ドラッグ・ドキュメンタリー「サイケな世界〜スターが語る幻覚体験〜」スティング、キャリー・フィッシャーたちのトンデモトリップ【熱烈鑑賞Netflix】
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有名人がドラッグで逮捕されたらテレビやネットで袋叩きにされ、それがミュージシャンならCDや配信用の楽曲がすべてが流通停止になる国、日本。法律で禁止されているから仕方がない面もあるが、ドラッグの使用を公言する海外アーティストの作品は問題なく流通していたりと、その厳しさには不思議なムラがある。日本にも多くのユーザーを持つNetflixにも、認可されている国じゃなければ視聴者が見てマネしようもないマリファナ料理番組など、ドラッグ関連が大充実。コンテンツのグローバル化によって、何とも面白い事態になっている。
理解したけりゃ、マジックマッシュルームをキメろ?
ドキュメンタリー映画「サイケな世界〜スターが語る幻覚体験〜」は、そんなNetflixにおける数あるドラッグものの1本だ。多くの著名人が登場、脳神経系に作用し、使用者に強烈な幻覚体験をもたらすLSD、マジックマッシュルームなどの向精神薬によるトリップ体験を愉快に、時に苦々しく語る。ぐにゃぐにゃと歪むカラフルなアニメーションが、幻覚体験をポップに再現するのが楽しい。
バンド「ポリス」を経てソロ・アーティストとして活躍する英国のロック・ミュージシャン、スティングは、農場に滞在中、ひょんなことからLSDをキメた状態で牛の出産に立ち会ったエピソードを披露。羊水(アニメーションでは虹色だ)を全身に浴びながら、なんとか子牛を取り上げた彼は、この時の経験を「宇宙が開ける感覚を味わった」「生命の意味を感じる」と語る。幻覚体験が、自己とあらゆる他者との繋がりに気づかせてくれた、と。ラッパーのエイサップ・ロッキーも、LSDをやってセックスをしたところ「地球と一体になれた」「人生の答えを得た」という心持ちになったという。
アメリカのコメディアン、ポール・シェアーは、大麻などのソフト・ドラッグに寛容な国、オランダはアムステルダムにショーの仕事で赴いた際、合法的に販売されていたマジックマッシュルームを入手。美術館でゴッホの絵を見ながらトリップしたエピソードを披露する。麦畑の上をカラスが飛んでいる絵に魅入られると、カラスの裏側が見え出し、さらに見る角度を変えると絵の描かれていない部分も見えるような気がしてくる。しまいには、絵の中に入り込み、カラスが自分に向かって飛んでくる妄想に取り付かれ、「ゴッホを理解した!」という境地に至ったそうだ。傍目には、絵の10cm前で身体をウネウネとさせる奇妙な男だったわけだが。
LSDに救われたレイア姫
本作において、幻覚剤のポジティブな側面の1つとして紹介されるのが、大麻などと同様に、治療薬としての可能性である。
UCLA精神医学教授で、幻覚剤の治療効果を研究する精神科医チャールズ・グロブは、精神病や依存症への効果に言及、その将来性に期待を寄せる。進行癌で不安障害を持つ患者に幻覚キノコなどを与えたところ、生活の質に大きな改善が見られたそうだ。ここには、主流の精神医学では救われない患者に希望を与える可能性があるという。60年代フラワームーブメントを代表するミュージシャンの1人であるドノヴァンも、ドラッグ・カルチャー最盛期当時の資料から、不安を抱えた人や自殺寸前の人たちがどれだけ幻覚剤に救われていたかを指摘する。
そうした「救われた」当事者の1人として登場するのが、「スター・ウォーズ」シリーズのレイア姫役でお馴染みの女優、故キャリー・フィッシャーだ。「ブルース・ブラザーズ」で共演したジョン・ベルーシとヤク友だったことでも知られる彼女は、LSDを「神聖な薬」と呼ぶ。遠い昔、はるかかなたの銀河系で戦った女性は、かつて双極性障害と診断された際、医者に「LSDをやると正常になる」と言ったそうだ。前述の精神科医チャールズ・グロブは、フィシャーがレイア姫として有名になり過ぎたことから、「本当の自分からかけ離れてしまった」との見解を示す。そこで、再び自分の本質と真の自己を、つまり「本当の自分」を取り戻す機会をくれたのがLSDだったのだ、と。
