博報堂・伊藤祐子さん「自分の幸せを追求していい。アセアンの女性たちに教えられたセルフラブ」

タイの首都バンコクに拠点を置くシンクタンク「博報堂生活総合研究所アセアン」で働く伊藤祐子さん(39歳)。30代前半は仕事に関して葛藤があったといいますが、海外勤務によってアジア各国の女性たちと共に働くようになり、視野が広がったと話します。4月からManaging Director に就任したばかりの伊藤さんに、お話をうかがいました。

予想外の海外赴任に「心がワクワクした」

――伊藤さんは、新卒で博報堂に入社されていますね。現在の職場であるバンコクへ赴任したのは37歳のときとうかがっています。どういう経緯で、海外勤務になったんですか。

伊藤祐子さん(以下、伊藤): 入社以来、主にマーケティングの仕事をしていましたが、14年目くらいでディレクターという「一人前」の肩書になりました。ようやく仕事の面白さもわかってきた頃でしたが、その反面、「このままがむしゃらに働いて、その先に何があるのか」と、焦りを感じるようにもなっていました。

上司に相談していたところ、「海外での業務は興味がある?」といくつかの可能性を示してもらいました。それまで海外赴任は考えていなかったんですが、言われたときから心がワクワクしました。直観的に、こんなにワクワクするなら行った方がいいなと思ったんです。

――その「ワクワク」は、どこから来ていたのだと思いますか?

伊藤: これまでの私は「せっかく会社に入れてもらったんだから」という義務と責任感で走ってきところがあったんですが、このまま会社組織で「上」を目指すことにはどこか逃げ腰な気持ちがありました。

海外赴任という選択肢を示されて、越境して「ナナメ上」に行く方法があったのか、と気付いたんです。自分が元々持っている能力に、新しい環境で得られる学びをプラスすることで、新しい道が開ける気がした。良いチャンスをいただいたと思って、受けることにしました。私は帰国子女でもなく留学経験もないのですが、「何とかなるだろう!」と、新天地に飛び込みました。

――赴任先の博報堂生活総合研究所アセアンはどんな職場で、伊藤さんはどんなお仕事を担当されているんですか。

伊藤: ASEAN(東南アジア諸国連合)各国の生活者研究をするシンクタンク的な業務がメインです。タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど、博報堂の拠点がある各国でアンケート調査やインタビューや家庭訪問調査など、現地の人々の生活に触れながら調査をし、その成果を元に各国でフォーラムを開催したり、クライアントのお仕事をサポートしています。

――タイに赴任して1年半。ここまでを振り返ってみて、どう思いますか。

伊藤: タイに赴任して一番良かったのは、アセアン各国の女性たちと働いて、彼女たちの生き方や働き方からとても良い刺激を得られていること。

こちらでは広告会社の社員は女性が多いんですが、タイやシンガポールの職場を見る限り、「女性だから出世できない」などのジェンダーギャップはほぼありません。みんな楽しそうにバリバリ働いていますが、定時になったらさっと帰る。権利意識がしっかりしていて、日本よりは欧米に近い感覚のようです。

「こうすべきだ」より「こうしたい」で動く女性たち

――日本人のミレニアル世代の女性たちと比べて、違う点はありますか?

伊藤: 以前、私たちの調査結果にあったのですが、日本の女の子たちは「こうすべきだ」「こうした方が社会的に良い/正しい」という「べき論」で動いているのに対して、アセアンの女性たちは「私がこうしたい」と、自分の気持ちを優先する傾向があります。「どのライフコースを選んでも、自分が納得していればいい。人が何を言おうと、自分の幸せを追求していい」という文化があって、仕事も恋愛・結婚も、目的意識がはっきりしている。だからハッピーに見えるのかもしれません。

自己愛、セルフラブが強くて、自分が大好きなんですね。洋服にしても、日本人は「きちんと見られる服」を優先する傾向があると思うんですが、タイでは「私が着たい服を着る」という傾向が強い。だから、「こういう服を着たらみっともない」とか、「年齢的にこういう服を着るべきだ」という感覚があまりない。素敵な服を着ている方が多いと感じます。私自身、こちらに来てから以前よりカラフルな色の服を着るようになりました(笑)。

――セルフラブが高い点は見習いたいですね。仕事への考え方も日本と違うのでしょうか?

