新型コロナウイルスを予言? 石原さとみ主演「アンナチュラル」を今観るべき理由

新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、先の見えない不安から「コロナ疲れ」「コロナうつ」の声も。この今の混乱を描いているのが、2年前に放送されたドラマ『アンナチュラル』(TBS系)。第1話「名前のない毒」で、MERSコロナウイルスが取り上げられ、まるで2020年の混乱を予想しているかのような内容だと話題です。今回、あらためて第1話を見直すことで、今の状況からあらたな発見があるかもしれません。
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1話「名前のない毒」を改めて解説

 「この世でもっとも恐ろしい毒、何だかわかる?」

「わかりません」

「名前のない毒」

収束する気配のない新型コロナウイルスの感染拡大(COVID-19)。ついにWHO(世界保健機関)は3月12日、パンデミック(世界的な大流行)になったとの見解を表明しました。

テレビ、ネット、新聞などでさまざまなニュースが飛び交う中、今回の新型コロナウイルスの問題をとても正確に予想していたと話題になったドラマがあります。それが、石原さとみさん主演の法医学ミステリー「アンナチュラル」(放送は2018年1月~3月)。大ヒットした米津玄師さんの「Lemon」はこのドラマの主題歌でした。

ドラマの舞台は、架空の組織「不自然死究明研究所(UDIラボ)」。法医学者・三澄ミコト(石原さとみ)をはじめとするUDラボのプロフェッショナルたちが、「不自然な死(アンナチュラル・デス)」を遂げた遺体の謎を究明していくというストーリーです。

話題になったのは、第1話「名前のない毒」。このエピソードで取り上げられていたのが、MERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスでした。あらためて見返してみると、画面で展開される風景が、2020年の日本のリアルな風景と本当によく似ていて驚かざるを得ません。

第1話「名前のない毒」の展開が2020年の現実とシンクロしてて戦慄。(C)TBS

PCR検査法や「濃密な接触」も登場

年老いた両親が、原因不明の死を遂げた息子の遺体の調査をUDIラボに依頼するところから物語は始まります。彼と一緒に仕事をしていた女性も謎の死を遂げていました。ミコト、臨床検査技師の東海林夕子(市川実日子)、記録員の久部六郎(窪田正孝)の3人は、薬毒物死を疑って詳細な検査を行いますが、死因の毒物がどうしても特定できません。

冒頭の会話は夕子と六郎によるもの。まったく未知の新しい成分の毒物は誰にも検出できないので、「名前のない毒」を作り出せば人は殺し放題、という意味です。

調査が行き詰まる中、死亡した本人に海外渡航歴があることが判明します。行き先はサウジアラビア。毒物死ではなく、MERSコロナウイルスの感染が死因だったのです。風邪の症状だと思っていたら急激に悪化し、急性腎不全と急性肺炎を起こして亡くなっていました(これは2012年に初めて報告されたサウジアラビアのMERSコロナウイルス感染者と同じ症状)。

UDIラボでMERSコロナウイルスを検査できないかとミコトが呼びかけると、スタッフのひとりが「PCR法での検出ならできますけど」と名乗り出るシーンがあります。これは新型コロナウイルス問題で多くの人が知ることになっPCR検査法のこと。物語の最後には15分で判定できる「イムノクロマト法」を使ったMERSコロナウイルスの検出キットが登場しますが、3月12日に繊維メーカーのクラボウがこの手法を使った新型コロナウイルス検査キットの発売を発表して話題を呼びました。

また、亡くなった男性の恋人・馬場路子(山口紗弥加)が男性と「濃密な接触」をしていたのにもかかわらず、MERSコロナウイルスに感染していなかったことがドラマの鍵になっていました。これは「濃厚接触」がキーワードとなった新型コロナウイルスのことを見事に予見しています。

 

「コイツのせいで被害拡大」「名前と住所さらすべき」

ここから物語は怒涛の展開を見せます。日本国内で初めてMERSコロナウイルスの感染が見つかったことが報じられると、街の人々はこぞってマスク姿になり、建物に入るときはアルコール消毒を行うようになります。テレビからは専門家が「手洗い、うがいを欠かさないように」と呼びかけ、MERSコロナウイルスで亡くなった男性が勤めていた会社では大規模な消毒が行われていました。

