レスリング川井梨紗子さんと友香子さん「落ち込んだままは、もったいない」 〝ふたりで金〟をめざす現在地【川井姉妹・後編】

新型コロナウイルスの世界的流行で延期された東京五輪。ピークを今夏に設定していたアスリートは1年延期という事態にどう向き合っているのでしょうか。姉妹そろってレスリング女子日本代表の川井梨紗子さん(25)=57キロ級、友香子さん(22)=62キロ級=は、そのときそのときに出来ることに全力を注いできたと言います。川井姉妹インタビュー最終回は、これまでとこれからの思いを語ってもらいました。

「やっぱり」が大きかった

――リオ五輪金メダルの姉の梨紗子さんは連覇を期待されていました。一方、友香子さんは東京が初の五輪。「姉妹で金」の目標に向かっていたところへの延期決定でした。

川井梨紗子さん(以下、梨紗子): 延期になることは、なんとなく予想していました。感染の広がりを伝えるニュースを見ていて、「これはもう延期なのかな」と。だから、実際決まると、ショックでしたが「やっぱり」という気持ちも大きかったですね。

川井友香子さん(以下、友香子): 私もショックな半面、「準備期間が増えた」とプラスに考えるようにしました。

梨紗子: 二人で「やっぱりそうなったよね」と話しましたが、特別に意識することはせず、いつも通りに過ごしています。延期になったからといって、オリンピックを目指してやるべきことは変わらないので。

(姉妹そろって東京五輪の代表に内定し、世界選手権での金メダルを手にする姉の川井梨紗子さん(右)と銅メダルの妹・友香子さん=2019年9月、カザフスタンで。林敏行撮影)

――梨紗子さんは自らのツイッターで「仮にオリンピックが中止になって、私が選手生活を終えることになっても(中略)後輩のために何かしていきたい」とツイートしています。

梨紗子: コロナが落ち着くかどうか分からないので、予定通りに開催されない可能性も考えています。だからといって準備もせずに、落ち込んだまま時間がただ進んでいくのはもったいない。「時間を有効に使いたい」「できる限り準備したい」とより強く思うようになりました。

新しい刺激が力に

――練習拠点の至学館大学の道場は、3月から練習が自粛。身体接触を伴う練習ができない状況で、どんなトレーニングをしていたのですか。

梨紗子: ウエイトトレーニングのみです。練習量は徐々に戻ってきてはいるのですが、自粛前を100としたら、まだその半分もないぐらい。練習時間も朝と午後の2回で、計4時間くらいです。その間、人生初のぎっくり腰を経験したのですが、体力が大きく落ちているという感じはしませんね。

友香子: 半分以下という感覚は私も同じです。ウエイトのメニューも時間も梨紗子とほぼ一緒。ただ、走ったりはしていたので、体力は維持できていると思います。

梨紗子: ウエイトトレーニングは、東京のナショナルトレーニングセンターの専門家に見てもらっているのですが、すごく新鮮です。
私たちは愛知県にいるので直接会えないのですが、アプリを使ってコンディションを共有したり、テレビ電話をつないでトレーニングの様子を見てもらい、アドバイスを聞いたりしています。そばにいないけれど近くにいる感じが不思議で、刺激がありますね。頑張る力になる。

(川井梨紗子さんのインスタグラムより)

頭の中は料理でいっぱい?

――自粛期間中は移動も制限されました。梨紗子さんは「生まれ育った石川県に帰りたい」と思ったそうですね。学生王者だった父・孝人さんや、世界選手権の元代表の母・初江さんからアドバイスはありましたか。

梨紗子: 実家に電話する頻度は増えたかもしれないですね。お父さんからは「レスリングができない分、体力が落ちるのは仕方がない。それを最小限にするために、走り込みや心肺機能の強化、体幹トレーニングをしっかりしておきなよ」と言われました。
とはいえ、アドバイスはそんなになくて、会話の大体は、実家で飼っている犬の話。画面に映してもらって話しかけたりしていました。

