39歳で卵子凍結 自分の手で人生を切り開く選択肢を手に入れた
「卵子凍結」は、将来の妊娠に備えて、卵子を凍結保存する技術です。今回、医療監修をお願いした医療法人オーク会によると、がんなどの病気で、治療によりすぐに出産することが難しい場合に行う「医学的適応」と、健康な女性が将来の出産に備えて行う「社会的適応」の大きく2種類があります。
日本では、2013年に社会的適応のガイドラインが定められ、実施する医療機関も増えてきました。とはいえ、センシティブな内容でもあり、その体験を実際に周囲で聞く機会は限られます。今回話をしてくれた2人の女性は、どんな思いで卵子凍結を決意したのでしょうか? そして、実施後に心境の変化はあったのでしょうか。
いまならまだ間に合う。40歳を前に凍結を決意
39歳の会社員、さやかさん(仮名)は、今年の7月と8月に二度の採卵を行い、卵子凍結をしたばかりです。さやかさんが卵子凍結の技術を知ったのは、4~5年前のこと。
「テレビのドキュメンタリー番組やニュースなどで、海外の著名人が卵子凍結をしている情報は耳にしたことがあったのですが、一般の人が普通にできるものではないと思っていました。ただ、4~5年前にアメリカでは一般の人も卵子凍結をしていると知り、調べてみたんです。そうしたら、日本でも実施している病院があり、ある程度手の届くものになっていることが分かりました。そういう手段もあるんだな、と思ったのが最初のきっかけです」
そうは言っても、すぐに踏み切ったわけではありません。悩んだ一番の理由は、数十万円という施術費用。凍結するだけでなく、卵子を保存する費用もかかります。そして、周りに体験者がいなかったことも、大きなハードルでした。
「身近で誰もやっていない、もしやっていたとしても、その体験談を直接聞くことができないのが一番不安でしたね。自分の友人や同僚の中に経験者がいて、話を聞くことができれば、もっと早く決断できたかもしれません。職場には言えず、母親に相談しました。母は『やってみたら』と言ってくれました」
もともと、子どもが欲しいと強く思っていたわけではなかったという、さやかさん。早い段階からリアルに結婚や出産をイメージしていたわけではありません。
「35歳の頃は、お付き合いしているパートナーもいました。でも、結婚や出産にあまり熱心ではなかったんです。それならそれでいいか、と思う一方で、『卵子の老化』や『加齢とともに妊娠率が下がる』といったニュースがすごく気になるようになっていったんです。周囲の友人の中にも、不妊治療をしている人が増えてきて、心のモヤモヤが増していきました」
考えているうちに数年が経ち、40歳が目前に迫ってきました。
「39歳という年齢は、卵子を凍結するには決して早いとは言えません。でも、可能性がないわけではない。このまま何もせず40歳になるよりは、少しでも将来子どもを持つ可能性がある選択肢を、自分の意志で選びたいと思いました。
もともと婦人科系のトラブルはほとんどありませんでしたが、凍結を本格的に考える前から、婦人科に行き自分の体の状態はチェックするようにしていました。卵子の残存数の目安であるAMH(アンチミューラリアンホルモン)値も調べましたが、年齢相応でした。やるなら今だ、と思いました」
家から近くて通いやすい医療機関をいくつか調べ、実績や医師らスタッフの様子、診療体制などから決定。「オンライン診療が進んでいて、施術の説明など、内診が必要ないときはオンラインで医師に話を聞くことができました。仕事の合間時間などにビデオ通話ができたのが、とてもありがたかったです。薬も、郵送してもらえるんです」
また、2010年から卵子凍結をしていて、実績があることも安心材料になったと言います。「他のところは、結婚している方の不妊治療が専門なので、なんだか違うところに紛れ込んでしまったような感じがして、居心地が悪かったんです。
私が選んだところも、不妊治療専門ではありましたが、卵子凍結が1つのパッケージとして確立されていたんです。力を入れている分野のようで、先生も看護師さんも慣れていました。最初は誰もやっていないことに自分が挑むような不安感があったのですが、「こんなふうに来院しているのはあなただけじゃない、大丈夫よ、と言ってもらえているような感覚があって、気持ちが楽になりました」
自分の手で、「人生のカード」が増やせた
さやかさんは2回の採卵をして、計13個の卵子を凍結することになりました。2回の採卵と2年間の保存費用で、金額は80万円ほど。働きながらコツコツ貯めてきたお金です。
「確かに高額です。ただ、周囲を見ると、何年も不妊治療や体外受精に挑んでいる人がたくさんいます。年齢を重ねると採れる卵子の数も減っていきます。仕事をセーブして収入を落としても治療を続けている人もいます。不妊治療にかかるトータルのコストや大変さを考えると、いまお金を使って若い卵子を凍結しておくのと、どちらがいいのか、正解はないな、と思っています」
