元SDN48・大木亜希子 「自分をさらけ出したら『元アイドル』の肩書が生きてきた」

元AKB48グループ卒業生の今をドキュメンタリー形式でまとめた『アイドル、やめました。』(宝島社)。執筆したのは自身もAKB48の姉妹グループであるSDN48の元メンバーで現在はフリーライターというセカンドキャリアを歩みだした大木亜希子さん(29歳)。芸能事務所でマネージャーを経験、AKBグループの仕事にも携わっていたライター田中がうかがいました。後編は、サラリーマンへ転身後の挫折、そして吹っ切ることのできた現在についてうかがいました。

会社員として「キラキラキャリアウーマン」を目指し挫折

田中: SDN48のメンバーとして活動した後、一時は地下アイドルも経験されるなど、芸能生活では激しい起伏を経験されていますね。当時がなければ今のように、作品で自分の本当の個性をさらけ出すことはできなかったということですか?

大木亜希子さん(以下、大木): もちろん元々書くことが好きだったり、SNS上の文章をみてファンの方から「君の書く文章好きだよ」と言われたことはきっかけにはなっているけれど、女優時代、アイドル時代にこのスタンスで文章を書いたり、仕事をしていけたかというと、わからないですね。

田中: 大木さんは以前、ご自身の記事で「ストレスで一時的に歩行困難な状況になったことをきっかけに、交際関係のないおじさんと同居している」ことを告白し話題になりましたよね。
アイドルで伸び悩んでしまう方って、自分の「恥部」をさらけ出せない人も多いように感じます。まわりは「そこがチャーミングなのに」って思うのだけれど、本人がそれをさらけ出す覚悟を持てない。「私はそういうので売りたくない」ってひっこめてしまったりする。タレント活動に限らず、何かでブレイクしていきたい時に「どこまで自分で自分をおもしろがれるか」みたいな視点がとても重要だと思うのですが、いかがでしょうか?

大木: 「自分をさらけ出せない」というのは、つまりプライドが邪魔しているということだと思うんです。かつての私がそういう人間だったので。

アイドルを辞めて会社に就職した時に「元アイドルだから、キラキラキャピキャピを武器にして、仕事をとってこなきゃいけない!」とか、そういう自分の中で勝手に上げたハードルによって心を病んでしまいました。

でも、ライターとしてその「失敗」を書いてみた。そうしたら、世間のみなさんから反響をいただいたんです。そのときに、自分の醜い失敗も人に共感してもらえる、もしかしたらみんな同じ悩みを抱えているのでは?と思ったんです。そう気づけた時に、書くものや取材対象が変わっていきました。

生きづらさを認めることで人も受け入れてくれる

田中: 「元アイドル」という肩書きに縛られていた時よりも、精神的にボロボロになったことや15kg太ってしまったことなどをライターとして文章にしていった方が居場所ができていったんですね。

大木: 「生きづらさ」って、今の時代のテーマだと思うんです。
今、自分をさらけ出せないでいる人に言えることがあるとすれば、醜い部分、恥ずかしい部分というのはみんな持っているものだよと。生きづらい自分を認めることで人も受け入れてくれる。それが仕事になる場合もある。

私の場合は元アイドルらしからぬ部分を読者の方がおもしろがってくれたんですよね。「キラキラ、できるキャリアウーマン!」を目指していた時にはあれだけ心を病むくらい頑張ったのに、世間の人が喜んでくれたのはその私じゃなかった。

でも、元アイドルだからこそ、おもしろがってもらえたとも言える。自分をさらけ出してからようやく、本当の意味で元アイドル、が武器になった感じです。
でもそこに気づくのには長い時間がかかりました。

すぐには効いてこないものなんですよね。「えっ!元アイドルって肩書き、数年越しにアイテムになるんかい!」っていう(笑)。時間をかけて過去の出来事が武器になり、自分でもそれをちゃんと武器として受け止めることができた今、こうしてやっと、走り出せるようになったんだと思います。

『アイドル、やめました。』(宝島社)

大木亜希子

大学卒業後、芸能事務所のマネージャーとして俳優・アイドル・漫画家や作家などのマネージメントを行う。その後、未経験からフリーライターの道へ。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。