●本という贅沢#165『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』

さとゆみ#165 すでに詰んでいる民主主義に、起死回生の革命が起こるのだとしたら?『22世紀の民主主義』 

コラム「本という贅沢」。今回はYouTubeなどでも人気を集める気鋭の経済学者による“民主主義というゲームのルールの変え方”についての1冊を取り上げます。紹介する書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんは、「世界中で読まれればいいな」と感じたそうです。
さとゆみ#164 私たちの身体の内側。そこは戦場で社会の縮図で、不思議で愛おしい。『いのちの科学の最前線』 

 

本という贅沢#165『22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる』(成田悠輔/SB新書)

あれは、何年前の選挙のことだったか。

投票数日前に、「誰に入れたら良いかわからない人のためのお役立ちサイト」なるものがSNSで回ってきた。
今では当たり前のように使われているアレだけど、その当時は目新しかったわけですよね。

で、やってみるじゃないですか。
で、どきどきしながら結果見るじゃないですか。

ん???
ってなったわけです。
え、私、この政党のこと全然支持してないけれど、という政党名があがってきた。

この時、思ったわけです。
「ああ、そうか。コレ、全部の政策について
① 賛成
② どちらかと言えば賛成
③ どちらかと言えば反対
④ 反対
みたいな設問設計だから、どの政策を重要視しているかが全然わからないもんな」
って。

せめて
⑤ この件、どーでも良い(判断基準にしない)
という回答を入れないと、候補者選びの重みづけにならないなって思ったんだよな。

だけど、その時は、それ以上何も考えなかったから、「このお役立ちサイト、全然使えない」とだけ思って、すっかりその存在を忘れてた。

もしも私がこの時もっとよく考えられる頭を持っていたとしたら、あれは
民主主義は、既に、詰んでいる
ということに気づくタイミングだった。

・・・・・・・・・

次のタイミングは、昨年の衆院選のことだったと思う。選挙ポスターが貼り出されている道を通ったとき、小学生の息子に「誰に投票するの?」と聞かれた。

「うーん、この選挙区、夫婦別姓に賛成してる人、1人しかいないからなー。だから、その人に入れる」
と答えた。すると息子は、
「他のことは? 憲法とか」
と聞いてきた。
「あ、どうだっけ。公約には書いてなかったんじゃないかな。そっち方面、見てなかった」
と私が言うと、
「でも、そっちも大事じゃない?」
と真っ当なことを言われ、(うん、そう、おっしゃる通りデス……)ってなったよね。

いやそうなんだよな。個別具体の公約を支持したくて票を入れても、別の政策には反対だったりするの、選挙ではよくあるよね。

そう。
ここで初めて私は、「誰に入れたら良いかわからない人のためのお役立ちサイト」の何が問題だったのかに気づく。
あれは、設問設計が問題だったのではなく、「誰がどの公約に強く賛同して投票したか、わかりやしない」という、現状のばっくりした選挙システムの問題だったのだ、と。

私が「選択的夫婦別姓に賛成だから、この人に票を投じた」ことを、誰が気づいてくれるのだろう。「コロナ対策を重視してこの人に票を投じた」人と、私の一票はどう差別化されるのだろう。
しかし、そもそも、賛同“できない”公約を掲げた政党をチェックしはじめたら、票を入れるところがない。
そして、いくら公約に賛同しても物理的に議員を送れない政党の公約実現性を考えたら、さらにこの一票のやり場に困ってしまう。

ひょっとして、これ、
民主主義は、既に、詰んでいる
んじゃね?
と、遅ればせながら思ったのは、2021年秋ワタクシ45歳のことです。

・・・・・・・・・・・

だからといって、はいはい、選挙なんて時間の無駄。投票行っても仕方ないよね、とは口が裂けても言えない。
でも、あれ? その「口が裂けても言えない」感じ、どうしてだっけ。ああ、そうそう。この民主主義は、血も涙も流れた革命の末に勝ち取られたものだと習ったからだ。

そしてもうひとつ。選挙なんか行っても仕方ないよね、と言うからには、何か「代案」を出さないと言いっぱなしになるよな、ってこと。そんな「代案」、私にはない。だから、ひとまず、選挙は権利でもあり義務でもあると思って、ひらひら軽すぎる一票を握りしめて投票に行くわけです。

だけど……
だけど……
本当に、このまま諦めモードの思考停止の選挙を続けていていいんだろうか。
もやもやもやもや……
もやもやもやもや……

って、思っていた時。

「発売3日で8万部突破です」
という投稿をSNSで見つけた。
どうやら、政治や選挙について書かれた本がバカ売れしているらしい。

『22世紀の民主主義』というタイトルだった。

カバーを見ると、
「言っちゃいけないことは たいてい正しい」
とデカデカ書いてある。

そして「はじめに」の冒頭にこんなことが書かれている。

断言する。若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは日本は何も変わらない。

くぅ~。
いや、そうなんじゃないかと思ってた。
でもそれ言っちゃいけないんじゃないかと思ってた。
やっぱりそうなんだ。いっぱい勉強している人でもそう思うんだ!

そして、この本、言っちゃいけないことを言ってるだけじゃない!!!
なんと!!
「代案」があるのだ!
この八方塞がり、何やっても焼石に水、野球で言えば5点差の9回裏2死走者なしノーボール2ストライクみたいな、どうしようもない状況に、「代案」があるというのだ! 

マジで?

大人になってから、一度も右肩上がったことのない日本経済をサバイブしている私たち世代(telling,世代はもっと、だよね)。
多分、人生で初めて、政治に関してワクワクすることを聞いた! ってなったのが、この本だった。

最初はね、突拍子もなく感じるの。いやはやSFじゃないんだからさ、ってなるの。
でも、読んでいるうちに、だんだん、「そうか、歴史における起死回生って、全部こういうやつだった」と、学生時代の歴史の勉強を思い出した。

もちろん、この本の著者、成田さんが構想する(成田さんいわく、それは構想ではなく予測であるという)、「無意識民主主義」が実現されるためには、極大で莫大なハードルがあると思う。(中でも、無意識下の人間の思考は未来を重んじられるのか? という課題は、性善説を信じられるか? という問いとも重なる難しい課題だと感じた)

だけど、それがどんだけ困難だったとしても、圧倒的に希望があると思えたよ。 
なんか、途中何度も泣きそうになったよ。
22世紀と言わず、自分が生きているうちに、そんな世界を見たいと思ったよ。

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先日、ビジネス書の聖地・丸善丸の内本店さんに寄ったら、「店長が発注間違えました、助けてください」的なアレなんじゃないかってくらい、過去に見たことないレベルのこの本の巨大な平積みを見ました。

その時は、「桁間違って発注したのかな」くらいに思ってけれど。
この本、読み終わった今ならわかる。

これ、私が書店員さんだったら、自分の管轄フロア、全部この本で埋めたいってくらい、売りたいと思うだろうな。一人でも多くの人に、知ってほしい、読んでほしいって思うだろうな。日本語だけじゃなくて、世界中で読まれればいいな、とも思ったな。

かつて、1人の思想家から、1冊の書物から革命が起こった時代があったと、私たちは聞いたことがある。教科書の中の話だ。

X年後の私たちは「思えば、あの本が始まりだったね」と言うのだろうか。
この本は、いつか「革命の書」として、歴史の教科書に載るだろうか。

 

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さとゆみ#164 私たちの身体の内側。そこは戦場で社会の縮図で、不思議で愛おしい。『いのちの科学の最前線』 
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。