新型コロナ感染拡大 医療崩壊させないために私たちにできること
社会経済機能の制限に踏み込み始めた政府
政府は2月25日、新型コロナウイルス感染症対策の基本方針を決定しました。ポイントは次の三つです。
(1) 流行の早期収束を目指しつつ、患者の増加のスピードを可能な限り抑制し、流行の規模を抑える
(2) 重症者の発生を最小限に食い止めるべく万全を尽くす
(3) 社会や経済へのインパクトを最小限にとどめる
26日には、安倍首相が「多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期または規模縮小等の対応を要請する」と一歩踏み込みました。
27日にも、安倍首相は、全国すべての小中学校や高校、特別支援学校で3月2日から春休みに入るまで臨時休校するよう要請する考えを示しました。政府の基本方針の中の「感染拡大防止策」の項目の「今後」の施策として挙げられていたものを前倒しで全国一律に突如要請したものです。
感染者が確認されていない地域でも一律に社会機能を制限することを求める政府方針を受け、看護師が出勤できずに医療機能を制限することを考えざるを得ない病院が出てくるなど新たな課題が生じています。そんな中、都道府県別で感染者が一番多い北海道では知事が「緊急事態宣言」として、週末の外出を控えるように要請しました。
これらをきっかけに、新型インフルエンザ対策の検討でも恐れられていた社会の混乱が起き始めています。
現在の感染者数・患者数は地域で大きな差
厚労省が28日正午現在の感染者を公表しています。数字には発症している「患者」と発症していない「無症状病原体保有者」がいます。国内で確認された感染者は210人。内訳は患者が191人で、無症状病原体保有者が19人です。クルーズ船は別集計されており、感染者が705人いますが、このうち無症状病原体保有者が延べ392人です。
都道府県別で国内で確認された患者数が一番多いのが、北海道で、東京都や愛知県を上回っています。一方で、外国人旅行客が多かった大阪府や京都府、沖縄県などは一桁台で、患者が確認されていない都道府県もあり、地域によって状況に大きな差があります。
そこで新型コロナウイルス感染症の病気の実像と、医療現場でいま何が起きているのか、27日夜、大曲医師にインタビューしました。
病気としての幅がすごく広い
――患者を診てきた第一線の医師として、新型コロナウイルス感染症についてわかりやすく説明してください。
大曲医師(以下、大曲): 恐らく大多数の人は風邪で終わります。のどが痛いという人が多いですが、鼻水が出たり、微熱がでたりします。3~4日、長くても1週間ぐらい微熱が続いて治る人が一番多いと思います。
今まで治療をしてきたり、中国の治療データをひもといてみたりすると、病気としての幅がすごく広いことがわかります。例えば、検査が陽性でも発症しない人もいますし、少し熱が出るぐらいの人もいます。風邪の症状のピークは一般的には3~4日目ですが、新型コロナウイルスの場合、だらだらと症状が続き、1週間か10日ぐらいで治っていく人がいます。
また、3~4日過ぎてから咳が出始める人がいます。胸部レントゲンでは正常でも、胸部CTを撮ると肺炎であることがわかる人がいます。一般の医療では、そんな軽い風邪の人に胸部CTを撮るようなことはしないので見つかりにくいと思います。このような人は、症状が出始めてから収まるまで2週間、長い人だと3週間ぐらいかかります。
――重症患者はどのような経過をたどるのでしょうか。
大曲: 入院患者の中には、呼吸の状態が悪くなって酸素吸入が必要になってくる人がいます。おおむね50歳未満の人は一時的に酸素吸入が必要でも、自然と良くなっていきますが、それより上の世代だとなかなか良くならない人がいます。70代や80代の人は、医師が「肺炎だな」「酸素が必要だな」と思ったときから24~48時間で一気に呼吸状態が悪くなって人工呼吸器につないで生命維持をしなくてはいけなくなったり、それだと肺が持たないので人工心肺で呼吸を保ったりする人がいます。WHO(世界保健機関)は、「患者の8割が軽症」と言っています。
――日本感染症学会も政府も、基礎疾患がなかったり、妊婦でなかったりする人たちは、静養して4日目になっても発熱が下がらない場合に病院に行こうと呼びかけています。
大曲: そこがポイントの一つです。見た目は軽症ですが、のどのウイルス量を調べてみると結構多い人がいます。ということは、見た目では軽いものの医学的な理屈からすれば十分他人にうつしうるということです。だから、4日間は自宅から外出せず、静養していて欲しいということなのです。
風邪の人全員が押し寄せたらパンクしてしまう
――国立国際医療研究センターの総合感染症科の外来では他の医療機関から蓋然性の低い患者が紹介されてきたり、ウォークイン(紹介状なしで来ること)で来たりする患者が増えているそうですね。
大曲: 医療機関として信用があることはうれしいことですが、みんなが風邪をひいたとき、病院に押し寄せたらどういうことが起きるか、考えてみて下さい。まず医療スタッフがパンクしてしまいます。もう一つは、病院に来ることによる感染リスクをよく考えて欲しいと思います。
