大人の“ソロ活”温泉。箱根一人旅で蘇生した話

1人ごはんから1人テーマパークまで、1人で充実した時間を楽しむ「ソロ活」。ドラマ「ソロ活女子のススメ」もそのブームを後押しする。仕事で息切れ寸前だった女性ライターが思い立ち、1人で逃げるように向かったのは、箱根の高級旅館。至れり尽くせりの時間を過ごして感じた、ソロ活の一番の収穫とは?
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1人のクリスマスだって楽しめる

1人で行動する、いわゆる「ソロ活」を楽しめるようになったのは、いつからだろう。20代の頃は、いつも誰かと一緒にいないと淋(さみ)しかったはずだ。でもいまは、1人ランチは日常だし、1人カラオケにも行く。家の近所のビストロには「いつもありがとうございます」と店員さんに言ってもらえるくらいには1人で通った。地方出張の1人居酒屋巡りも満喫しまくっている。

クリスマスやバレンタイン、誕生日などのイベントを1人で過ごすことにも慣れてきた。
覚えているのは、2020年のクリスマスイブ。私は1人でクリスマスが舞台の映画をレイトショーで観に行った。街にあふれる幸せそうなカップルをほほえましく眺めながら、私にとっては最高に贅沢なクリスマスだと大満足したのだった。

こんな話をすると必ず「痛々しい」などと言われてしまうのだが、まったくもって負け惜しみではない。なぜなら、43歳になった私には、過去の幸せな思い出がたくさんあるからだ。
それらはキラキラした宝物として私の心を温かくしてくれている。
40年以上生きていれば、クリスマスを恋人や友人、家族と楽しく過ごす年もあれば、1人で過ごす年もある。今年は1人でも、来年はまた誰かと一緒に過ごすかもしれない。ただそれだけのことだ。

ソロ活ブームを後押ししているのが、ドラマ「ソロ活女子のススメ」(テレビ東京系)だろう。フリーライター・朝井麻由美さんの人気のエッセイ本『ソロ活女子のススメ』(大和書房刊)を原案にドラマ化したもので、今年の4月期にはシーズン3が放送された人気シリーズ。俳優の江口のりこさんが演じる五月女恵(さおとめめぐみ)が、毎回さまざまなソロ活を楽しむ様子が描かれている。
出版社で働く五月女さんは人と群れるのが苦手で、日々さまざまなソロ活に出かけ、毎日を充実させている。

シーズン3では、五月女さんは横浜中華街やボードゲームカフェ、サンリオピューロランドにまで1人で行ってしまった。もはや尊敬しかない。
五月女さんは周囲の目をまったく気にせず、ソロ活の時間を心から楽しんでいる。1人の寂しさなんてみじんも感じさせず、むしろ、「1人で食事をすると味に集中できる」など、1人ならではの良さを教えてくれる。毎回それぞれの場所で一期一会の出会いがあり、そこで繰り広げられるシュールな会話もこのドラマの見どころだ。

体が悲鳴をあげても働き続けた私

私自身の最大のソロ活は、2022年5月に行った1人箱根旅だ。いや、あれは「旅」というよりも、むしろ「逃亡」に近かった。

30代はずっとフリーランスのライターとして働き、40代は「何か新しい挑戦を」と考え、22年1月に友人とともに法人化。準備期間を含め、1年以上走り続けてきた当時の私は、息切れ寸前だった。
まがりなりにも「代表」という立場になり、1つ1つ意思決定をしていかなくてはならない。フリーランスの時にはなかったストレスが重くのしかかっていった。

体は正直なもので、やがて内臓という内臓に不調をきたし、大好きなお酒も飲めなくなった。そうすると心が病んでいく。夜、布団に入ってもなかなか寝付けず、うとうとまどろんでは仕事の夢を見て起きる。「授乳中の母親か!」と突っ込みたくなるくらいきっちり2時間置きに目を覚ますので、朝になっても疲れがとれず常に頭が重かった。

