憧れバトン

「時にはカウンセラーにストレスを吐き出す」ライターの大木亜希子さんが導き出した、嫉妬からの抜け出し方

誰しも人生で何人かはいる「あこがれた人」や「嫉妬する相手」。「他人と比べない社会」を良しとする風潮の中で、それでも自分の中にある「羨ましい」「あの人みたいになれたら」の声に耳を傾けることで、次に頑張るべき課題や目標が見えてくるかもしれません。 テキストレーターのはらだ有彩さんが「憧れバトン」を渡したのは、ライターをはじめ数々の肩書きを持つ大木亜希子さん。「嫉妬に満ち満ちていた」という20代の頃のお話から、小説執筆など新たなチャレンジをし続ける30代のお話をうかがいました。

●憧れバトン08

大木亜希子さんへ「憧れバトン」をつないだテキストレーターのはらだ有彩さんから、大木さんにこんなコメントが届いています。

初めて対談でお会いした時、私がボサボサの髪のまま写真に写ろうとしているのを見て「ヘアメイク入りまーす!」と冗談みたいに笑って髪を直してくれた亜希子さん!そんな風に、気負わせずに気持ちを楽にしてくれる人です。アイドルを辞めた女性の生きる道を伝えるノンフィクションから、自分の受けた加害に気づく女性を追うフィクションまで、亜希子さんの作品は多々あれど、いつも「苦しかった部分も見つめてどっしり生きて行こうね」と言ってくれる。今の自分を冷静に観察して、もしもそれがしっくりこないなら絶対に打破しようとするエネルギーに満ち溢れた、しれっと逞しい亜希子さんが大好きです。

今回はそんな、大木亜希子さんと「嫉妬」の関係についてお話をうかがいます。

嫉妬は空気のように存在していた

−−大木さんは「嫉妬」しますか?

大木亜希子さん(以下、大木): かつては嫉妬と怒りのエネルギーに満ち満ちていましたね。
学生時代に芸能活動をはじめて、高校も芸能コースのある学校へ。同級生がドラマの「何番手」の役を掴んだとか、そういう情報に囲まれて毎日すごしていました。テレビをつければ同級生が活躍し、本屋にいけばクラスメイトが雑誌の表紙を飾っている……そんな状況だったので、いつも誰かと競い合っているような気持ちでした。

――高校卒業後、女優業を経てSDN48へ所属。昨年、48グループ元メンバーのセカンドキャリアを取材した『アイドル、やめました。』を出版しました。

大木: 私自身、SDN48のメンバーとして活動する中で葛藤やもやもやした思いを抱いていたし、嫉妬ももちろんしていました。
「アイドルとしててっぺんにならなきゃいけないのか問題」を抱えながら、結局てっぺんをとれずに卒業したけれど、人生はその後も続いていくのだから、どこかで自分が納得する人生を歩みたいという思いがあったんですね。それが「アイドル、やめました。」を刊行したきっかけです。

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私にとって嫉妬は、空気のように存在していました。嫉妬をしない「神」みたいな人なんてひとりもいないんじゃないかと思うくらい。

――実はこの連載では、「嫉妬はあまりしない」という人たちも登場しているんですよ。

大木: そうなんですね、それでいうと私も、2019年にはじめて本を出して以降、「嫉妬」のかたちが少しずつ変わっていくのを感じています。

アイドルを卒業後、会社員になってからは今度は「仕事で結果を出さねば」という自分の野望が増えすぎてしまってがんじがらめになってしまいました。

――他者との比較ではなく、自分の中のハードルとの戦いになったような感じでしょうか。

大木: そうですね。20代から30代に向かうにつれ、他者への嫉妬から、自分自身へ目を向けるほうが強くなっていきました。「今日はこれだけ原稿を進めたかったのに、できなかった」といったような些細なことでも、自分を責めてしまったり。

そんな中、ひとつの転機が訪れます。それが今年1月に試みた「SNS断食」。
同業の女性ライターや作家さん、さらには私の守備範囲でない別のカテゴリで活躍している方のことさえも目に入るとミュートしたくなってしまうようになっていたことがきっかけです。
その方がどんなパーソナルを持っているかもわからないのに、「ウッ」という気持ちになってしまうことに疲れていたんですよね。

メディアに出てたくさん取材をしていただくのはうれしい一方で、私に対する社会の印象が少しでも自己認識とズレていることに我慢できないという面もしんどかった。ついついしてしまうエゴサーチをやめたいという思いもありました。
そこで、一度、SNSの全てのフォローを外して「フォロー0」の状態にし、1カ月間投稿を控えるという試みをしました。

それまで、書籍を出したり発信したりと、必死に積み上げてきたものをフォローを外すことでゼロにした。自分にとって必要な情報だけを受け入れる訓練をしました。

――とっても勇気のいることだと思います。

大木: 実際は、どうしても私のことを取り上げてくれた番組の告知をしたくて何度か投稿をしてしまったのですが、それ以外の一切を絶ったことでかなりすっきりしました。そして、嫉妬の気持ちも減っていったんです。
ひとつのつぶやきをするごとに「このつぶやきって自分らしくいられるかな」といちいち考えてしまうこともなくなったし、他人の投稿も気にならない。“自分を生きられている”という実感が持てるようになりました。

書けないよりも、書ける人生のほうがおもしろい

――自分の人生を赤裸々に綴ったエッセイ本『人生に詰んだ元アイドルは赤の他人のおっさんと住む選択をした』も発表されていますが、自分をさらけ出すことは大木さんにとって苦しいことですか?それとも、自分をさらけ出さないことのほうが苦しいですか?

