バスケット大崎佑圭さん「やりたいことってなんだろう?」東京オリンピック延期で去来する“ある思い”と“その先”【後編】

バスケットボール選手の大崎佑圭さん(30)は、2018年末に長女を出産後、東京五輪までと期間を限定して異例の復帰を果たしました。1年の延期となった今、大崎さんはこの先の未来を、どのように描いているのでしょうか。お話を伺いました。

五輪延期で得たのは家族での時間

――五輪が延期になり、気持ちや生活に変化はありましたか。

大崎: 今でも消化不良ですね。
試合の勝敗や、プレーの不甲斐なさなら、悔しさをバネに修正出来ますが、今回の延期はどこにも感情をぶつけることができません。

――自粛期間中はどうやって毎日を過ごされていましたか。

大崎: ほとんど家にいましたね。時々娘を連れて近所の公園まで散歩したり、ベランダで遊ばせたり。
そもそも夫は始発で出勤したり、夜勤があったりするような仕事。でも幸いなことに料理が好きで家事もできるので、チームプレーというより、それぞれが個人プレーをしながら、一緒に住んできたという感覚でしたね。
それが緊急事態宣言や外出自粛に伴って、夫の在宅時間がやや増えた。私も練習をストップしたので、「やっと娘を入れて3人の時間を過ごせるようになったんだなぁ」と感じていました。私はお喋りなので夫が話し相手になってくれて楽しかったです(笑)。

――現役を続けられるのですか?

大崎: 精神的にも肉体的にもアスリートにとっての1年は大きい。私の気持ちは引退に傾いています。夫は、結婚前からバスケットを頑張っている私を好きでいてくれて、内心は今でも続けてほしいと思っているようですが(笑)、状況も状況なので見守ってくれています。母と姉は「産後復帰の新しい可能性も見いだせたし、今までいいものをたくさん見させてもらったから引退してもいいんじゃない」と言ってくれて。ホッとしましたね。

9割辛くて1割嬉しかった

――30前後の女性には、「やりたいことがわからない」「やりたいことがあっても前に進めない」人もいます。

大崎: 私自身、ずっとバスケットだけをやってきたのでバスケを離れると、他になにができるんだろうって思います。育児をしていると1日が終わっていたり…。

――そもそもバスケットを始められたきっかけは何だったのでしょうか。

大崎: 小学2年のとき、姉がバスケット部に入っていたこともあり、何となく見学に行ってそのまま軽い気持ちで始めたのがきっかけ。真剣に取り組むようになったのは小学4、5年になってからかな。

――楽しさが原動力になったと?

大崎: 最初は友達がしているからと、何となく参加していました。ただユニフォームを着て試合に出るようになると、本気で打ち込むようになりました。中学、高校、実業団とバスケット人生が続くのですが、振り返ると9割は辛かった。ひたすら試練ばかり。嬉しいのは1割くらい。試合に勝った瞬間の喜びや達成感は何事にも代えがたいんです。その1割が9割の辛さを凌駕するくらいの威力がある。もちろん支えてくれた仲間や家族の存在が、さらに強力なパワーになり、頑張れました。

バスケットでの目標や、やりがいは見つけやすい環境でした。ですが、いざ離れてしまうと自分は何をめざすべきなのか正直、わからない。これまで「やりたいことがない」と言う人に会ったことはありますが、実際に自分がその立場に置かれるとは想像していなかったですね。「こういう気持ちなんだな」と改めて感じているところです。

――現在、どのような活動をされていますか?

大崎: かつて所属していたJX-ENEOS(現ENEOS)が主催している小中高生向けのバスケットボール教室の活動に参加しています。自分が培ってきた経験を次の世代に渡していきたいんです。
当面の間はコロナの影響で積極的にできませんが、その活動が再び動き出したら、自分がやりたいことも明確になってくるような気もしています。
ネームバリューのおかげで、接する教室生が喜んだり、嬉しがったりしてくれるオプションがありますが、数年後に無くなったときにどうするか。
指導者になるかはわかりませんが、自分が納得いく道を歩んでいければといいな、と思っています。

●大崎佑圭(おおさき ゆか)さんのプロフィール
1990年4月東京都生まれ。ポジションはセンター。東京成徳大学高卒業後、2000年にJOMO(現ENEOS)に入団した。日本代表としては2013、2015、2017年のアジア選手権で優勝。2016年にはリオ五輪で8強入り。2017年に結婚し、2018年末に長女出産。2020年に代表復帰を果たした。

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。
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