荒くれ漁師たちと漁業改革に奮闘 ドラマ「ファーストペンギン!」のモデル、坪内知佳さん

シングルマザーが衰退しつつあった漁業の姿を変えていくドラマ『ファーストペンギン!』(日本テレビ系)が10月5日からスタートします。主人公のモデルは、萩大島船団丸などで魚の直接販売を行う株式会社GHIBLI代表取締役の坪内知佳さん(36)。幼子を抱えた24歳の時、山口県萩市の漁師から漁業の改善を依頼され、市場を通さない魚の直接販売を実現、漁業の活性化に成功しました。その方式はその後、全国に広がっています。それまで漁業には全く縁がなかったという坪内さん。なぜそんなことができたのでしょうか。
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坪内知佳さんは離婚後、萩市でシングルマザーとして翻訳やコンサルティングなどの仕事をしていました。この頃、地元で漁業を営む萩大島船団丸の長岡秀洋・船団長に出会い、漁獲量が減って衰退気味だった漁業の改善を依頼されます。坪内さんはその日に水揚げした魚の一部を、市場を通さず消費者へ届ける直接販売方式を考案し、様々な困難を乗り越え、漁業の活性化に成功しました。その仕組みは「船団丸方式」として、今では全国10の漁港と2箇所の農産地に広がり、魚や農産物など一次産品の直接販売を行っています。

アジとサバの区別がつかなかった

――それまで漁業と全く縁のなかった坪内さんが、漁師さんたちに馴染んでいくのは大変だったと思います。

坪内知佳さん(以下、坪内): 私はそれまで、アジとサバの区別もつかないほど、漁業も魚のことも知りませんでした。まず、萩の魚や漁業の状態を知るために、あえて慣れた釣り人なら絶対に行かないポイントに息子と行って釣りをしました。そうすると漁師が話しかけてくれるんです。しばらく会話をしていると、手作りの漁師メシをふるまってくれたりするようになりました。

そうやって関係を築いていくと、そのうち深い話もできるようになったのです。その日に水揚げした魚のうち、主力商品のアジとサバは市場を通して流通するルートが出来ていますが、それ以外の魚は混獲魚として二束三文で売られるか、養殖魚の餌などに回されていることを知りました。それを徹底的に鮮度を管理したうえ一級鮮魚の状態にし、消費者に届け、売り上げにつなげることを思いつきました。

そうした事業を進めるには、漁師たち1人ひとりの協力が不可欠です。その日によって獲れる魚は違いますし、何しろ生ものですから、注文と商品の間に齟齬が出ないようにしなければなりません。そこで、その日獲れた魚を漁師たちに船の上でスマートフォンで撮影・送信してもらい、獲れた魚に合わせて注文を受けることを思い付きました。でも、当時、60人いた漁師たちでスマホを持っている人はほぼゼロ。その提案には猛反発があったんです。

そこで、慣れてもらうために、通信事業者からスマホを無償で提供してもらい彼らに配りました。そして漁師1人ひとりと私が1対1でやり取りし、「おはよう」「おやすみ」などのメッセージをハートマークやスタンプなどを交えながら、彼らと日に500通とか送り続けたんです。まずはそうしてスマホに慣れてもらい、その後「魚の写真を撮って、送れるよね?」と切り出しました。

何事もビジネスライクでは物事が前に進みません。ゴールを目指してやれることはすべてやっていました。

――漁業の世界で、女性であることが不利になった部分はありませんでしたか。

坪内: 「昔から女は不浄だから船には近づくなと言われてる」とか、「女の言うことなんて聞けるか」と面と向かって言われたこともあります。ただ、この事業をストップして一番困るのは彼らでした。当時は完全なる債務超過で、本当に厳しい経営状態でした。

女性も男性も、それぞれ得意不得意があって、ただ、やり方が違っているということではないかと思います。パワーでは負けても、器用さで勝負するなど、女性なりのやり方を考え、男性とは同じ経営方法を目指さないということかなと思います。

事業を巡って喧嘩をしたからといって「では、やめます」と言うのではなく、一人一人と向き合って丁寧に話し合ってみることから始めたんです。例えば、補助金についても「上から降って来る」というようなイメージを持っていたような場面もあったので、きちんとかみ砕いて説明しました。

「補助」という言葉の本来の意味はサポートです。自転車の補助輪のように、走っていない自転車に補助輪があっても意味はない、という話をしました。補助金をもらうために仕事をするのではなく、まず自分たちが走り出さないといけない。そう説明すると、船団長の長岡をはじめとする漁師たちも、「まずはわしらが、自転車を漕ぐしかないんじゃろう」と理解し、行動し始めてくれたんです。