国内で感染が広がるとともに、テレビのワイドショーでは亡くなった男性を「犯人」のように扱い、関西弁の司会者が「おかげで日本中、大パニックですから!」と糾弾。またたく間にSNSでは「コイツのせいで被害拡大」「歩く細菌兵器」「名前と住所さらすべき」などの罵詈雑言があふれかえります。書かれている言葉がとてもリアルで、胸の奥が重くなります。

SNSが過熱するのと呼応するように、大勢のマスコミが男性の葬儀に押しかけて彼の両親に謝罪を迫ります。マスコミは人々の欲望に忠実に応える装置であることがよくわかるシーンでした。誠実な両親は、頭を下げて詫びることしかできません。

どれもこれも、どこかで見たことのある光景ばかりです。街の人々がマスク姿になる場面もさることながら、SNSでの感染を広めたとされる人物に対する罵詈雑言やマスコミの過熱報道ぶりなども現在の状況とまったく一緒。劇中では男性の名前から「高野島ショック」と呼ばれていましたが、現在は新型コロナウイルスに特定の地名をつけて呼ぼうとしている人々が少なからずいるようです。

 

ウイルスよりも怖いもの

その後、男性が大学病院で健康診断を受けていたことが判明、大学病院で感染者が発覚し、パニックはさらに拡大します。しかし、ミコトたちの調査によって、男性が中東から持ち帰ったMERSコロナウイルスの感染を広げたのではなく、大学病院で院内感染していたことがわかります。大学病院では少なくない人数の患者が不審死を遂げていて、その死因は隠蔽されていたのです。

あくまで被害者であると主張する大学病院の院長に、ミコトは毅然とこう言います。

「ウイルス漏れを隠すことは、名前のない毒をばらまくのと同じことです。死ななくていい人が大勢死んだ。……せめてこの先は賢明なご判断を」

ミコトは正義のヒロインではありません。彼女の役割は、専門家として客観的なデータを積み上げて提示すること。最終的な判断は院長に委ねています。結局、院長は会見を開いて全面的に非を認め、男性の名誉は回復されました。

このエピソードで描かれていたのは、MERSコロナウイルスというウイルスの怖さではなく、「人の怖さ」でした。パニックを起こし、SNSを使って人を攻撃する。大勢の人が死んでいるにもかかわらず、事実を隠蔽する。いずれも人の悪意にもとづくもので、場合によっては人を死にまで追いやります。これこそが「名前のない毒」なのです。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大を通して、私たちがより感じているのも、病気そのものの怖さではなく、「人の怖さ」なのではないでしょうか。風評や噂、不安、怒り、差別、隠蔽、誹謗、中傷……。単にMERSコロナウイルスに関する描写と現実の新型コロナウイルスに関する描写が一致しているというだけでなく、未知のウイルスがあぶり出す人々の醜い心と行動を描いていたから、このドラマが「現在を予見している」と話題になったのでしょう。

 

 『アンナチュラル』を今観るべき理由とは?

先入観や偏見、自分に都合の良い物語にとらわれず、客観的な事実とデータを積み上げてフェアな視点で分析・検証することが大事だという主張は、『アンナチュラル』全話を通して強く訴えられている大きなテーマです。

新型コロナウイルスの問題が収束のきざしを見せず、何かと不安になりがちな今、あらためて観るべき作品ではないでしょうか(Paraviで全話公開中)。

なお、緻密な調査に裏付けされた、海外ドラマ顔負けの二転三転するスリリングなストーリーをつくり上げたのは、脚本の野木亜紀子さん(『逃げるは恥だが役に立つ』『獣になれない私たち』など)、監督の塚原あゆ子さん(『中学聖日記』『グランメゾン東京』など)、プロデューサーの新井順子さん(『リバース』『わたし、定時で帰ります』など)という女性スタッフたちでした。この3人は4月スタートのドラマ『MIU404』でもチームを組むので、こちらも楽しみに待ちたいと思います。

 

Paravi
「アンナチュラル」

https://www.paravi.jp/title/19695

ライター。「エキレビ!」などでドラマ評を執筆。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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