伊藤: 日本のミレニアル世代の女性は、どちらかというと出世欲が低く、「バリキャリ」というと敬遠されがちなイメージもあるのではないかと思います。

そういう話をすると、私の職場の女性たちは、「理解できない。やるからには一生懸命やるべきで、それで給料が上がるならいいじゃない。やれるのにやらないなんてダメだよ」と言うんですよね。彼女たちは「スキルアップしてお金もちゃんと稼ぎたい」という意識。仕事も欧米型の雇用形態なのでスキルアップのための転職は当たり前。常に自分のキャリアのロードマップを描いています。

もちろん、タイなどアセアン各国ではまだ貧富の差も大きいですが、日本の高度成長期のように社会全体が盛り上がっていて、「もっと、豊かになりたい、もっと楽しみたい」というパワーがすごくある。それが彼女たちのポジティブさの背景にあるように思います。

「愛情は、子どもだけに向けなくてもいい」

――ところで、伊藤さんは結婚や出産についてはどんなお考えをお持ちですか。

伊藤; 以前は結婚して子どもを産んで……という未来を考えていましたが、海外赴任が決まった時点で、吹っ切れました。自分がやりたいことを一生懸命やって、結婚や出産は後からご縁があったらいいな、と切り替えたんです。

今は、後輩や次の世代の女の子たちに自分が持っているものをどう還元していくか、を考えています。独身の女友達ともよく話すんですが、「自分の母性をどう使うか」って(笑)。その中で「人を育てる」ということにやりがいを感じている人が私以外にいて、そういうことを考える年齢になってきたんだねってしみじみ言い合ったりしています。

――後輩の育成に、そこまでやりがいを見いだせるのは素敵なことですね。

伊藤: 自分にはそういう仕事が合っていると思います。以前、リーダーシップについて研修を受けたとき、リーダーには仲間を引っ張っていく「リーダーシップ」タイプと後押していく「フォロワーシップ」タイプ、2通りあると教わりました。自分の性格を考えると、仲間を後押していく「フォロワーシップ型」のリーダーシップが得意だという事に気付いたんです。元々、研修や人材育成は好きでしたから。

――4月からはManaging Directorに就任されました。今後はどんなことを目指していきたいですか。

伊藤: 会社の運営についてはこれから勉強していかないといけませんが、一緒に働く仲間たちがより輝く舞台を用意するのが私の役割だと思っています。「フォロワーシップ型」の特徴を活かして、みんながスキルアップし、輝けるようなサポートを一生懸命やりたいと思っています。

また、日本にいたときから、「キャリジョ研」という、「働く女性(=キャリジョ)が“生きやすい”社会をつくる」ことをビジョンとして活動する社内研究組織を運営していました。そのときのノウハウを活かして、「アセアンのキャリジョ研究」をしたいなと計画中です。
冒頭にお話しした通り、アセアンには素敵なキャリジョが沢山いるので、彼女たちの生き方や幸せに生きるための考え方など、私たちに参考になることがあると思います。

そして、何年後になるかは分かりませんがいつか日本に戻る時が来たら、日本の女性たちの選択肢を広げるお手伝いをしていけたらと思っています。ここでの経験から得たものを、日本に還元したいと思っています。

明治大学サービス創新研究所客員研究員。ミリオネアとの偶然の出会いをキッカケに、お金と時間、行動について真剣に考え直すことに。オンライン学習講座Schooにて『文章アレルギーのあなたに贈るライティングテクニック』講座を開講中。
フォトグラファー。岡山県出身。東京工芸大学工学部写真工学科卒業後スタジオエビス入社、稲越功一氏に師事。2003年フリーランスに。 ライフワークとして毎日写真を撮り続ける。
国際女性デー