SeventyFour/iStock /Getty Images Plus
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東京で6回目の引っ越し。独身40代、部屋選びでたどり着いた境地

20代、30代、そして40代と、家選びの基準は変化していきます。仕事やライフスタイルの変遷、1人で暮らすのか、それとも誰かと暮らすのか。家選びは生き方と密接にリンクし、求める条件も増えていくもの。40代になって引っ越しに直面した独身ライターがいま求めるリアルな条件から、これまでの引っ越しと自身のキャリア、その生き方を振り返ります。たどり着いた現在地とは?
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恋愛・結婚と直結する部屋選び

2022年8月、住んで4年になる新宿区のマンションが更新を迎えることになった。上京して驚いたことに、関東地方の賃貸物件には「2年更新」という文化が存在し、2年ごとにだいたい賃料1カ月分の「更新料」が発生する。
更新日の1カ月前までに更新するか、引っ越しするかを決めなければならない。住んでいるエリアにも部屋にも不満はなかったが、都心でそれなりの設備とアクセスの良い物件で家賃を10万円以下に収めようとすると当然狭くなる。いま住んでいる6畳1Kの部屋には物が溢れ返っていた。

職業がライターなので、とにかく本や雑誌や資料など「紙」が多いのだ。「これを機に、もっと広い部屋に引っ越したい」と思い、部屋探しを始めることにした。

40代になって初めての引っ越しだ。20代・30代の部屋選びは恋愛・結婚と直結する。
20代は実家暮らしや1人暮らしをしていた友達も、30代に入ると結婚して家を持つようになった。30代後半になると独身の友人たちもマンションを買うようになった。「毎月家賃を払うくらいならローンを払ったほうがいい」と言うのを聞いて、いつもすごい覚悟だなと思う。私には頭金もないし、ローンを抱える勇気もなく、これまで賃貸暮らしを続けている。
恋人がいれば、生活は2人で決めていくことになる。1人で生きているうちは、常に身軽でいたいのだ。

部屋に望む条件ばかりが増えていく……

エリアは大きく変えずに、より繁華街寄りに1駅だけ移動することにした。そうすると、徒歩15分以内で5路線が使えるようになる。

地元・福岡から上京して16年、これで6回目の引っ越しだ。学生時代から数えると、7つの部屋に住んできた。当然、引っ越しのたびに物件を見る目は肥えていく。

仲介会社を2軒回りいくつかの物件を紹介してもらったが、どうも心が動かない。そもそも、我ながら条件が多すぎるのだ。駅徒歩7分以内、24時間ゴミ捨て場、オートロック、システムキッチン、宅配ロッカー……これらは今の生活にあるものだから、レベルを落とすわけにはいかない。さらに今より部屋を広くしたいので、「1K7畳以上」という条件が加わることになる。

「あと……夜遅くにタクシーで帰ることが多いので、できれば目の前に車が停まれるように大通り沿いがいいんですよね」
「お仕事忙しいんですか?」
「あ、いや…仕事だけじゃなくて、飲んで帰ることも多いんですよ」
そんな私に、「この人は一体どんな生活をしているんだ?」とばかりに仲介会社の担当者は怪訝な顔をする。車の音がうるさいので大通り沿いは避ける人の方が多いのだろう。しかしこれも東京で長く1人暮らしをするうちに身に着けた自分を守る術だ。女性の1人暮らしは何歳になっても安全第一。

Seiya Tabuchi/iStock /Getty Images Plus
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この条件をすべて満たそうとすると、都心では軽く家賃10万円を超えてしまう。仲介会社から紹介された部屋には家賃13万円を超えるものもあった。「ワンチャンいけるか?」と頭の中で電卓をはじいてみるが、どう考えてもムリ。

とりあえず、見せてもらった10部屋以上の資料の中から、2部屋を内見させてもらうことにした。
1つは、部屋は良かったけれど、もう少し駅から近くにぎやかな場所がいいんだよな……と心動かず。
もう1軒は、新築で綺麗だったけれど、雰囲気が暗かった。廊下を歩いていると、何だか背筋がぶるっと震えた。霊感なんてないけれど、こんな陰気なマンションには住めない。

部屋選びの最終的な決め手は、「ここに住むイメージができるかどうか」だ。目を閉じて、ここで生活する自分の姿を想像してみる。それがしっくりこない部屋は選ばない。

一般的に8月は引っ越しの閑散期だから、部屋はすぐに見つかると思っていた。しかし、仲介会社の担当者は言う。
「今年はこのシーズンでも物件が動いているんですよ。上京する人も都内で転居する人も増えていて、コロナで止まっていたのが一気に今年から動き出した感じですね。コロナ中は敷金・礼金0円の物件もたくさんあったのですが、今は逆にオーナーさんも強気で全体的に高くなっていますね。あと1年くらいしたら落ち着くと思いますが……」

うーん、タイミングを間違ったか? いま無理して引っ越すよりも更新料を払ったほうがいいのではないか、と思い始めていた。

あきらめかけた頃、運命的な出会いが

何だかどっと疲れて帰ったその日の夜、「これで見つからなかったら、もう引っ越しはやめよう」と、PCで物件探しのサイトを開き、検索してみた。すると、駅前の物件がヒットした。「めちゃくちゃいい場所!」と初めて心が動いた。
すべての条件を満たし、部屋も2畳ほど広くなる。家賃2万円アップなら何とか許容範囲だ。特定の仲介会社の専有物件らしく、すぐに問い合わせボタンをクリックした。

翌朝、担当者から内見の連絡に関するメールが入っていた。
「人気物件でこのマンションはいつもすぐに埋まります。お急ぎください」
物件との出会いも縁だ。私は早速その日の夕方に内見の約束をとりつけた。

