telling, Diary ―私たちの心の中。

Xジェンダーの私にとって、女性らしい服はコスプレである

なまめかしく妖艶な表現力で性別問わず見る者の目を釘づけにするポールダンスのダンサーであり、注目のブロガー、ライターでもある“まなつ”さん。彼女が問いかけるのは、「フツー」って、「アタリマエ」って、なに? ってこと。 telling,世代のライター、クリエイター、アーティストが綴る「telling, Diary」としてお届けします。

●telling, Diary ―私たちの心の中。

「もっと女らしくして」って言われたことある?

もっと女らしくしてと言われたことはありますか?
私はある。

ポールダンスをするときは、それはもう盛大に女らしい恰好をする。
髪を巻き、アイメイクはひたすらに濃くつけまは2枚重ね。
体のラインが丸わかりのビキニタイプの衣装に、派手なアクセをプラス。
ヒールを履き、ボディスプレーをふりかけ、これでもかと女をアピールする。

今でこそ落ち着いたけど、一時期はその反動で、私服はかなり地味だった。
デニムにTシャツ、スポーツサンダル。アクセサリーは一切なし。
日焼け止めを顔と腕に塗り眉毛を描けば出かける支度は完了。
髪を巻いて外に行くことなどなく、後頭部でまとめて終わり。
デザインもどちらかというとボーイッシュな服を好んで着ていた。

思うに、私の内面は「女性」ではないのだと思う。そう感じている。
ジェンダーの話になるけれど、私の性自認は「FTX」
フィーメイルトゥエックスジェンダー、の略で、女性の体で生まれたけれど、性自認は「中性」である、という意味だ。

自分の書いた日記を高校生の頃、中学生の頃…と遡って読んでいると
「男でも女でもない性になりたい。来世はナメクジのような雌雄同体の生きものがいい」
という記述が何度かあった。

男はこう、女はこうという世間の規範が、ものすごく息苦しかったのだと思う。思春期は、特に。
さらに言えば、女の子と遊ぶより男の子とゲームの話がしたかった。
大人になり、男性とも女性とも恋をして今思うのは、どちらにも決めたくないなあということだ。

性別は女性だけど「女装」をする

そうは言っても、社会的・対外的な性別は女。
仕事柄、女性らしい服装もしなければいけない。
そういうときは、コスプレ、女装をしているのだと思って割り切って楽しむ。
普段の自分と違うキャラを装うからこそ、まるで自分が女装を趣味にする男性であるかのような気分になる。

その分、プライベートでは性別に縛られない装いでいたい。
シンプルな衣服、飾りもしない、誰かを意識しない。
そういう恰好をして暮らしていたら、当時付き合っていた彼女に「もっと女らしくしてほしい」と言われた。
彼女はどちらかというとフェミニンな装いを自然に楽しむ、いわゆるシスジェンダーだったので、余計にそう思ったのかもしれない。

あなたは女性らしい服装の方が似合っているよ。そういうあなたが好きだよ。
もっと普段出かける時もメイクをしてほしいし、アクセサリーとかつけてよ。
そう言われても、私にとって女性らしい装いは「コスプレ」なのだ。
日常からコスプレをする気にはなかなかなれず、それをうまく伝えることもできなかった。

中間地点の自分だからこそ楽しめるファッション

さて、今の私はどうだろうか。
Tシャツにデニムにサンダル、というスタイルは大好きだ。一年中夏だったらいいのにと思う。
冬場はブーツを合わせ、タイトなジャケットを着るのが好き。
アクセサリーは、シンプルなものをつけている。手の周りに何かあるのは嫌なので、指輪や腕輪はつけない。ピアスのみ。
朝、服を選ぶのが楽だから、という理由でオールインワンをよく着るようになった。
昔は暗い色の服ばかりだったけど、今は花柄や派手な色のトップスも好んでいる。
私の性自認はFTXのままだけど、中間地点の自分だからこそ楽しめるファッションがある、と思うようになった。

生きとし生けるものは常に変化していく。変わらないものはない。
その上で、どんな時もその変化を楽しんでいける自分でいたいな、と思う。
女らしくとか、男らしくとか、そういうものに縛られず、自分が楽に生きられるように。

ポールダンサー・文筆家。水商売をするレズビアンで機能不全家庭に生まれ育つ、 という数え役満みたいな人生を送りながらもどうにか生き延びて毎日飯を食っているアラサー。 この世はノールール・バーリトゥードで他人を気にせず楽しく生きるがモットー。
まなつ