熱烈鑑賞Netflix

「イン・ザ・トール・グラス 狂気の迷路」主役は身長よりも高い草むら、出口がわからない恐怖

世界最大の動画配信サービス、Netflix。いつでもどこでも好きなときに好きなだけ見られる、毎日の生活に欠かせないサービスになりつつあります。そこで、自他共に認めるNetflix大好きライターが膨大な作品のなかから今すぐみるべき、ドラマ、映画、リアリティショーを厳選します。今回は一風変わったホラー映画「イン・ザ・トール・グラス 狂気の迷路」。視界が遮られほどの高い草が密生している中に迷い込む夫婦、そして恐怖の「岩推しおじさん」とは……。

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今回妻に勧められた作品は「イン・ザ・トール・グラス 狂気の迷路」。スティーブン・キングの短編を原作にした、ネットフリックスオリジナル作品だ。これがなんというか、不気味かつ変わった映画だった。特に“岩推しおじさん”の狂った推しっぷりが印象的。なんだよそのおじさんはよ。

恐怖! 草むらが人間を飲み込む!

アメリカの映画なんかで、背の高い草が地平線までず〜っと続いているような広大な草むらを見たことがないだろうか。人間の身長よりも高い草が密生しているので中に入ると視界が遮られ、右も左もわからなくなる。「イン・ザ・トール・グラス」の“主役”は、何を隠そうこの草むらである。

つい謎の草むらに入ってしまった妊婦のベッキー。すぐ戻ってくるはずがとんでもないことに/Netflix映画「イン・ザ・トール・グラス -狂気の迷路-」独占配信中

冒頭、妊婦のベッキーと車を運転する男のカルが、広大な草むらのすぐ横を走るまっすぐな田舎道を、車で走っているところから映画は始まる。どうやら妊娠に関して色々トラブルもあったようで、カルはベッキーを気遣っている様子。この2人の関係も、パッと見ではよくわからない。ベッキーはつわりで気持ち悪くなり、道端で吐いてしまう。その時、草むらの中から助けを求めるトービンという子どもの声が聞こえてくる。

草むらからの出口がわからないと訴えるトービンの声を放っておくわけにもいかず、カルとベッキーは中に足を踏み入れる。近くで聞こえるトービンの声に、すぐ見つかるだろうと安心するカル。しかし、どこまで行ってもトービンは見つからない。おまけに、草むらの中でカルとベッキーは離れ離れになってしまう。お互いを呼んでみても、呼びかけるたびに声が聞こえる位置や距離はバラバラ……。

ここに至って、カルとベッキーは自分たちが異様な草むらに踏み込んでしまったことに気づく。その時、カルを探して草むらをさまようベッキーの前に、ロスと名乗る中年の男が現れる。トービンの父だと自己紹介するロスに連れられてベッキーはさらに草むらの奥に入り、そこで謎に満ちた巨大な「岩」を目撃する。

草むらに飲み込まれてしまったベッキーとカル、そしてそれを追ってきたベッキーの元彼トラビスも出られなくなってしまう/Netflix映画「イン・ザ・トール・グラス -狂気の迷路-」独占配信中

映画を見ている最中に頭をよぎったのは、よくもまあこんな制作費のケチり方を思いついたもんだ……という感心である。なんせ「イン・ザ・トール・グラス」は劇中ず〜っと草むらの中から登場人物が出てこない。右を向いても左を向いても、背の高い草が生えてるだけ。どっちを向いても同じ風景が広がってて見分けがつかないというのが恐ろしいポイントなので、ロケ地は一箇所だけで済むしセットを建てる必要もなし。低予算の弱みをアイデア一発で逆転させるという、ホラー映画らしいトンチの効き具合が嬉しい。

しかも映画が進むに連れ、物語は単純な「草むらから出られなくてヤバい」という怖さに加えてタイムループものの複雑さを帯びてくる。草むらの中では位置関係や時間の流れすら歪み、普通ではありえないことが発生する。その中心に居座るのは巨大な謎の岩、そして「岩推しおじさん」こと、パトリック・ウィルソン演じるロスである。

左端が岩推しおじさんことロス。パトリック・ウィルソンの怪演が光る/Netflix映画「イン・ザ・トール・グラス -狂気の迷路-」独占配信中

すごいぞ、岩推しおじさん

ホラーではあるもののかなり不思議な作品である「イン・ザ・トール・グラス」。「そもそもなんでこの映画を見ようと思ったわけ?」と妻に聞いてみた。返ってきたのが「そもそもこういう変なホラーが嫌いじゃないのと、あと"岩推しおじさん"が面白いんだよね……」という回答だった。あ〜、確かに岩推しおじさんは面白いな……。

岩推しおじさんことロスは、その名前の通りとにかく草むらの中心にある謎の岩を他人に推しまくる。どうやらこの岩には謎のパワーがあるようで、触るとものすごくいい気持ちになり、草むらからの出方もわかるしこの世の全ての真理も理解できるという。ロスはこの岩に触れてしまったらしく、登場人物全員に「とにかくこの岩に触るとすごいから!」「お前も触れ!! 岩を!!」と岩を推しまくる。もう力づくで全員を岩に触らせようとするので、他の登場人物は草むら自体に加えてロスの脅威にも晒されることになる。

このロスの岩推しっぷりがすごい。目はギラギラでテンションも変、そんな状態で「この岩、すごいよ!!」と叫びつつ、岩に触ろうとしない人間の首を絞めたりしてくるのである。おまけにロス自身はすでに岩に触れたことで草むらの構造を全てわかっているので、迷路のような草むらのどこから現れるか全然わからない。まるでプレデターみたいな悪役ぶりなのだが、やってることは岩を推すことと話を聞かない奴への暴行。それが岩推しおじさんである。

岩推しおじさんを演じるパトリック・ウィルソンといえば、「インシディアス」以降ジェームズ・ワン監督作品のホラーに連続して出演。今やおれの中では「ちょっとB級っぽいホラー映画によく出てる人」というイメージである。そんな彼が演じるロスは、そもそも不動産屋に勤める中年男性という設定だ。家族で旅行に出かけている最中も仕事の電話をかけ、草むらに迷い込んでも「前向きに考えれば事態はよくなる……」みたいなビジネス標語を念仏のように唱えるという、なんか気の毒な人である。それが岩に触れれば一気に豹変してやる気も満々、そりゃ人に勧めたくなるというものだ。

正直な話、「イン・ザ・トール・グラス」は細かく考えると辻褄があってないところもある。「あ〜キングの短編を映画にするとこういう感じになりがちだよな〜〜」というところもある。しかし「人間を飲み込む草むら」というアイデアの不気味さは予算面も含めてアイデア賞ものだし、なにより岩推しおじさんの鬼気迫る推しっぷりは一見の価値があると思う。映画自体の尺も1時間40分ほどと短めだし、「今日はちょっと変わったホラーが見たいな〜」という気持ちの時には是非ともおすすめしたい一作だ。

ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好。
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