たとえば、2月下旬のある日、不安から総合感染症科の外来に来た人が10人いました。そのうち新型コロナウイルスの感染者は1人でした。比率は低いのですが、それだけの問題ではありません。当病院では、患者がどんな病気かわからないので、患者同士で病気をうつさないようにするため、一人一人をパーティションで区切っています。しかし、どこの医療機関でもそれができる環境にあるわけではありません。病院に来たためにはずみでうつされることが起こりうるということです。
病院が混雑すれば混雑するほど、感染リスクは高まります。これは、MERS(中東呼吸器症候群)のときに韓国で起こったことです。救急外来がものすごく混雑し、そこで咳をする若い患者がいました。ひざがぶつかるか、ぶつからないかぐらいの待合室の距離の中で感染者が増えていってしまったのです。
――日本の感染症指定医療機関で、いま何が起きているのでしょうか。
大曲: 一つは軽い患者が外来に押しかけています。もう一つは、症状のあるなしにかかわらず、PCR検査で陽性になった人は感染症指定医療機関に入院しているので、感染症病床が埋まってきています。そこで起きているのが、人手不足の問題です。
患者の中でも、肺炎があるとか、人工呼吸器が必要だとか、さらに人工心肺が必要だとかということになると、とても多くの医療スタッフが必要になります。武漢からチャーター機が日本に戻ってからこの状態が続いています。現場の医療スタッフには疲れもたまってきています。
――大曲さんが今、感染症指定医療機関に「多大な負荷」がかかっていると訴えている背景について教えて下さい。
大曲: 「少し発熱があったら『コロナかもしれないのでうちの医療機関では診られません。国際医療研究センターに行って下さい』と言われた」という患者が押し寄せてきているということです。「コロナ疑いの患者は診ません」という病院や診療所もあるのが現実なのです。
私の病院に来る人たちには、自分で探してきたり、2~3カ所の医療機関で断られたりしてウォークインで来院する人もいれば、一度どこかの医療機関を受診して紹介状を持ってくる人もいます。紹介状を見ると「肺炎です。コロナの疑いです」と書いてあります。私たちが診察すると一般的な肺炎だと思うのですが、一般の医療機関や市民の中に、肺炎=コロナ、風邪=コロナというイメージが強いことがうかがえます。
SNSを通じた怒りや感情の渦で社会が動かされてしまっている
――うわさや非科学的なことがネット空間に出回っています。特にネットから情報を得る若い人はそういう情報に左右されてしまいます。今までの感染症と違う状況だと思います。
大曲: スマートフォンやSNSの普及が大きく影響していると思います。情報が入手しやすいし、自分が見たい情報しか見ない時代です。フェイクニュースという言葉がありますが、情報が無秩序に入ってきます。また誰でも情報を出せる時代です。それが2009年の新型インフルエンザのパンデミックと違うところです。
新型インフルエンザのときも大騒ぎになったと思いますが、今回のように人々が感情的にならなかった印象があります。
スマホの画面の文字を見て激高したり、感情的になってすぐ行動したり、すぐSNSに投稿やリツイートしたりする人が目立つと感じます。たかが文字情報ですが、スマホによるSNS時代は、人の感情をぐいぐい探って怒りや不安の渦を作っていきます。今回はそれで社会が動かされてしまっていると感じます。
カラオケ、居酒屋の個室、会議室での集まりに注意
――重要なのは、地域クラスターでの感染拡大があったとき、地域の一般の医療機能をダウンさせないことだと思います。私たちがやらなくてはいけないことは何ですか。
大曲: 今回の感染症が特殊なのは、人が密集したところに患者が入り込むと、10人、20人があっという間に感染していくということです。閉鎖された空間、例えばカラオケボックス、居酒屋の個室、会議室。手が届くような距離でわいわい話すようなところです。
――それは韓国で今起きていますね。
大曲: 韓国はメガクラスターでの感染拡大が起きています。それを日本で起こさないようにするのが、今の日本で一番重要なことだと思います。
――共働きの時代です。医療機関は看護師をはじめ女性スタッフが多い職場でもあります。保育園や学校が休みになると、通常の医療も含めて人員が回らなくなる恐れがあるのではないでしょうか。
大曲: 医療機関や社会にきしみは出てくると思います。少ない人数で社会機能をどう維持するのか、考えざるを得ないと思います。社会活動をミニマムに絞り、延期できるものは延期するといったことをせざるを得ないと思います。東京都内の保育園や幼稚園、学校が一斉に休みになると、国際医療研究センターの看護師のうち、相当数の職員が仕事を休まなくてはいけなくなるでしょう。今の時代は男女平等なので、若い男性医師が休むこともあるでしょう。そうすると働き手がぐっと減って、できることが限られてきます。身の丈に合わせて社会活動をするしかないと思います。
プロフィール
大曲貴夫(おおまがり・のりお)
国立国際医療研究センター・国際感染症センター長、総合感染症科科長
厚生労働省 厚生科学審議会 感染症部会委員
日本感染症学会専門医、インフェクションコントロールドクター
おしらせ
インタビュー完全版は、朝日新聞のweb「論座」で読むことができます。(telling,は抜粋版です)
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【編集部注】この記事では、患者が必ずしも肺炎を発症しているわけではないことから「新型肺炎」という表記はせず、「新型コロナウイルスの感染」などの表記をしています。