大木: 私自身、あまりさらけ出している感覚はないんですね。たまたま私の人生に原稿になるネタがあって、それを表現せざるを得ない。世の中のアラサー女子への冷たい視点とか、結婚・出産・年収について聞かれることってとてもつらいことで、発信していかないとおかしくなってしまう、だから書いているんです。

ある先輩のライターさんに「自分の身を切りすぎないでね」と言われたこともありました。でも、「何言ってんだ?全然大丈夫ですけど」って思いました。
書けないよりも、書ける人生のほうがよっぽどおもしろい。それは原動力になっています。

――どうしたら、嫉妬の感情を減らしていけるのでしょうか?

大木: 私もその答えをずっと探していました。現状で導き出したのは、「ポジションを変えること」。
一歩、動いてみる、今いる場所から出てみる、川の流れをいっぱい作っていくことはよいことだと思います。

私、今でも、スナックのママを続けていて、「作家」「ライター」「女優・タレント」「スナックのママ」と、5つぐらい居場所があるんです。

なにもその居場所というのは、オフラインの場だけでなくていい。会社員で副業ができない方だったら、ブログを立ち上げるとか、動画配信サービスをやってみるとか、SNSで別人格になってみてもいいと思います。
そうやって表現の場所を増やしていって、どこかでしっくりいったら最高ですよね。しかもそれって0円でできることですから。

――確かに、オンラインで新しいコンテンツを開設することは0円でできますね。

大木: 私も今でこそ担当編集者さんがつき、よくしていただいていますが、自分のことを発信しはじめた当時は誰も私のことを相手になんてしてくれなかったし、本を出すなんて無理でしょうというまわりからの雰囲気も感じていました。でも、気持ちを押し通したら世間の風向きが変わりました。
30代もまだまだそうやって根なし草としてどんどん進んでいける年齢だと感じています。

――たしかに、突然会社をやめたり大きな賭けに出なくてもいい、小さな川の流れをたくさん作っていくことはすぐにはじめられることかもしれません。

大木: 私がnoteをはじめたのもそのような理由です。30秒でアカウントは開設できる。あまり真面目に悩みすぎず、トライしてみるのがいいと思います。

時にはプロの力を借りて

――学生時代から多くのライバルに囲まれ、人と自分を比べ、思い悩んできた大木さん。今はすっきりと晴れ晴れしているように見えます。

大木: 嫉妬を「ちぎりきった」んだと思います(笑)。とことん嫉妬をし尽くす人生だったけど、自分の人生は自分にしか生きれないものだとはっきりとわかったんですよね。

もちろんこの先、またかつてのような嫉妬の気持ちが芽生えるんじゃないかってビクビクすることもあります。時限爆弾を抱えているような感じだなって思うこともある。

でも、人生って本当に、表に出ている部分だけではわからないことがたくさんあります。芸能の仕事ひとつとっても、世間に「あの人消えたね」と言われても別のフェーズで活躍したり幸せに暮らしている人がいるように、メディアや、SNSなど表面上にあるものだけでは測りきれない幸せの尺度が私にも他人にもあるとどこかで理解できるようになった。だから今は少しは心強いのかもしれないですね。
他人の活躍が目に入ってきて、一瞬「ん?」って思っても、ただの物体として横に置いて、「ふーん」って見守ることができるようになってきました。

――何か、そのために手助けになっていることはありますか?

大木: 心療内科を受診して良い先生に出会えたことです。ストレスがなくてもクリニックに行って定期的にカウンセリングを受けるくらい。
逆に言うとかつてはそれぐらいしないと、自分の感情がコントロールできないほどになっていたということかもしれないですね。

「嫉妬がすぎる」「業が深い」「私ってなんでこんな思考回路なんだろう」そういう折り合いのつかない気持ちと向き合うために病院に行くことは、決して恥ずかしいことではないと思います。
いつまでも自分のドロドロとした感情を女子会の飲みのネタにし続けるんじゃなくて、プロの力を頼ってみるのも手だと思いますね。

大学卒業後、芸能事務所のマネージャーとして俳優・アイドル・漫画家や作家などのマネージメントを行う。その後、未経験からフリーライターの道へ。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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