『あのこは貴族』岨手由貴子監督に聞く、日本社会の構造論「男女ともに息苦しい」

山内マリコさんの小説が原作の映画『あのこは貴族』が26日より、全国公開されます。東京の上流家庭に生まれた榛原華子(門脇麦)と、地方から上京してきた時岡美紀(水原希子)。出身も階層も違う二人の人生が交錯する物語は、20~30代が感じる息苦しさや変化していく姿を描いています。岨手由貴子(そで・ゆきこ)監督(37)に、見どころなどを聞きました。

「日本社会の構造論」に踏み込んだ物語

――『あのこは貴族』が雑誌『小説すばる』(集英社)で連載中のころから、映画化を希望していたそうですね。

岨手由貴子監督(以下、岨手) :山内マリコ先生の作品は、ずっと読んでいました。プロデューサー陣と次の企画について話していた頃、ちょうど連載されていたんです。
私自身、長野で生まれ、上京したので、同じ地方出身の美紀のストーリーにシンパシーを覚えました。かつ、富裕層の名家に生まれた人たちを取材しないと分からないようなところまで書かれている点が、すごく面白かった。

物語は、東京の上流階級の家庭に生まれたお嬢様の婚活の話に始まり、最終的に日本の構造論に踏み込んでいきます。日本社会が女性の人生を搾取する家父長制になっていることを訴え、政権への批判も込められている。これはより広く伝わるべきテーマだと感じ、プロデューサー陣に映画化を提案しました。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

――富裕層の華子と庶民の美紀は全く別の世界で生きていますが、出会うことになります。二人をつないだのは、もっと上の階級で、政治家も輩出している青木家の長男・幸一郎(高良健吾)。物語の根底にある「日本社会の構造論」とは、どのようなものでしょうか。

岨手 :特権階級のような世襲議員が、自分たちにとって都合がいいように世の中のルールを決めている。下の階層の人たちは、そのルールに合わせて生きている。それに加えて、性差によるギャップもあると思います。古くから日本には家父長制があって、男性には「男らしく」とマッチョであることが求められ、女性は家庭を守って男性をサポートするのが理想の姿と考えられてきました。これらは当然古い考えだと感じるかもしれませんが、いまも存在している価値観です。我慢させられてきた上の世代の女性の中には、「自分たちが我慢してきたんだから、若い世代にも同じように我慢するべきだ」と考えている人もいて、女性同士が必ずしも互助関係にあるわけではありません。

また、男性が皆いい思いをしている、というわけでもないように思います。「男らしくいることを強いられるストレス」というのが、男性側にもある。それを表しているのが、幸一郎です。彼は政治家である伯父から「強い雄であること」を求められていますが、本来そういうタイプの人間ではありません。だから自分に似ているはずの“強い雄”でいられなかった父親を嫌い、無理をして伯父のあとを継ぐのです。

これらは「男性が回している社会」という構造自体が招いた悲劇だと思っています。女性が被害者で男性が加害者という意味ではなく、男女ともに息苦しく感じてしまうのだ、と。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

――幸一郎が求められている「マッチョな男性像」について、もう少し詳しく教えてください。

岨手 :幸一郎のキャラクターは、マチズモを体現した上流階級の男性の典型です。先祖代々受け継がれた名家、特権的な階層に生まれた男性というのは、学生時代にどんなに女性と遊ぼうと、結婚相手にするタイプは決まっている。自分がしてきた恋愛とは別のところで、“奥さん候補”を家族総出で探します。

映画をつくるにあたり、その階層の方々に取材させてもらったのですが、「いわゆる一般的な結婚への考え方とは全然違う」と、みなさん口をそろえておっしゃっていました。

価値観の受け継ぎ、狭間に立っているのが30代

――女性も男性も、多様な生き方が認められるようになってきている印象があります。

岨手 :たしかにジェンダー観は少しずつ変化してきているように感じます。ただ一方で、旧時代的な価値観に固執している人たちもいて、変化への希望が持てなくなるようなニュースが多いですよね。
上の世代の価値観を若い人たちが受け取った時、ひずみが生まれると思うのですが、それが「いま」という時代です。「女性は全員結婚しないといけない」なんて言われないし、男性が主夫として家に入ることもできる。そういった新しい選択肢が増えている一方で、上の世代が持っている価値観も、脈々と受け継がれている。その狭間に立っているのが、いまの30代。劇中に出てくる若者5人の世代なんです。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

――岨手さんは長野から大学進学にあわせて18歳で上京しています。東京に来て、階層があると感じたことはありましたか?