そうやってみんなで走って2012年、農林水産省から6次産業化の認定を受け、「萩大島船団丸」の産直販売事業を本格的にスタートさせました。その後、実際に補助金を初めて受けたのは、今年になってからです。そこまでは自分たちの力で走り続けてきました。

1段を上るために0.1を積み上げる

――何もかもがゼロベースからのスタートだったと思います。

坪内: 当時は、顧客ゼロ、販路ゼロ、商品ゼロ、ノウハウゼロからやらなくてはなりませんでした。水揚げした魚をさばく場所もない、出荷するための箱や氷も手袋も、すべてがないない尽くし。市場を通さない直販のため、仲介業務を脅かされると考える漁協関係者らもいて、様々な困難がありました。

今振り返ると、「できること」を「少しずつ」やっていったのかと思います。たとえば、スタッフも社員をまず1人雇用するところから始めました。人が足りなくなった時は、正社員1人の雇用が難しいならば、パートさん3人から始める。そういうことの積み重ねで今では船団丸には100人ほどの漁師がいて、オペレーションを担当する社員は20人程になりました。

顧客もまず1件取るところから始め、会社の整備と並行して営業は月に3件ずつ、確実に新規顧客を増やすことを目指しました。逆に、できないことはやらないことも徹底しました。例えば、どんどん一般客を増やしたいからと、まずはECサイトを開設する、ということはしませんでした。

B to B(Business to Business/対会社)から始めて、売り上げがある程度安定してきて、きちんとお客様のフォローができるようになった段階で、B to C(Business to Consumer/対消費者)に着手する。その段階に至るまでは、個人に対する販売はお断りしていました。というのも、自分がお客様の立場だったら、何かあった時に中途半端な対応をされたら、二度と利用しないでしょう。対会社であれば、初期段階でもある程度はフォローを行き届かせることができます。事業展開は目の届く範囲を超えないようにしていました。

1歩を踏み出すために、まずは0.1のことをやり、それを積み重ねて1にして来たのだと思います。1つずつ乗り越えたというより、0.1や0.5を刻んできたというか。この1段はすぐには上がれないかもと思った時には、その間に小さなブロックを積んでいく。焦らずに面倒がらずにやることを大切にしてきました。

正直、「やっていける」と感じたことはありません。ただ、今でもそうですが「たどり着くまではやり続けるぞ」とは、ずっと思っていましたね。先ほどもお話したように、今年の4月には創業以来初めての事業再構築補助金を受けて、とれたての魚の加工ができる念願の工場を建てて出荷調整もできるようになりました。今では、ECサイトも立ち上げています。

長岡はようやく今年になって、自転車の「自走」や補助輪の意味がわかった、と言っています。本当にやってきてよかった、と。

大儲けしなくても、共存できる世の中に

――経営者として大事なことは何だと思いますか。

坪内: 俯瞰力と人間力だと思います。一つは、判断をする時に常に物事を客観的に見る力です。そしてもう一つは、人を愛し、愛される力。人を好きになることが必要だと思います。歩み寄ってくれない人にも、こちらから歩み寄る姿勢が大事ですね。

男性社会でのビジネスは、どうしても食うか、食われるかのライオンの殺し合いみたいなものをイメージさせられることが多い。誰かを潰すことで自分が儲かることを想定している商談も目にする気がします。

でも、それで持続可能な企業経営、社会が実現できるのでしょうか。大儲けしなくても、みんなで共存できる世の中じゃダメなのかって。自分だけ勝たなくても、みんなが生き残れたらいい。

私たちは上場する予定も気持ちもないですし、M&Aのお話もよく頂きますが、そもそもお金だけが目的でもありません。それよりも、泥臭い、人と人とのやりとりが好きでやっているので、47都道府県にこの船団丸を展開して、全国の漁師たちと手を取り合って日本の漁業全体を良くしていくことが私の夢です。

●坪内知佳(つぼうち・ちか)さんのプロフィール

1986年、福井県生まれ。名古屋外国語大学を中退後、山口県萩市に移住。2011年に任意会社「萩大島船団丸」代表に就任。農林水産省から6次産業化の認定を受け、漁獲した魚を直接消費者に届ける自家出荷をスタート。2014年に「萩大島船団丸」を株式会社化しGHIBLIを立ち上げ、翌年から事業の全国展開を開始。各地で「船団丸」ブランドが拡大している。

あいめこさん カネなしコネなしのシングルマザーがTwitterで経営者に シングルマザーが漁業と社長業と子育てに奮闘 坪内知佳さん「すべてが完璧でなくていい」

書籍『ファーストペンギン』

出版社:講談社
価格:1650円(税込)

ドラマ『ファーストペンギン!』

2022年10月5日放送開始 毎週水曜日よる10時~ 日本テレビ系
主演:奈緒

ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍の製作にも関わる。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。