【ふかわりょう】ハクビシンの憂鬱
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」04
ハクビシンの憂鬱
それからというもの、私は、空を眺めるようになりました。
私が初めて彼に遭遇したのは、数年前。日が延びて、7時になってもまだ明るさが残っている、夕方と夜の間。ちょうどいまくらいの時期だったと思います。
「あれ?」
上空で、何かが動いた気がしました。
「何かいる?」
ぼんやりと浮かんでいる影は、猫のようなシルエット。
「電線に、猫?」
しかし、違和感があります。尻尾や胴体の膨らみ。どうも猫ではありません。では、電線の上にいるのは一体。
「ハクビシン?」
その時私が遭遇したのは、ハクビシンでした。都会の住宅地に広がる電線の上を、ハクビシンが歩いていたのです。
ハクビシン。かつて感染症の媒介だと疑われ、一躍その名を知らしめましたが、今日では民家の屋根裏などを棲家にしてしまうそうで、駆除の対象になっています。すーっと鼻に白い筋があって、アライグマのようで、確かに見ている分には可愛いのですが、家に巣を作られたらなかなかしんどいでしょう。横浜の実家の裏にタヌキがやってくることは稀にありましたが、東京でハクビシンに遭遇するとは。しかも、電線の上を歩くなんて。
「いないか…」
それ以来、日が暮れると、空を見上げるようになりました。ハクビシンは夜行性で、ちょうど暗くなり始める時間帯に動き出すようです。
「いた!!」
間違いなく、あれはハクビシン。今度はついて行くことにしました。彼は電柱に着くと、電車の乗り換えのように、別の電線に飛び移ります。どこへ行くのか、どこかに帰るのか。大きなあみだくじをしているようです。暗がりの中、ハクビシンの影を追いかける男。
「だめか……」
さすがに住宅街では無理がありました。
「今日、しつこい奴がいてさぁ、参ったよ」
「しつこい奴?」
「そう、追いかけてきたんだよ」
「え? まじで? ウケる!」
「笑い事じゃないよ、もう、よじ登ってくるかと思った」
「ははは!まじで? ウケる!」
「最近は、スマホのおかげで、みんな下を向いてるから、いい時代になったと思っていたんだけど」
「相当な変わり者だね。追いかけてどうしようと思ったのかね?」
「さぁ。しかし、この時期は危険だな。少し時間をずらさないと」
この時期になると、彼らを思い出します。時々、見上げてみてください。ハクビシンが歩いているかもしれません。夕方と夜の間に。
タイトル写真:坂脇卓也