岨手 :私が通っていた大学には、びっくりするほどのお金持ちや家柄の良いの人たちがいました。でも、映画と同様、そういったタイプの人と友達になることはないし、結局は同じ階層の人としか関わりません。存在は知っていたけれど、「自分とは別の世界の人」という認識でしたね。
受験をせずに附属高校から内部進学する人もいたので、地方出身者からすると、内部生のコミュニティが既にできあがっていることに驚きました。こちらは初めての東京で、誰も知り合いがいない中、心細い気持ちで入学式に行くわけで。

だから、美紀の気持ちはすごくわかります。同郷の友達と美紀との関係、同窓会での雰囲気…もう自分は「地元の人」じゃないし、かといって東京の人とは言いがたい。ジプシーになったような感覚は、私自身の体験としてもあります。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

政府のコロナ対策、多くの人が違和感を持った

――撮影は2019年でしたが、公開はコロナ禍になりました。

岨手 :知り合いの映画監督たちが、「コロナを経験すると、コロナ以前に考えた企画は弱すぎる」と話していて、「たしかにそうだな」と思いました。経済的にすごく打撃を受けた人が多いし、人との関わり方も変化していく中で、“ライトな人間ドラマ”をつくったって、もう響かないよねって言っている人が多くて。
ただ、そういった状況下でも、この映画は負けないくらい、強いテーマを持っていると思っています。いまの政府は特権階級の人たちだけで構成されていて、その政府が行ったコロナ対策が市井の人たちを慮るものではなかった。そこに違和感を持った人は多かったんじゃないでしょうか。そういった日本社会の構造に対して苦言を呈する姿勢がある作品なので、コロナ禍のいま公開されても多くの人に響くだろう、と自信を持っています。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

――どんな人に映画を見てもらいたいですか?

岨手 :30歳前後の女性はもちろんですが、男性にも見てほしいですね。「女性のための映画」と捉える人もいるかもしれませんが、そうではありません。性別を問わず上の世代の人たちにも見てほしいです。
20代くらいの時って、「自分には明るい未来が待っていて、色々な選択肢ある」って、多くの人が考えていますよね。でも、選択肢は意外と少ないってことに段々気づいていく。特に女性は、出産を希望している場合、年齢を気にしなければなりません。様々な選択をする“リミット”が迫ってくるのが、30代だと思うんです。
私は、この作品を「延長していた青春時代の終わり」というニュアンスで捉えています。映画の中に、モラトリアム期と言いますか、だらだら過ごしていた人間同士が「お互い大人にならないと」と、別れを選択する場面があります。そういう時期を、いままさに過ごしている人にも、かつて過ごした上の世代の人にも見てほしい。自分がいま何を選択して50代、60代を迎えているのか、改めて考えられる。若いときに頑張ってきたことや選択してきたことを、肯定できるような作品になっていると思います。

●岨手由貴子さんのプロフィール
1983年、長野県生まれ。映画監督、脚本家。『グッド・ストライプス』の監督・脚本を務め、2015年度新藤兼人賞(金賞)など受賞。

『あのこは貴族』

監督・脚本: 岨手由貴子
出演: 門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
2月26日(金)公開
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

1989年、東京生まれ。2013年に入社後、記者・紙面編集者・telling,編集部を経て2022年4月から看護学生。好きなものは花、猫、美容、散歩、ランニング、料理、銭湯。
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