夕方、マンションの前で担当者と待ち合わせる。現れたのは、さわやかな好青年。イケメンと物件の良し悪しはなんら関係ないけれど、この時点でかなり運命を感じていた(笑)。
鍵についたセンサーで入り口のオートロックを解除してエントランスの中に入ると、ボタンを押さずともエレベーターが開いて待っている。

偶然にも部屋は角部屋で、好条件が揃いすぎて胸がわきたつ。大きな窓から光がさしこみ、とても気持ちの良い部屋だった。設備も広さも申し分ない。
もともと即断即決タイプだ。「ここよりいい部屋は見つからない」と思い、その場で申込書を記入した。

mapo/iStock /Getty Images Plus
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27歳で上京、キャリアの変遷とともに

無事に審査も通ったが、選んだ部屋が自分の身の丈よりもずっと上のような気がして、私はそわそわしていた。こんな部屋に自分が住めるようになるなんて、30代のときは想像すらしていなかった。東京はとにかく家賃が高い。上京してこれまでの1人暮らしの歴史は、ずっと家賃との闘いだった。

27歳のとき、情報誌制作会社の契約社員として転勤で福岡から上京。はじめて住んだのは、江東区の亀戸(かめいど)だった。地方から出てきた人間にとって、おしゃれ過ぎない亀戸は住みやすかった。

亀戸には6年住み、その間に会社を辞めてフリーのライターになった。独立した当初は月収10万円を切るときもあって、会社員時代は払えていた8万円の家賃が払えなくなった。
親からは「実家に帰って来い」と言われたが、自ら希望を出し、片道切符でやってきた東京だった。ここで何者かになりたかったし、これからは自分の腕1つで生きていくのだと思っていた。

家賃を払い続けられなくなり、JR総武線で1駅千葉寄りの平井駅のシェアハウスに引っ越すことにした。家賃は光熱費込みで4万5000円。10階建てのシェアハウスで中国や台湾から来た若い女の子たちと一緒に暮らした。
自分専用の個室は3畳しかなかった。ベッドを置けば歩く場所もないような狭い部屋で、寝転んだらコンクリートの寒々しい天井が見えた。

Pavel Adashkevich/iStock /Getty Images Plus
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そんなときに、今もお世話になっているビジネス誌の当時の編集長が、「あなたがシェアハウスで夜な夜な仕事をしていると思うとかわいそうだから、出してあげたいんだよ」と、書籍のライティングの仕事を任せてくれた。まだ実力のない当時の私にはとても大変で苦しかったけれど、10万字ほどの文章を泣きながら書いた。

書籍の仕事でまとまったお金が入り、9カ月でシェアハウスを出られることになった。文筆を仕事にする者として一度は住んでみたかった文の京(みやこ)、文京区の本郷に6畳の部屋を借りた。狭い部屋で、日当たりも良くなかったけれど、誰にも気兼ねなく住める自分だけの部屋が嬉しかった。

本郷には4年間暮らし、そこからいまの新宿区へ。この街にはじめて連れて来てくれたのは、30代をともにした恋人だった。石畳の道に一歩足を踏み入れると高級店が立ち並ぶが、メイン通りには大衆居酒屋もある。にぎやかだけどどこか上品なこの街が私は好きだった。いい思い出もつらい思い出も内包するこの街で、私はこれからの人生を生きていきたいと思った。

1人でもいいし、誰かと暮らしてもいい

8月、引っ越しを終えて新しい部屋での新生活が始まった。猛暑の中での引っ越しは大変だったけれど、部屋の雰囲気に合わせてカーテンや家具を選ぶのは楽しかった。大好きな街を歩くと、自然と心が晴れやかになる。

一方で、ふと思う。私はこの先、どこに向かうのだろう、と。30代の苦労話も、いまが幸せだから成功ストーリーとしてネタになる。我ながら「よくここまで来たな」とも思う。もちろん、望めばもっと上はあるけれど。

だけど、この生活をあとどのくらい続けられるだろうか。全力で走れる期間はあとどれくらいだろうか。この先、体調を壊すこともあるだろう。いまのペースで働けなくなったら、この部屋に住み続けることはできない。そもそも、このまま一生1人だとしたら、私はどういう老後を迎えるのだろう……。

時々不安にもなるが、私と同じように1人で身軽に生きていた10歳上の独身女性の先輩が、今年に入って恋人と同棲を始めた。2人で住むために恋人がマンションを購入したのだと言う。

「いままでずっと1人暮らしだったから、いまさら誰かと暮らせるのか心配なんだけどね」
そう言いながらも、先輩は嬉しそうだった。
「籍は入れても入れなくてもいいかな。必要になったら入れようって話してるよ」
世代的にも、おそらくさんざん「結婚しないの?」と周囲に言われ、いわゆる“負け犬”と見られてきたであろう先輩の、鮮やかな“逆転劇”だった。

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そうだ、先のことは分からない。このまま1人で暮らすもよし、誰かと暮らすもよし。その誰かだって、男性とも女性とも恋人とも友人とも決まっていないのだ。だから次の転機がくるまでは、手に入れたこの快適な暮らしを、思う存分楽しもうと心に決めた。

大人の“ソロ活”温泉。箱根一人旅で蘇生した話 女性の“分断現象”に思う 「自己責任論」巡り未婚女ふたりが喧嘩した話
ライター/株式会社ライフメディア代表。福岡県北九州市生まれ。雑誌、WEB、書籍でインタビュー記事を中心に取材・執筆。女性のハッピーを模索し、30代はライフワークとしてひたすらシングルマザーに密着していました。人生の決断を応援するメディア「わたしの決断物語」を運営中。
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