『悔しみノート』著者・梨うまいさん「人生は続くから、私はまだ“満たされない”」
●憧れバトン<番外編>
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TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」の名物コーナー、「相談は踊る」。コラムニストのジェーン・スーさんが投稿者からのお悩みに、時にユーモラスに、時にピリッと答えてくれます。約2年前、コーナーに1通のお便りが届きました。
ラジオネーム・梨うまいさんは、日本大学芸術学部を卒業し、憧れの業界へ。しかし無理がたたり心身ともに調子を崩してしまい、実家へ戻って書店に勤務をすることとなります。
しかしその後も、素晴らしい映画、芝居、音楽をはじめとしたエンターテイメントに出会うたび「これをやるのは、この場所にいるのは、本当は私だったはずなのに!」という嫉妬の念に駆られ、いてもたってもいられなくなっていました……。
「スーさん、この私の気持ち、どうしたらいいですか?」
「今日から、『悔しみノート』を作って思いの丈を全部そこにぶちまけるのです」
そして放送から1年、さまざまなエンターテイメント作品への「妬み」「羨み」「悔しみ」がたっぷり詰まった手書きのノートが番組に届きます。
その一冊は、読む人の心をぎゅっとさせ、揺さぶり、『悔しみノート』という書籍が誕生しました。
今回はそんな『悔しみノート』の著者・梨うまいさんに、ご自身のバックグラウンドや「嫉妬」の感情について聞きました。
学生ノリが死ぬほど嫌いだった
――大学時代はどんなことを学んでいたのですか?
梨うまいさん(以下、梨うまい): 日本大学芸術学部で演劇学科演技コースを専攻していました。とにかく演劇をやりたい、ストレートプレイがしたい。その中でも有名かつ授業が充実している大学に行きたい、その思いだけで日芸を選びました。
ところが、入学してから愕然としました。新入生歓迎会などで周りの学生の浮かれたテンションを見て「完全に選ぶ大学失敗した」と。「私が忌み嫌っているものの塊」みたいな人たちが爆発的に騒いでいた。私、学生ノリが死ぬほど大嫌いだったんです(笑)。
せっかく芸術系の大学に入ったんだから、真面目に取り組もうよ!と思っていました。オールして公園で鬼ごっことか、そんな普通の大学の学生でもできるようなことやっていてもしょうがないでしょって。
そこからはひたすらその環境から逃げるような生活を送っていました。必死で授業に食らいついていたので、成績もよく、教授からしたら真面目な学生だったと思いますね。一方で、集団で何かを作るような行事はとことん参加を拒否していました。
――希望の大学に進学し授業にも真面目に取り組む。でも、実は梨うまいさんは書籍の中で「授業に真面目に取り組まず、中退したあとに成功した著名人」に憧れを持つ、中退コンプレックスについて、綴っていましたよね。
梨うまい: そうなんですよ(笑)。同期を憎んで身内ノリにイライラしていたのも、「そんなに楽しくやれていいな!うらやましいな!」という思いもやっぱりあったんだと思います。自分はずっと焦っていたし、不安でいっぱいだから、楽しければいいじゃんって思う余裕がなかったんでしょうね。
人生で満たされていると思ったことはない
――こうして1冊の本になるほど「悔しい!」気持ちを思い切りスパークさせている梨うまいさんですが、そもそも子どもの頃から嫉妬する性格だったんですか?
梨うまい: NHKの「パジャマでおじゃま」に出てくる同い年ぐらいの子たちに嫉妬するような子どもでした(笑)。
認められたい欲が強かったのでしょうか。でも根本的な理由は自分でもあまりわかっていません。親に大事にもしてもらっていたし、友達も普通にいたのに、とにかくいつも何かに嫉妬していた。生まれつきというのが一番正確な気がします。
――今までの人生で「満たされている」と思ったことは?
梨うまい: うーん……ないんですよね……。
たとえばテストで目標としていた100点をとっても、もうすぐに次の不安に襲われているんです。あれが足りない、これが足りない、の繰り返しの人生です。
――本を出版して、嫉妬の感情は成仏できましたか?
梨うまい: 本を出したら変わると思っていました。自分が安定するんじゃないかと。でもどうやらそうではないらしいと気づいたこの頃です。
ホント自分でもうんざりしています。こんなよい機会をいただいているのに、まだ満たされてないの?って。
ただ、自分の気持ちを本にしてもらったことはとてもよい経験で、自分を責めたことや、嫌な思いをしたことにも意味があったんだとは思えるようになりました。
そしてこの本がもし少しでも誰かの役に立てているとしたら……生きてきてよかったです。
自分自身が報われることよりも、自分の感じてきたものや見てきたものが誰かの励みになることが私にとってはきっと一番大事なんだと思います。
――成仏はしていないけど、無駄ではなかった、と。
梨うまい: 単純に「本を出したけど満たされていない」というよりは、本を出して終わりにするんじゃなくて、これからもずっと誰かの期待に応えていきたいから、まだ満足していないんでしょうね。
今日も明日もこの先の自分も、そうありたいという意味での「まだまだ、物足りない」という感情だと思っています。
――自分にかなり厳しいですね。
梨うまい: どちらかというと、自分に自信がないんだと思います。とはいえ、自分に自信がないと言い切ってしまうのは、力を貸してくれたり、関わってくれた人に対して失礼なことだとも感じます。
昔は、「自分一人の力で成し遂げたものでないと本物じゃない」と思っていました。学生時代ひとりでいたのもそれが理由だったのかもしれません。大手事務所に所属してる先輩に近づいて恩恵を受けたい、みたいな人をすごく軽蔑していた。そんなのニセモノじゃんって、否定していたんです。
でも、自分ひとりではたどり着けない場所もあるんですよね。今回そのことに心底気づかせてもらいました。ひとりでやっているだけではいけないんだという反省も生まれました。
学生時代に白い目で見ていた同級生たちに対しても、今なら「ごめんね」って言えるかなと(笑)。
私を憎んでください
――『悔しみノート』はドロドロと思いの丈をぶちまけているだけではなく、各エンタメ作品の上質なレビュー本としても興味深く読めました。「こんな文章が書けてすごい!」と単純に嫉妬してしまいました。それは、梨うまいさんが憧れられる立場になったということでもあります。梨うまいさんに憧れる読者へメッセージをお願いします。
梨うまい: 嫉妬にまみれくすぶっていた過去の自分がこの本を読んだら、きっと苦々しい思いで最後までたどり着けないと思います。まして、励ましの言葉なんて聞く耳も持てないでしょう。「運がよかったから本が出せただけでしょ」とシャットダウンしてしまうと思います。
そんな心を閉ざしてしまっている人たちに何かを伝えるとしたら……「自分からは逃げられないぞ。腹をくくれ」でしょうか。
そして、いろいろな人のおかげでここに来られた私のことなんて「憧れないで」と言いたい。憧れていてもその場からは抜け出せない。ぜひ、こんな私みたいな人のことを、憎んで、動き出す原動力にしてほしいです。
――梨うまいさんの、次の夢はなんですか?
梨うまい: それが、わからないのです。「やりたい」が全部できる世界でもないと実感もしていますし。
でも、周りから求められたことをしていきたいと考えています。今、目の前にいる人を着実に励ませる人になりたいという思いがあるから。
夢といえるとしたら、それかな。
ダメな自分のままで、誰かを励ませたら最高だなと思います。とにかく、生きねば!
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