今回の契約の保存期間は2年。さやかさんはそのとき、41歳になっている。もし出産の機会がなければ、延長という選択肢もあるが、「凍結したばかりなので、先のことはまだ分かりません」と話す。
卵子凍結を終えて、心境に変化はあったのでしょうか。
「それが、特に大きな変化はないんですよ。13個の卵子を凍結したからといって、この先、絶対に将来子どもを持てるという保障はありません。出産には相手が必要ですし、パートナーができても、凍結卵子を使うことを受け入れてもらう必要があります。だから、これがすごく大きな解決策だとは思っていませんし、特に安心感もない。正直、この先、子どもを持たない可能性のほうが高いんだろうな、とも思っています。ただ、卵子凍結により、1つ手持ちのカードが増えた、という感覚はあります。」
さやかさんは、こう続けました。
「大きいのは、こういう手段に頼れるんだなと実感できたこと。一昔前だったら、ただ年を取っていくしかなかったのが、新しい技術を使うことで、ある程度自分で人生を変えられるんだな、と思えたんです。その価値観の変化はすごく大きいなと思っています。
卵子凍結をする前までは、毎日いろんなニュースが入ってきて、そのたびに心が揺れていました。もし、凍結に踏み切っていなかったら、今でも毎日考えてしまっていたんじゃないかなと思います。行動に起こしたことで、子どもを持つことや、39歳という年齢にこだわらなくなりました。これからは前向きに生きていけるような気がしています」
さやかさんが将来、子どもを持ちたいと考える女性にアドバイスするとしたらどんなことでしょうか。
「まずは、今後の人生計画を考えたうえで自分が使えるお金を棚卸して、納得感のある選択をすることが大事だと思います。悩んでいる間に、あっという間に時間は過ぎていきます。調べてみればいろんな情報が手に入るので、まずは気になる医療機関にアクセスしてみるといいのではないかと思います」
自分の体を知ることから始めてほしい
36歳の幸子さん(仮名)は、婦人科で働く看護師です。34歳で今の仕事に就き、同世代の女性たちが不妊治療に挑む姿を見て、自身の妊娠・出産についても考えるようになったと言います。
「不妊治療はすごくコストもかかるし、35歳を過ぎると妊娠率が大きく下がることもよく分かりました。私はパートナーもいないし、結婚や妊娠のライフプランをしっかり考えていたわけではないけれど、将来的には結婚して子どもが欲しいなという思いはありました。でも、婦人科の現場で働きながら、欲しいときにできるものではないんだな、というのを肌で感じたのが大きかったですね」
勤務先の病院の医師や周囲の友人に相談。35歳を超えたことで、一歩を踏み出す決心がついたといいます。
「ただ、親には話すことができませんでした。隠したいわけではなかったけれど、採卵術は、やはり体を傷つける行為ではあるので、話して理解してくれたとしても、本音はどう思うんだろうと考えたら、言えなかったですね」
幸子さんは2019年に子宮頸がんの軽度異形成で手術をして、さらに、最近は子宮腺筋症と診断され、将来的な妊娠・出産にも不安を感じていました。
「卵子凍結をする前に病院でAMH検査をしたところ、数値は1.86で、36歳の基準値よりもかなり低いものでした。調べるまで自分は普通だと思っていたので、衝撃でしたね。知らない間に残りの卵子が少なくなっているのかと思うと怖いなと思いました」
2021年に2回の採卵を実施し、11個の卵子を今、保存しています。2回の採卵と凍結にかかった費用は80万円弱。最初の契約は2年間で、残り1年となりました。
「まだハッキリとは決めていませんが、このまま妊娠の機会がなければ、たぶん延長すると思います。」
大きな投資をした幸子さんは、今こう考えています。
「このあと、もし結婚して自然に妊娠できるのであれば、それが一番スムーズだと思いますが、そうはいかないかもしれない。子どもができないことが原因で、夫婦が不仲になってしまうことも考えられます。そのときに、若いときの卵子があるというのは、やっぱり安心感につながるかなと思っています」
最後に、幸子さんからもアドバイスをもらいました。
「毎日婦人科で働いていて思うのが、本当に妊娠って奇跡なんだな、ということです。将来的に妊娠を考えているなら、婦人科に行って定期的に検査をしたり、AMHを測ってみたりして、自分の体を知ることから始めてみてほしいです。小さなことでも、一歩を踏み出すことで、その先に進んでいけると思います」
今回、2人の方からお話を伺いました。卵子を凍結保存したからといって、将来、確実に出産できるとは限りません。お2人とも、そのことは理解していました。ただ、1つ言えることは、生殖医療は日々進化していて、10年前、20年前には選べなかった選択肢や可能性が、いまは選べる場合があるということ。
自分は今後、どのような人生を歩むのか。子どもを持ちたいのか。そのためにいまできることは何なのか。先輩女性たちの話を参考にしながら、後悔のない選択をしてほしいなと思います。
(写真:GettyImages)