妻・母・女、38歳女性たちの葛藤を描く 記者で作家でシンママの水野梓さん

ある時は敏腕記者にしてテレビキャスター、またある時は作家、そして男児のシングルマザーでもある。そんな彼女が妻・母・女という役割を背負い、日々の闘いに挑む女性たちの姿を描いた小説『彼女たちのいる風景』(講談社)を出版しました。彼女とは、テレビ報道の最前線で活躍するジャーナリストで作家の水野梓(本名・鈴木あづさ)さん。主人公の女性たちのリアルな悩みの多くは自身の経験からと言います。彼女は小説と報道をどう両立させているのでしょうか? 同じく報道現場の経験が長いtelling,編集長の柏木友紀が聞きました。
水野梓さん、作家・記者・シングルマザーの両立は? 「理想的な家族像」を問う

日本テレビで社会部や国際部、経済部の記者やデスクなどを歴任し、今年11月までBS日テレ『深層NEWS』で隔週金曜日にキャスターも務めていた鈴木あづささん(48)。画面ではスーツをパリっと決め、鋭い質問を繰り出す一方、社会派ミステリー作家・水野梓として、デビューからわずか1年半で3冊目を出版。これだけハイスペックな女性、いったいどんなにシャープなツワモノが登場するのかしら――。何と呼びかけるべき? 鈴木キャスター?それともペンネームの水野さん? こちらも質問は鋭く、切り込まないと――。

こうした事前の予想や気構えは、一瞬にして消滅。それはひまわり模様の花柄ワンピースに身を包み、穏やかな笑顔で彼女が姿を見せたからだ。

水野梓さん(以下、水野): 今日の服? はい、今回の作品の表紙写真に合わせたんですよ。呼び方? ええ、どちらでも、では本日は水野で!

くったくない笑顔での受け答えに、場が一気に和む。表紙の「ひまわり」は、作品内でさりげなく重要な役割を果たすキーアイテムだ。担当編集者を「令和版『女たちのジハード』だ!」とうならせたという今回の著作には、「女」「妻」「母」としての役割に悩む女性たちと、マミートラック、貧困、シングルマザー、終わらぬ不妊治療……といった彼女らを取り巻く諸問題が内包されている。

図書館にこもった小学生時代

柏木友紀(以下、柏木): 記者・キャスターとして活躍され、子育て中でもあって超多忙な中、小説を執筆しようと思ったきっかけは、どんなことだったのでしょう? 

水野: 実は、小説家になりたいと思ったのは、小学生の時なんです。友人関係に悩み、ずっと図書室に閉じこもっていた時、司書の先生が新田次郎の『孤高の人』を出してくれました。その時、ひとりでもいいじゃん、かっこよく生きられるじゃん、と救われました。小説なら、私みたいに友達がいないと思っている子に寄り添えるかもと思い、その時から私も書きたいと思ったんです。大学生の時も習作はいっぱい書いていて、卒論も小説を出しました。今、その時のアイデアみたいなものも役立っています。

柏木 : その後、事実を伝えるテレビ局の記者になられます。

水野: テレビの現場はやはりすごく面白いんです。例えば、100行の原稿を費やしても伝わらないことが、5秒の映像で伝わったりする。 映像メディアの強さっていうのを実感し、 のめり込んでいきました。

一方で物足りなさも感じていました。それはカメラの入れないところ、人の心の中、家の中。 例えば殺人事件を起こした加害者の家族のその後とかですね、 カメラを向けられないところに、どうやったらたどり着けるのかなと考え始めたんです。その結果、これは小説っていう形でしか描けないものがあるなと思った。今、その両方をしていることが、相互に役に立っています。

アイデアは出産直前のベッドで

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今回の『彼女たちのいる風景』は、出産によってマミートラックに追いやられた育休中の女性、発達障害の子を抱え貧困から抜け出せないシングルマザー、週刊誌サブデスクとして寝食忘れて働くも不妊治療に悩む女性の3人が主人公。いずれも38歳の同級生ながら三者三様の闘いは、日々のリアルな描写と相まって、3人の誰かに自分を重ねる読者も多いのでは。
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柏木: 今回の作品のアイデアは、いつごろから温めていたのですか?

水野: 『彼女たちのいる風景』を書き始めたのは、私自身が38歳で産休中の時でした。実は昨春に出版したデビュー作『蝶の眠る場所』よりも先に書いていたんです。

それまではずっと、男性と同じようにがむしゃらに突っ走って、二晩、三晩徹夜は当たり前でやってきました。女性だから不公平とか不平等とか、感じたことはほとんどありませんでした。そんな私が大きな壁にぶち当たったのは、2012年2月17日、息子が生まれる3カ月前のこと。天皇陛下(当時)が心臓の冠動脈バイパス手術を受けられるという時で、社会部デスクだった私はこの取材チームの旗振り役を務めていたんです。妊娠6カ月でしたか、会社から呼び出しがあれば家に帰っていてもまた出勤する、そんな日々を過ごしていました。

そして迎えた陛下の手術の前夜のことでした。家に帰ったら大出血してしまい、救急車で運ばれ、そのまま緊急入院。切迫早産の恐れがあると言われました。「明日だけはとにかく出勤したい」と懇願すると、主治医の先生に「子どもの命と、仕事とどちらが大切か考えなさい!」と一喝されたんです。それから1カ月あまり、ベッドから動けないまま過ごしました。