好きなことを仕事にしている人間の体調管理は本当に難しい、とつくづく思う。体も心も悲鳴を上げているのはわかっているけれど、誰に頼まれたわけでもない。自分が好きでやっていることだから、誰かのせいにすることもできないし、したくない。弱音を吐いたら負けだと思って、疲れた体に鞭(むち)打ってパソコンを開いてしまう。思えばこの1年半でパソコンを開いて仕事をしなかった日は、友人の結婚式に出席した1日だけ。我ながら狂っていると思う。

少しでいいから、今の環境から離れる時間を作ろうと、私は旅に出ることを決めた。

女性の1人客はワケアリ?

問題は、目的地をどこにするかだ。海か山か。沖縄や東京都の離島もいいなと思ったけれど、とにかく移動で疲れない場所、というのがその時の私にはマストの条件だった。陸路で2~3時間。観光なんてしなくていい。ただ、日常から離れてゆっくりできる場所。
そんな条件で思い浮かんだのが、箱根だった。新宿からロマンスカーで2時間程度、ほどよく自然があり、温泉に入って癒やされる絶好の場所だ。

早速旅行サイトで宿を探すが、そもそもポジティブなモチベーションからの旅行でもないため、ピンとこない。そんなときに、ドラマの中で五月女さんが都内の高級シティホテルに宿泊していたのを思い出した(シーズン2のエピソード5)。
五月女さんは言っていた。
「どうせなら、最高級で最新を選ぶべし」

高級旅館に泊まるくらいぶっ飛んだことをしないと、私は復活できないような気がした。
そうだ、新型コロナで支給された特別給付金の10万円があるじゃないか!

経済的に打撃を受けた旅行業界にそのお金を使うのは、とてもまっとうな気がした。
しかし、続いての壁は、1人で泊まれる温泉旅館が少ないことだ。人数を1人にして検索すると「条件に合ったプランはありません」とはじかれてしまう。
そもそも1人用の部屋なんて旅館にはないだろうし、2人部屋には2人を泊めたほうが、経済効率が良い。さらに、ワケアリな人が多いために、女性の1人客は嫌がられると聞いたこともある。ただ1人で癒やされたいだけなんだけどな……。

そんな攻防の末に見つけたのが、「1人旅プラン」のある高級旅館だった。
外観や内観、料理の写真を見るととてもよさそう。がぜん気持ちが上がってきた!
しかし、1泊8万円。この数字を見た途端に勢いは失速(苦笑)。8万円の旅館なんて、もちろん泊まったことがない。そこにこんな私が、1人で行っても大丈夫だろうか……。

年下の友人に相談したら、こんなLINEが返ってきた。
「マリエさんと言えば、バブルでしょ。行っちゃえ!」
何だか面白がられている。いやいや、バブル世代じゃなくてロスジェネ世代だって(笑)。
悩んだ末、「これもまたネタになる」と物書きらしい納得の仕方をして、ついに予約ボタンを押してしまったのだった。

人生初、高級旅館にそわそわ

当日は早起きなんて無理はせず、チェックインの15時に間に合うよう、お昼前にゆっくり出発。強羅駅に着くと、私のためだけに宿からお迎えが来ていた。黒のアルファードに乗り込み、しばし姫気分を味わいながら宿に向かう。

10分もかからず到着した宿はこぢんまりとしていて、とても上品な佇(たたず)まいだった。ヒノキの香りが心地いい。
てっきりフロントで受付をすると思ったら、そのまま客室に通された。部屋で特製ドリンクを出され、担当の女性スタッフが食事や設備について、説明をしてくれた。高級旅館は専属のスタッフがつくのだと知る。

最初のミッションは、夜ごはんのメニューを決めることだった。
「16品の中から、お好きな料理を3品お選びください」と女性スタッフは当たり前のように言ったが、いやいや、さすがに16品は多すぎでしょう、と笑ってしまう。
弱っている私は、お魚を中心に体にやさしそうなメニューをチョイスした。

