考察『ファーストペンギン!』1話「クソ野郎」な男社会に奈緒が飛び込み、啖呵を切る
男社会の荒波に飛び込むファーストペンギン
「あんたに、こん浜を立て直してもらいたいんよ」
10月5日(水)からスタートした水曜ドラマ『ファーストペンギン!』。株式会社GHIBLI代表取締役・坪内知佳さんの実話をもとにしたドラマだ。港町・汐ヶ崎で漁業とそれに携わる人々の暮らしを立て直そうとする主人公・岩崎和佳(のどか)役を、ドラマ『あなたの番です』(日テレ系/2019年)で「尾野ちゃん」を演じてその名を知らしめた俳優・奈緒が務める。
作中で、農林水産省の職員・溝口静(松本若菜)も言っていたように、漁業は極端な男社会。その中で、漁業に関しては素人、アジとサバの区別もつかない和佳は、いったいどのようにして漁師たちや地域の関係者たちに事業を広げていったのか。和佳の成長と、漁村の男たちの変化をどうドラマにしていくのか。
ドラマの言葉を借りると、「クソ野郎」が怒涛の登場をした第1話だった。はじまって数分で勤め先から逃げ出した若者は、ニシダ・コウキ(ラランド)が演じる太一。片岡洋(堤真一)が船団長の漁船団「さんし船団丸」の仕事が嫌になり逃走。それだけではなく、逃げ出すときに金庫の金まで盗んでいた。
その逃走劇を見ていた和佳の目の前に、漁の網がバッと広がる。網で捕まった太一がジタバタともがいたり、怒られそうなときには薄目で片岡の顔を見たりする。ニシダのクズ芸が演技にまで活きた。
魚も獲れず、給料も低く、そして仕事はキツイ。先の見えない場所から逃げ出したい太一に土下座して、辞めないでくれと頼み倒す片岡。冒頭で情けない姿を見せた片岡は、最後にはもっと「クソ野郎」な行動を選ぶ。
片岡と一緒に「さんし船団丸」を立ち上げた磯田高志(吹越満)は、「昔からこうなっている」という根拠のないしきたりをふりかざす。山中篤(梶原善)は、儲け話にすぐ食いつくが、偉い人の前では大人しくなる。
地元の漁業組合の組合長・杉浦久光(梅沢富美男)は、和佳を「へんくー」(屁理屈をこねる)と呼ぶ。自分が生き延びられれば、その後の世代はどうなっても構わないという価値観の持ち主だ。漁師たちに金を貸し、その利子でもうけ、金や漁の道具を餌に漁師たちにいうことを聞かせる。地元の組合を束ねる統括さん(伊沢弘)は、女性に目がなく酒の席ではコンパニオンを呼びデレデレとしている。
濃縮された男社会の図! 地方の男社会あるあるとして笑ってしまったり、あるいは不快な経験を思い出したりしてしまう。この男社会の中に、和佳は飛び込んでいく。
肝の据わった奈緒の演技とテンポの良い脚本
男社会を泳ぐ和佳を演じる奈緒。登場シーンでは赤いワンピースを風になびかせサングラスをかけていた。とても男性たちに立ち向かっていけるようには見えない。
しかし、肝の据わった場面を演じたらその印象は一変。小声でボソッと本音をつぶやいたり、女好きの統括さんを紹介されて、女好き用のニッコニコの笑顔に切り替えたりと、和佳の素の部分を小出しにしていく。極めつけは最後の啖呵を切るシーンだ。漁協の横暴や漁師たちのしきたりと裏切りに涙を流した彼女に、スイッチが入る。
磯田「おい、どないしてくれるんじゃ!」
和佳「どうにかするわ!」
片岡「どねえしてくれるんじゃ、われ!」
和佳「タンクローリーじゃ! タンクローリーごと連れて来てやる」
自分よりかなり年上であろう男たちに向かって行く和佳もすごいが、それを演じる奈緒もすごい。怒りをあらわにして目を見開いた顔や、片岡の胸倉を掴む表情や仕草に目が引かれるが、よく見ると首の筋まで浮き出ている。全身に悔しさと怒りが充満していることを、身体すべてを使って表現している。漁師たちと渡り合っていく女性役として申し分ないことが、彼女の身体からも伝わってきた。