その日々の中で気づいたのは、ジェンダーが平等になるということは、単に同じようにするということではないと。お互いの違いや差を認め合い、尊重し合いながら、すべての人が生きやすくなることなんだ、と。そして、そういうことが書きたい、書かなければ、と雷に打たれたように思いました。起き上がれないので、しばらくは思いついたことを音声で録音し、3人の女性を主人公にする構想を考え始めました。

登場人物のモデルは自分自身

柏木: 3人の女性たちのモデルは身近にいらっしゃるのでしょうか? 読んでいると、その誰にも私自身、心当たりがあるようで。telling,読者も自分のことのように思う人が多いのではないかと思います。

水野 : ここで書いたのは、私自身が体験したこと、あるいは今現在もまさに体験中のことなんです。マミートラックに陥るのではないかという不安とか、不妊治療とか、そしてシングルマザーというのは、すべて私がそう。言ってみれば、彼女たちは私の分身ですね。

がんとの闘病のくだりは、今年の春にがんで亡くした親友との語らいで感じたことを盛り込みました。「幸せな死に方」ってあるのかとか、あるいは残されたものと残していくものの違いとか。難病との闘いの部分も、私の父が51歳の時からパーキンソン病で、母は20年間ずっと介護していたことから。その母も乳がんを患い、全摘したという経緯があって、以前からずっと死生観とか、死に方みたいなものに対する問いは自分の中にあったのかなと思います。

それに、新聞記者として医療部にいた時に専門医から取材した「男性不妊」の話や、他人の精子をもらって妊娠するAIDという治療も盛り込みました。正確性を期すため、その産婦人科医に原稿を見ていただきました。

柏木: とにかくどの描写も、そして言葉もとてもリアルですね。まるで新聞記事を読んでいるかのようです。

水野: ストーリー自体はフィクションであっても、常に細部は事実に立脚し、正確性を期したいと考えています。不妊治療に悩んでおられる方も多いので、正確な情報をお伝えしなければと思いますし。読者が限られた時間を私の本に当ててくださるのであれば、読んで有益だったと思っていただけるものを提供したいなと思っています。

柏木: 「これ、わかる!」と、思わず線を引いたところがたくさんありました。

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「家事は愛情の証、というロジックにすり替えて、押し付けてくる」
「枕営業していると、あらぬ噂を流された」
「学生時代は男も女もなく、努力すれば結果はついてくると信じていた。それは幻想だった。結婚や出産で職場から女性が減る。卵子の老化で現実に突き当たる」
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水野: 読者に訴え、「自分ごと」としてとらえてもらうには、リアルな描写で感情を動かす必要があると思うんです。それには、具体的な誰かの存在を通して体験してみるのが一番早い。登場人物の目を通して、読者に様々な体験やものの見方を提供できる作家でありたい。読者の方々にリアルな自分事として考えてもらい、その人自身のものの見方との間で化学反応が起きて、ほんの少しでも社会がよりよい方向に変わるきっかけとなるものを書き続けていきたいと思っています。

柏木友紀・telling,編集長のインタビューに答える水野梓さん(左)

ジャーナリストの目と小説家の目

柏木: その具体性、リアリティーには、長年のジャーナリストとしての経験が大きく影響しているのですね。

水野: 「なぜジャーナリストなのに、フィクションを書くんですか」とよく聞かれるのですが、フィクションにしかできないことがあると思っていまして。今、自分がジャーナリストとして感じている怒りや、社会の不条理に対する疑問を小説で提示したいのです。

現場の 声なき声を伝えたいと思うようになった強いきっかけは、中国特派員として2008年に四川大地震を取材した時です。中学校の校舎が全壊し、多くの子どもたちが生き埋めになり、親御さんたちが泣き叫んでいました。その時は多分もう助からなかったのだとは思いますが、疫病が流行るなどの理由で、まだ子どもたちが校舎にいるのに、当局が来て消毒薬を噴射しました。後になって、その中学校は地方政府の役人が工事費を中抜きするため手抜きで施工されていたことが発覚し、脆弱な校舎が地震に耐えられずに崩れたことがわかりました。

しばらくして、その親御さんたちを月命日に取材しようと思ったら、マスコミはすべてシャットアウトされました。規制線ギリギリで中継を立てていたら、我々はそのまま拘束され、軟禁されてしまったんです。この時の怒りは決して忘れません。2年間の駐在で計7回も拘束されました。この時から、時代の歪みとか、政府の 横暴とか、時の不条理みたいなものによって歪められた人生を生きていく人たちを描いていきたいと強く思うようになったのです。

水野梓さん、作家・記者・シングルマザーの両立は? 「理想的な家族像」を問う

●水野梓(みずの・あづさ)さんのプロフィール

1974年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部、オレゴン大学ジャーナリズム学部卒業。日本テレビ入社後、社会部で警視庁や皇室などを取材。原子力・社会部デスクを経て、中国特派員、国際部デスク。『NNNドキュメント』のディレクター・プロデューサー、「ニュースevery.」デスク、読売新聞社で医療部、社会保障部、教育部の編集委員、経済部デスクを歴任。来年1月からロンドン支局長。ペンネームの「水野」は、小説が好きで、国語教師だった祖母の名字から取った。

彼女たちのいる風景

『彼女たちのいる風景』

著者:水野梓
出版社:講談社
定価:1,980円(税込)

telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として教育や文化、メディア、ファッションなどを幅広く取材/執筆。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
“39歳問題”