女性スタッフが部屋を出ていくと、私は部屋の探検を始めた。大げさではなく、探検できるほどの広さなのだ。施設内に大浴場もあるけれど、部屋にも温泉がある、バスルームだけで私の一人暮らしの部屋くらいの広さがあるのではないだろうか。寝室にはベッドが2つ。
こんな広い宿に泊まったことがないので、どこに腰を落ちつければいいのか、1人そわそわしてしまう。

夕食は共同の食堂へ。他のテーブルをちらちら見ると年配の夫婦が多い。若いカップルは記念日だろうか。予想通り、1人で来ているのは私だけのようだ。

窓の外が見えるカウンター席に案内され、私はクラフトビールを頼んだ。
しばらくしてビールを運んでくれた女性スタッフが、「ご旅行がお好きなのですか?」と尋ねてくる。私のような女性1人客は珍しいのだろう。「過労で死にそうだったから現実逃避して来ました」とは言えず、「はい」と答えておいた。

料理はどれも、とても素晴らしかった。サービスにも料理にも、人の血がちゃんと通っている。
何年ぶりかに過ごす、本当に静かな時間だった。私は1人、窓の外で、外灯に照らされて光る葉が静かに揺れているのをぼんやり眺めた。きれいだな、と思ったら、なぜか泣きそうになった。

私が仕事を頑張ろうが頑張るまいが、木々は芽吹き、風は吹く。美しい世界はずっとここにあるのだと思うと、昨日までの東京でのあれこれがすごく遠くに感じた。俯瞰(ふかん)できるとラクになることもある。そうか、だから人には旅が必要なのだ、と思った。

食事を終え、ゆっくり温泉に入った後、施設内にあるバーに行ってみた。
コロナ禍だからか、日曜の夜だからか、お客は誰もいなかった。旅館のシニアマネージャー兼バーテンダーという男性が対応してくれ、私はジントニックを注文した。
その男性は優しく微笑みながら「濃いめにしておきますね」と言って、美しいお酒を出してくれた。

これまでの人生、楽しい夜はたくさんあった。友人と涙が出るほど笑い合った夜もあれば、恋人と過ごしたロマンチックな夜もある。だけど、今日こうして1人で過ごす夜も、私にとってはとても大切な時間だった。もしかしたら、私は死ぬ前に、この夜のことを思い出すかもしれないな、なんて思ったら、また少し泣きそうになった。

部屋に戻って広いベッドで眠りについた。
朝起きたら、信じられないくらい体が軽かった。

箱根に来るまでは、旅行で癒やされるのか、半信半疑だった。
でも、「また、生きていける」と思えるほどに私は蘇生していた。

シティホテルに泊まった五月女さんも、こんなことを言っていた。
生活とは、朝ごはんを食べる、お風呂に入るなど、小さな1つ1つの行動の積み重ねなのだ。だけど、時間に追われると、その行動がないがしろになってしまう。日常を離れ1つ1つを丁寧に味わう時間が、その大切さを思い出させてくれた、と。

この先もきっと、私は好きな仕事に熱中し、働きすぎてしまうだろう。でも、壊れてしまう前に、旅に出よう。この学びこそが、今回のソロ活の一番の収穫だったような気がする。

思い切って旅に出て良かった。この宿を選んで良かった。背中を押してくれた五月女さん、ありがとう。後にも先にも、こんな高級旅館に泊まることは、もう二度とないだろうけどね。

(写真:Getty Images)

女性の“分断現象”に思う 「自己責任論」巡り未婚女ふたりが喧嘩した話 インスタに手作りケーキの写真をあげる既婚子持ちの友達が死ぬほど羨ましい、本当の理由
ライター/株式会社ライフメディア代表。福岡県北九州市生まれ。雑誌、WEB、書籍でインタビュー記事を中心に取材・執筆。女性のハッピーを模索し、30代はライフワークとしてひたすらシングルマザーに密着していました。人生の決断を応援するメディア「わたしの決断物語」を運営中。
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