヤンキー母校に帰る」の方が面白いし、「超円満大家族」よりも「ワケあり大家族」の方が見てみたい。優秀なテレビマンはこの方程式を呼吸をするかのごとく応用し、丁寧に伏線を張って視聴者の感情を誘導する。

 テレビだけではない。雑誌や小説、新聞、ネット記事に至るまで各種メディアのライターはこの法則に則って文章を書いているし、芸人はじめトークで生きている人はこの方程式を完璧に使いこなしている。

 怪談で有名な稲川淳二さんもこの「フリオチ」が非常にうまい。モノマネですっかりおなじみの「こわいな、こわいなー」「いやだなあ、いやだなあ」もオチとなる最大の恐怖へのいざないである。

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テレビディレクターが衝撃を受けたワケ

 それどころか、怪談の代名詞となった稲川さんは存在そのものが「絶対に怖がらせてくれそう」というフリになっている(どうでもいい話だが筆者の人生初ライブは稲川淳二の怪談ライブであり、大学では怪談を研究していた筋金入りのオカルト女である)。

 ポンコツディレクターの私はいつもこの「フリ部分」を作るのに苦労し、一人だけ計算が解けなくて居残りをさせられているような、ぽつんとした疎外感をあじわっていたものだ。

 そんな私が出会って衝撃を受けたのが『一行怪談』(PHP文芸文庫)である。

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 永遠に眠り続ける罰を与えられた男がまれに起き上がって、夢の内容を1行だけ書いていったメモ書きという設定で綴られていく。

 設定だけ聞くと「こち亀」の日暮さんじゃないのかという疑念がよぎる内容なのだが、特徴はその文章の恐るべき短さにある。

 ここで一部内容を引用したい。

「今まさに電車が迫る線路上に、物欲しげな目つきの人々が立っていたので、踏み切りに身を投げるのはやめにした。」

 たった1行。フリは皆無である。なのに、情景が浮かんできて、鳥肌が立つほどの恐怖感をあおる。暗闇で急に斬りつけられたような、通り魔の文章だ。丁寧な伏線も、怖がらせるための仕掛けもなにもない。一瞬で人を恐怖に引きずり下ろす、型破りな怪談である。

 もう一つ、引用しよう。

「このあいだ山奥に捨てた知り合いが、五箱の宅急便で届いた。」

 読点と句点のあいだで、「生首」「血」「幽霊」などの不気味な言葉は一切ない。あるのは「知り合い」「宅急便」という非常に身近なワードだけだ。

読者の想像力をたった「一行」でかきたてる

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 しかし、読者の脳内には こんな情景が浮かんでくる。「このあいだ」まで生きていた「知り合い」がなにかを境に感情を持たない肉の塊となって、それが犯人の元に無機質な「5箱」の「段ボール」に丁寧に詰められて送られてきた。

 誰もがわかりやすいことを目的として作られるテレビ的にいうと、この文章は「不親切」な文章である。

 テレビの方程式では、主人公と「知り合い」の仲がなぜ壊れてしまったのか、どうやって殺したのか、丁寧に説明をしてしまうかもしれない。

 段ボールで梱包(こんぽう)をする何者かを、「狂気的な役にもチャレンジしてみたい」イケメン俳優で再現してしまうかもしれない。

 「ダンボール5箱で送られてくる」という、たったそれだけのオチのために盛大なフリを作ってしまうかもしれない。

 最近の恐怖番組のセオリーで行くと、霊能力者が解説までしてしまうかもしれない。

 そうするときっとこの話は陳腐な殺人事件で終わってしまうことだろう。

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テレビと真逆、「説明しない」世界

 ただ言葉を羅列している、そんな不親切で横暴な文章なのにこれほどまでに怖い。説明しすぎないことで、読者の想像の中で世界を構築する。これは映像では絶対にできない新しい恐怖の形である。

 テレビマンがこんなことをいっていいのかわからないが、最近は情報が多く、そのどれもが親切すぎて、自主的に脳内で構築する物語の世界がどんどん薄れていっているような気がする。

 そんな中で、「読者が想像した恐怖が一番の恐怖なんだから、読者の想像力を信じて丁寧な説明は省くよ」というこの本の姿勢は非常に斬新であり、革新的であると思う。

 長々と書いたが、以上は全て以下のオチに関するフリである。

「フリオチのある台本はやっぱり書けないんですが、視聴者の想像力を信じるという意味で、今後も私に台本を書かせてください。」

※真船さんは週刊朝日(5月25日号)のグラビア「人気コミックエッセイ作者の〝素顔〟」に登場しました。

テレビ東京社員(現在BSジャパン編成局出向中)。AD時代の経験談を『オンエアできない! 女ADまふねこ(23)、テレビ番組作ってます』(朝日新聞出版)にまとめ、2017年に漫画家デビュー。

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