綾野剛×新垣結衣「空飛ぶ広報室」報道記者に、パイロットになれなかった者同士の出会い。夢破れた人間の生き方【水曜日はあのお仕事ドラマをもう一度】

コロナ禍でドラマが放送延期になっている今だからこそ、過去に放送されたお仕事ドラマを見直してみませんか?今回は、2013年に放送された「空飛ぶ広報室」。夢破れた者同士、ぶつかり合いながらも成長する物語です。大きな変化が訪れている今だからこそ、心に響く名言と出会えるドラマかもしれません。

今回取り上げるのは、2013年4月より放送されていた「空飛ぶ広報室」(TBS)。帝都テレビのディレクター・稲葉リカ(新垣結衣)と航空自衛隊航空幕僚監部広報室に勤務する空井大祐(綾野剛)の2人を軸にした物語である。

夢破れた者がそこからどう生きていくかを見せたドラマ

夢だった報道記者としてテレビ局に入社するも、強引な取材手法からトラブルを起こし、不本意にも夕方の情報番組のディレクターへ異動した稲葉。幼い頃より夢見ていたパイロットとして航空自衛隊に入隊、ブルーインパルスのパイロットになることが決まっていたものの、不慮の事故で夢絶たれて広報室に異動した空井。このドラマは、夢破れた地点から人生を歩み直す人間を描く作品である。稲葉と空井は似た者同士だ。
言ってしまうと、珍しいほどのハッピーエンドだった。稲葉と空井が出会い、共鳴し、前向きになれたからこそ結実したラブストーリー。思い通りにいかなかった今をどう生きるか? その向き合い方によって人生は豊かになると、このドラマは伝えている。

象徴的だったのは第8話、航空自衛隊の説明会で、稲葉はこんなスピーチをした。
「自分がやりたかった仕事でもそうじゃない仕事でも、真っ正面から向き合えば何か得ることができるんじゃないでしょうか。思い通りにいかないことはたくさんあります。どんなに一生懸命やってもうまくいかないこともあります。夢があっても叶わないこともあります。悲しいけどあるんです、それは。でも、どんなに失敗しても、なりたいものになれなくても、人生はそこで終わりじゃない。どこからでもまた始めることができる。恐れずに飛び込んでみてください。一つ一つの出会いを大切にしてください」

名言の多いドラマだ。筆者の心に最も響いたのは、前向きになり始めた稲葉に対し、上司の阿久津守(生瀬勝久)が言った「仕事は楽しめ。そのほうが人生得だぞ」だった。

相互理解の究極の形

広報室を舞台に選んだところが絶妙だと思う。

次第に稲葉は成長していくが、当初はトラブルメーカーだった。報道記者に戻りたいあまり、目の前の仕事を軽視。自衛隊を取材するというのに大した下調べもせず、航空自衛隊のことを「空軍」と呼んで空井を戸惑わせる始末である。極めつけは以下のやり取りだった。

稲葉 「戦闘機って人殺しのための機械ですよね? そんなものに乗りたいなんて、そんな願望がある人を(番組で)取り上げるのはちょっと」
空井 「人を殺したいと思ったことなんて一度もありません! パイロットが人を殺すために戦闘機に乗ってるって言うですか!? そんなことのために俺たちが……、俺たちがそんなことのために乗ってるって言うんですか!」

この件をきっかけに、空井は稲葉の担当を降りたいと申し出る。挑発的な発言を繰り返す稲葉に再びキレてしまわないか不安を抱いたのだ。広報室長の鷺坂正司(柴田恭兵)は空井を諭した。
「しなきゃいいじゃねえか、我慢を。我慢なんかしちゃいかんのよ。戦闘機は人殺しのための機械であり、パイロットにも殺人願望がある。そんな暴論を黙って聞いていちゃいかんのよ。俺たちは航空自衛隊の広報なんだから。ただし、キレるな。正しい主張だからこそ、怒鳴っちゃいかんのよ。怒りを相手にぶつけるな。俺たちの信条は何だ。専守防衛、守り切ってなんぼだろ? 俺たちはいつでも撃てる。撃つ能力もある。それでも極限まで撃たないこと命じられている。広報も同じだ。それにな、そんな不本意なことを言われるのは俺たち広報のせいなんだ。わかってもらおうという努力が足りてないからだ。努力もせず理解しろってのは、そりゃあ虫が良すぎる話だ」

わかり合えない人とは距離を取る、そんな態度では広報の仕事は務まらない。理解してもらうことが大事。7話で自衛隊広報室の必要性を稲葉に問われた鷺坂は、噛んで含めるようにこう答えた。
「有事の際、例えば災害派遣一つとっても全国の皆様のご理解があればこそ、我々は迅速に、有効に働くことができる。より多くの命を救えることにも繋がる」

稲葉のほうも空井を理解していなかった。突然の怒りに面食らった彼女は、空井の同僚の比嘉哲広(ムロツヨシ)から「自衛隊員も人間ですから」と言われ、己の誤解や思い込みに気付き始めた。また、両者の誤解でじれったいほど進まなかった稲葉と空井の恋模様は、思い違いが解けていくにつれてゆっくり進展していった。大切なのは、相互理解だ。

「空飛ぶ広報室」の最終話は、東日本大震災発生から2年後の2013年4月が舞台。松島基地へ帰還して飛行訓練するブルーインパルスをその目で見ようと近隣の人たちが集まる光景は、自衛隊と地元民の相互理解が進んだ究極の形を描いていたと言える。

心に傷を負った人々に送る言葉

恋愛ベタの稲葉と空井を見守り、それとなく両者をサポートしていたのは鷺坂だった。震災を機に空井は松島基地への異動を自ら希望。以来、惹かれ合っているはずの2人は連絡を取り合わなくなった。鷺坂は稲葉と空井が再び向き合うよう、あの手この手を尽くす。そして、涙ながらに訴えた。

「あの日(2011年3月11日)から時計の針が止まってしまった人がたくさんいる。でも、それでも、前に進もうとしている人たちがたくさんいる。勝手な願いだが俺は、お前たちに諦めてほしくない!」(鷺坂)

恋を諦めた稲葉と空井へのメッセージであり、震災で心に傷を負った人々に送る言葉でもあった。

「空飛ぶ広報室」原作の連載がスタートしたのは2010年。そして、出版準備が整いつつあるタイミングで東日本大震災が発生する。著者の有川浩は刊行延期を決意し、最終章「あの日の松島」を書き足す形で2012年7月にようやく小説が出版された。このドラマが放送されたのは2013年だ。被災した方、被災地で救助活動をした自衛隊員、それぞれの思いを汲み取る作品でもあったのだ。

『空飛ぶ広報室』有川浩/幻冬舎

過去のお仕事ドラマを振り返ってきた【水曜日はあのお仕事ドラマをもう一度】も、今回でひとまず終了。来週からは、今夜スタートの「ハケンの品格」(日本テレビ 水曜夜10時)新シリーズを追っていきたいと思います。

ライター。「エキレビ!」「Real Sound」などでドラマ評を執筆。得意分野は、芸能、音楽、(昔の)プロレスと格闘技、ドラマ、イベント取材。
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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