●本という贅沢#164『いのちの科学の最前線』

さとゆみ#164 私たちの身体の内側。そこは戦場で社会の縮図で、不思議で愛おしい。『いのちの科学の最前線』 

隔週水曜にお送りするコラム「本という贅沢」。今回は、体の仕組みを“感想戦”のように解説した1冊を取り上げます。紹介する書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんは、「生きていること自体がすごく不思議だ」と感じたといいます。
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本という贅沢#164『いのちの科学の最前線』(チーム・パスカル/朝日新聞出版)

みなさん、将棋の感想戦って知ってます? 
対局の勝負がついたあとに、まるで録画を再生するかのように、一手目から最終手までを振り返って指し直すアレです。
私ね、アレ的な行為がもう、子どもの頃からめちゃくちゃ好きなんですよね。感想戦フェチ。

たとえば、テニスをやっていた時は、1試合目の1本目から決勝戦の最終ボールまで振り返るのが好きだったし、百人一首を習っていた時はどの順番でどの場所にあった札を誰が取ったかを再現するのが好きだった。営業っぽい仕事をしていた時は、一言目からクロージングまで全会話書き出せた。

で、感想戦の何が面白いかって、100手とか200手を振り返っているうちに、ものごとの原理や法則が見えてくるところ。この法則を自分で発見できたら、めちゃくちゃ面白い。エクスタシー最前線。人の発見を教えてもらうのも、2番目くらいに面白い。
ちなみに、ビジネス書や実用書って、そのジャンルの人たちが、しつこく感想戦をして気づいた原理原則を教えてくれるヤツだと思っている。

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で、なんでそんな話をしているかというと、この『いのちの科学の最前線』がまさに、そんな本だったから!

体の中で日々起こっている酵素さんや、細胞さんや、粘菌さんたちの「勝負ごと」を、その道のプロが感想戦してくれるような本だったからなのであります。

いや、何言ってるかちょっとわからないという人は、想像してほしい。

ドラえもんのスモールライトで体の中に入ったとするじゃないですか。
そこでは、たとえば免疫細胞さんが何やら一生懸命いったりきたりしている。でも、それを見ている私たちはその免疫細胞さんがどんな理由で、せっせと働いているのかわからない。

そんな時に、そのいったりきたり働いている免疫細胞たちの行動理由を、リプレイしながら解説してくれるのが、この本というわけ。

「ああ、あのAさん、ウィルスと戦うためにいま移動しているんですよ。あ、今ほら、門が開いたでしょ。あの門を開けたのはB君で、普段は気難しい門番なんですけど、いざ一度扉を開くと心がでかくなっちゃって、次から次へと扉を開いちゃったりするんですよね。でね、あそこで今、記録係をしているのがCちゃんで、まあ仕事の99パーセントはいい感じなんですけど、ときどき間違えたりするわけですよ。で、そのチェックをしてるのがDおじさんだと言われていたんですが、最近、DおじさんはEおばさんが隣にいないと頑張れないってことがわかってきたんですよねー。だからEおばさんを活性化させる薬を開発しようかって話になってるんですよー」
みたいな、感じ。
もう、読んでいる間、ずっと萌えてた。萌えたぎってた。

自分の体の中でですね、毎日対局が行われていて、だいたい勝つんだけど時々負けるから病気になったりして、でもそこではとてもいい勝負が毎度行われているわけですよ。想像するだけで、ドキドキしません?

で、大抵の場合、負けても敗者復活戦みたいなシステムがあって、結構バックアップがいっぱいあるらしいのね。だけど、普段から体に無茶している人は、そのバックアップ機能がバグってくるから、敵の侵入を許しやすくなったりするとか、そんなこともわかってきているらしい。
いや、それだけじゃなくて、そもそも敵からもいいところどりして学習して、なんなら体に敵のシステムを導入しちゃったりすることもあるらしい。

読んでいると、体の中の仕組みって、人間社会の縮図のようだということもわかってほっこりする。
頑張りすぎて擦りきれちゃうFさんもいれば、頑張りすぎて他をマウントしちゃうGさんもいるんだって。中間管理職のようなHさんもいれば、一見サボってばかりに見えるKさんもいる。でも、最近Kさんがいるからこそ、組織が円滑に回っていることがわかったんですよ、みたいな発見があるところも、人間社会の縮図っぽかった。

比喩をやめて本の中身について話すと、
・男性と女性は二項対立ではなく、2つの性の間はグラデーションなのではないかと考えられる研究が進んでいる
とか
・コロナウィルスで苦しい思いをするのは、ウィルスそのものの作用以上に、自己免疫作用が爆発的にきいちゃうからだ
とか
・老化が制御できる未来がやってくるかもしれない。でも老化を制御したマウスは最後まで元気だが、やや「短命」だ
とか……。

これまで知らなかったこと、今そんなことが研究されているんだということ、てんこ盛りでとにかく悶絶する。

生きていること自体がすごく不思議だ、と感じる。
生きていくことに対して、自分の体がこんなにも貪欲であることが、とても不思議だし愛おしい。

この興奮、私の文章ではうまく伝えられないので、まずは、この本の「はじめに」の文章を読んでもらえたら嬉しいな。
それはそれはセクシーな文章だった。

この本は、チーム・パスカルという理系ライター集団が、第一線の研究者へのインタビューを私たち読者にわかりやすく翻訳しながら伝えてくれているのだけれど、未知のものに触れ、それに感動したときの衝動を、こんなにセクシーな文章で表現できるんだな、と驚く。
いや、未知を自分の体に、脳に、取り込もうとする行為、こすりこすられ知を吸収するという行為自体が、セクシーな行為なのかもしれない。

とにかく、ドキドキがとまらない本なので、最近刺激が足りない皆様におかれましてはぜひカンフル剤にされてください。
(念のため。文学部国文科卒の私でも、とっても楽しめたよ)

 

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さとゆみ#163 事件が事件を呼ぶ痛快こじらせエッセイ。「今日もわたしをひとり占め」  
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。