友香子: 梨紗子とは以前から一緒にいる時間が多いので、「あのテレビ見た?」とか、実家の犬の話とか、ほんと、いつも通りの会話をしていました。

――梨紗子さんのある日のインスタグラムには、自作のスープとオムライスの写真とともに「最近は1日の多くの時間を何作るか考えてる。1年前の今頃はこんな事になるなんて想像してなかったけど、これもこれでいい時間かもしれない」などと投稿していますね。

梨紗子: 食事はこれまで、大学の寮母さんが作るものを食べていたんです。コロナでそれができなくなって、自分でもっと作ってみようと。お母さんに聞いたり、ネットで調べたりしました。
栄養指導は合宿時にも受けますし、高校、大学とスポーツのコースで、勉強もしてきました。食べたい物を作るときもありますが、栄養を考えることも。この取材の前にも、私が作ったオムそばを友香子と食べてました。

友香子: 梨紗子の料理はどれもおいしい。私も家で料理をするのですが、一緒に食べるときは梨紗子の家に来ますね。

(つきたての餅を食べて笑顔を見せる川井梨紗子さん(右)と友香子さん=2020年1月11日、愛知県大府市の至学館大で。竹井周平撮影)

昔はけんかもした

――競技を離れた場ではどんな姉妹ですか。

友香子: 2人とも大ファンの倖田來未さんの曲を聴いたり…かな?

梨紗子: めちゃくちゃ普通の姉妹ですよ。普段は、練習以外のところではレスリングの話は、ほぼしません。
「倖田來未さんのグッズが出るらしいよ」とか「ご飯、何食べに行く?」とか、ほんと普通です。
昨日は、家で友香子に髪を染めてもらいました。

(=2019年7月、至学館大で。金子智彦撮影)

――けんかはしないのですか。

梨紗子: たまにします(笑)。でも最近はないですね。疲れすぎて機嫌が悪くなっているときに、どちらかがその様子に「なんでそんな態度なの」と言って嫌な空気になるときはありますが、そういうときは、勝手に治まるのを待ちます(笑)。

友香子: 梨紗子の機嫌が悪いときは、特別なことはしないです。放っておく。

梨紗子: 疲れてるときってなんやろな。なんで機嫌悪くなるんやろな。

友香子: うん、なんでやろね。自分でもよく分からんね。

――川井家は3姉妹です。子どものころは?

友香子: モノの貸し借りでけんかになった?

梨紗子: 実家にはゲーム機が1台あったのですが、それを誰が使うかでけんかしたことがありました。3人ともレスリングをしていたのですが、レスリングの強さも年齢も関係なく、平等にやりあっていました。

友香子: 3人の力関係は、そのときそのときで変わったよね。

――想定外のウイルスの出現で、ままならない状況から見えてきたことはありますか。

梨紗子: 偉そうなことは言えないですけど、私は、悪い状況はずっと続くわけではないと思っています。いつになるか分からないけれど、やがて落ち着いて、「こういうこともあったね」と笑い話にしたり、乗り越えて良かったと思えたりする日がきっと来る。どんなことも、同じではないでしょうか。苦しいことはずっと続くわけじゃない。そう信じてやっていきたいです。

●川井梨紗子(かわい・りさこ)さんのプロフィール
1994年11月生まれ、石川県津幡町出身。ジャパンビバレッジ所属。小学2年生のとき金沢ジュニアレスリングクラブでレスリングを始める。中学3年時に全国中学生選手権41kg級で優勝。レスリングの強豪、愛知・至学館高校へ進学し、全国高校女子選手権で2度優勝(52kg級、56kg級)。至学館大時代にリオ五輪で金。2017、18、19年と世界選手権3連覇。

●川井友香子(かわい・ゆかこ)さんのプロフィール
1997年8月生まれ。石川県津幡町出身。ジャパンビバレッジ所属。小学2年生でレスリングを始め、津幡中学校3年時にジュニアクイーンズカップ中学生の部48キロ級で優勝。姉に続き至学館高へ進み、2年生でジュニアクイーンズカップ60キロ級で優勝。3年生の全日本選手権決勝では姉と対戦し、0-10で敗退。至学館大時代は全日本学生選手権で優勝し、世界選手権では3位。趣味は手芸やピアス集め。

見渡す限り山と田んぼの里山育ち。記者として関西、東海、首都圏で取材。最近はウェブ周りをうろうろしています。
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