バッドトリップの恐怖 マシュマロマンに追いかけられる
基本的には幻覚剤を賞賛するベクトルの本作だが、とはいえ、手放しで、というわけではない。大きな発見や救いをもたらす一方で、強烈なバッドトリップという負の側面も指摘する。
「知らない人やあまり親しくない人などとは一緒にやらない」「クソ野郎とやるな(からかわれてウザいから)」「悩みや心配を抱えてやるのは危険すぎる」「落ち込んでいる時にやっちゃダメ」といったアドバイスからも分かるように、使う人間が悪い精神状態にある時や、心から安心できる環境で使用しないと、目覚めながらにして悪夢を見るような目に遭うことがある。偏執病に至るレベルの不安に取り憑かれ奇行に走る人もいれば、イカれたまま元の自分に戻れないのではないかと恐れる人もいるという。
そんなバッドトリップ体験を「もう懲り懲り」と語るのが、「メリーに首ったけ」「ズーランダー」などのコメディ作品で知られる俳優のベン・スティラーだ。「真実」にたどり着けるかも、意識の別形態への変化のきっかけになるかも、といった期待からLSDを試してみたところ、感じたのは恐怖と不安だけだったという。感謝祭のパレードで「ゴーストバスターズ」のマシュマロマンの巨大風船に襲撃される妄想に襲われ、怖くなった彼は離れて住む両親に電話して「やっちゃった……」と告白するハメに。考えてみると、あれだけふざけた映画を多数作ってきたスティラーが一番「マジで幻覚剤はやめた方がいい」と言っているのが、ある意味可笑しいのだけれども。
幻覚剤がもたらす「他者への想像力」
ドラッグは、その国の法律によって、あるいは人々の価値観によって、良きものにも、悪しきものにもなり得る存在だ。全面的に禁止されている日本でも、医療用大麻の合法化を訴える運動などが増えてきているが、とはいえ一般的なところでは、やはり後者の認識がまだまだ多くを占めると言っていいだろう。そしてそこには、「確かに良くないよな」という説得力を持つ意見もあれば、実際のところを精査しないまま「とにかく良くない」と決めつけ、頭ごなしに否定しているように見える意見もあるように思える。
本作が、ドラッグ使用者の視界が魚眼レンズ越しの世界のようになったり、空を飛べると思って窓から飛び降りてしまう——といった、ドラッグに伴いがちなベタで雑なイメージを体現したかのような啓蒙ビデオのパロディを随所に挟み込んで茶化すのは、そうした偏見に対して異を唱えたかったからだろう。
ドラッグの是非については、さまざまな意見がある。現状日本に住む限り、「やってみて」確認することは原則できない。しかし、こうした作品を通して、知らない一面に触れることができるのは、少なくとも「何も知らない」「知ろうとしない」状態よりは、はるかに有益であると思う。
幻覚剤のポジティブな側面の1つに、自分が認識できないものへの想像力を喚起する、ということがあるという。人間、動物、昆虫など、種が異なれば、この現実世界の認識はそれぞれ異なる。つまり、各々が「こうだ」に認識しているだけで、別の存在からすれば、それは同じように見えていない。幻覚剤は、そこに思いを馳せる契機になる、と。これは当然、それぞれ考えの異なる人間同士においても同様ではないだろうか。
日本でも「キッチン・コンフィデンシャル」などの著作が翻訳されているアメリカ人シェフ、フードジャーナリストの故アンソニー・ボーディンは作中でこのように語る。
「賢くなったり悟りを得たか?/わからない/だが自分とは違う視点を想像させてくれた/より良い人間になれた」
ドラッグ云々を置いておけば、「他者への想像力」がより良き世界を作ることは自明だ。アメリカのコメディアン、デイヴィッド・クロスが言うように「誰もがLSDをやるべき/そうすれば地球はいい場所になる」なんてことも、もしかしたらあるのかもしれない。あくまで「想像」だが。
「サイケな世界〜スターが語る幻覚体験〜」
出演:ニック・オファーマン、アダム・スコット
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