和佳が「6次産業化」の認可を取るために統括さんのハンコをもらってから、市も県も「まあ、統括さんが良いっていうなら……」「市が良いっていうなら……」とハンコをくれる。良くも悪くも「ハンコがあればなんとかなる」をテンポ良く描いた。そして本題の「漁協との対立」に時間とパワーを割く。大事なところは何なのかをキッチリと捉えている脚本・演出に期待が高まった。
「クソ野郎」たちの背景に思いを馳せる
ドラマは、「クソ野郎」たちの日常のディテールも見せていく。「さんし船団丸」の事務所まで来た和佳に、片岡は瓶ビールを出し、それをグラスではなく大きな湯呑みに注いでやる。片岡や磯田、山中たちがいつもこうして事務所の湯呑みで酒を飲み、仕事の疲れを癒したり、語らったりしてきたのだろうと想像する。彼らの過ごしてきた日常の痕跡が、事務所の中にたくさん存在する。
和佳が農林水産省から「6次産業化」である「さんしのイキイキお魚ボックス」の認可を取ってきたときには、あまりの驚きに片岡は磯田の足を踏むが、痛がる磯田に気づかない。一番しっかり者らしき磯田がそんなしょうもないことで騒いでいる姿や、磯田を心配しているようで別のことに気を取られている山中。そして、目の前のことに視野をギュッと狭めてしまう片岡。漁師3人組のキャラクターと関係性がその一連の流れに詰まっている。
統括さんも、仕事の話になると「三方よし」などの理念をきちんと話してくれる。組合長・杉浦が言った「自然を相手にしてる仕事だから、思うようにはいかないのだ」という旨の言葉も、諦めのようにも聞こえるが、コントロールできない自然を受け入れる経験からくるものだろう。
第1話のラストでは和佳は孤立してしまったが、男性たちもただの「クソ野郎」ではない。それぞれに、彼らなりにこの海で生きてきた道のりがあるのだということを、端々に感じる脚本と演出、そして彼らの演技だ。
気になる人物が続々登場
おじさん男性陣に夢中になってしまったが、まだあまり明かされていない若い男性陣の役どころも気になる。
和佳が頼りにしている「琴平さん」(渡辺大知)は、和佳の相談相手で、東京に住んでいるようだ。「先生」と呼ばれているが、ふたりはどんな関係なのか。
また、鈴木伸之が演じる永沢は、片岡たちとともに漁師をしているようだ。壁の後ろで話を聞いていたり、和佳の息子・進(石塚陸翔)の相手をしながら話を聞いていたりと、盗み聞きしている姿が多く、何を考えているかまだわからない。
そして、居酒屋「たこ伝」で漁師たちと一緒にいたたくみ(上村侑)は、山中の息子のようだ。漁業が好きではなさそうな態度で、何かのトラブルや気づきの種になりそう。
男性のほか、「キロ」「末端価格」と聞いて一瞬で「白いもの」を想像し驚きの表情を見せた旅館の女将(伊藤かずえ)。海に近い旅館の女将として、過去に物騒な事件に遭遇したりそれを未然に防いだりと、くぐり抜けてきた経験があるのだろうか。
漁協の前でたばこを吸っていた重森(ファーストサマーウイカ)など、まだまだ和佳の敵となるか味方となるかわからない人物がどんどん登場し、今後の楽しみが積み重なった怒涛の第1話だった。
進が読んでいた絵本『ペンギンのだいぼうけん』のイラストを担当したのは柳谷雅美(絵本ではやなぎやまさみ)。ドラマの美術デザイナーで、過去には『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』や『コントが始まる』(ともに日テレ系/2021年)などの美術を担当している。この絵本は「絵本ナビ」公式アプリ限定で配信中だ。
毎週水曜よる10時〜
出演:奈緒、鈴木伸之、渡辺大知、松本若菜、ファーストサマーウイカ、遠山俊也、城桧吏、志田未来、中越典子、梶原善、吹越満、梅沢富美男、堤真一 他
脚本:森下佳子
音楽:菅野祐悟
主題歌:緑黄色社会『ミチヲユケ』
演出:内田秀実、小川通仁、今和紀
プロデューサー:森雅弘、森有紗、阿利極(AX-ON)
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