専門家がやさしく解説

新型コロナウイルスの不安、怒りに振り回されないためにできること

日本の新型コロナウイルスの感染拡大は13日、感染拡大している地域への渡航歴のない患者が東京都や千葉県、神奈川県、和歌山県で確認され、日本感染症学会が先日発信したメッセージ「すでに市中で散発的な流行が起きてもおかしくない状況」の現実味が増してきました。市民の間にも不安が募り、中国・武漢から帰国した人やクルーズ船の乗客らは長期にわたる経過観察を余儀なくされています。オーバーシュートが危惧され、終息の糸口が見えない中、私たちは感情をどうコントロールしていけばいいのでしょうか。日本アンガーマネジメント協会トレーニングプロフェッショナルで、精神看護専門看護師である横浜市立大学医学部看護学科の田辺有理子講師に聞きました。

不必要な怒りに振り回されない

 ――市民はストレスを抱えた生活を余儀なくされています。特に、狭い部屋で経過観察期間を過ごさなくてはいけない人はなおさらです。自分の怒りをコントロールして経過観察期間を過ごしたり、市民生活を送ったりするためにはどうしたらいいのでしょうか。

 田辺有理子講師(以下、田辺): アンガーマネジメントは、怒りに振り回されて怒ってしまったことを後悔しないようにするための心理トレーニングです。怒らないようになるためのものではありません。怒っている人をなだめたり、静めたりすることと勘違いしている人がいます。しかし、世の中で起こることはなくせないので、自分が不要な怒りに振り回されないことを目指すと考えるとよいと思います。

新型コロナウイルスを巡る一連の出来事では、経過観察をされている人はストレスがたまると思います。狭い部屋で「何で自分はこんなことになっているんだろう」と考えるでしょうが、感情の表出の仕方は人それぞれ違います。

最初はチャーター機での帰国者、次はクルーズ船が注目されていますが、もっと身近なところでも問題は起きています。宿泊施設のスタッフに「何で中国人が泊まっているんだ」とクレームを付ける人がいます。飲食店でも町中でも、近くに中国人がいるだけで嫌悪感を示す人もいます。感染していない人たちでも、そのような怒りをクレームという形でぶつけるのです。

不安があるのは分かりますが、その表現は上手ではありません。クレームを受ける側もストレスがたまります。

 ――怒りをぶつけてしまう人はどのように自分をコントロールすればいいのでしょうか。

 田辺: 怒りをぶつけてしまう人は、本来向けるべきところではないところに怒りを表出してしまっている人たちです。怒りは、2次感情といわれ、背後には1次感情が見え隠れします。新型コロナウイルスの件で言えば、“不安”が大きいでしょう。どうしたらいいかわからないので、不安をかき立てられてしまうのだと思います。そうすると、街を歩いているだけで危ないのではないかと思ってしまう人が出てきます。

ニュースをみて、あるいは飲食店や電車のなか人混みで、イライラする背景には、見えないウイルスへの恐怖や感染への不安が大きいと思います。自分が不安なのだと気付いたり、言葉にしてみたりすると、それは怒りで表現する必要のないことかもしれません。

横浜港の大黒ふ頭に停泊するダイヤモンド・プリンセス号=2020年2月13日、岩崎賢一撮影

 衝動的な対応が失敗を招く

 ――今回の場合、1次感情は“不安”だということですか?

 田辺: 怒りは2次感情で、怒りの背後に隠れている1次感情が今回の例でいえば怒っている人の背後には不安や恐怖があるという人も多いと思います。自分や身近な人が感染したらどうしようという不安から、関連のニュースを読みあさり、対策にヤキモキする人もいると思います。

ほかにも仕事に影響が生じる、予定の変更を余儀なくされることで「困惑」する、あるいは楽しみにしていたイベントが中止になって「残念」「落胆」などがあります。

 ――経過観察をしている人に、仕事としてサービスを提供している人たちもいます。彼らにもストレスはかかりますよね。部屋で待機させられている人たちとの間でちょっとした言葉の行き違いなどから感情があらわになることもあるのではないでしょうか。

 田辺: ストレスの高い状況においては、気持ち余裕がなくなります。実際、売り言葉に買い言葉で失敗する可能性が誰にでもあります。状況がみえないなかで質問攻めにあう、忙しいところに様々な要求がくる、ときには怒りをぶつけられたりして、「俺たちだって大変な思いをしてやっているんだ」と勢いで言いたくなる場面もあるかもしれません。災害現場などでも混乱のなかで「自分たちだって寝ていないんだ」と言いたくなるようなときがありますよね。しかし実際に感情的に対応してしまえば、後で職員としての対応がまずかったと自分を責めることになりかねません。

アンガーマネジメントのポイントは、「衝動」と「思考」と「行動」をどうコントロールできるかにあるとも言えます。この衝動のコントロールは、まさに売り言葉に買い言葉にならないようにということを意味しています。

中国からの帰国者に不安を感じてしまう

 ――その場ですぐ返さないということですか。

 田辺: 感情にまかせて反射的に言い返しそうになったときに、ちょっとこらえることができれば、冷静に言葉を選んで対応できます。

こうしたことは日常生活の中でもあります。仕事でも、子育てでも、あおり運転もそうです。ちょっとしたきっかけでプチンと切れてしまう人がいます。「つい」「かっとして」「いらっとして」とか、「頭が真っ白になって」とか。まさに「衝動」の部分です。そういうときに、ちょっと冷静になって対処することが大切です。

冷静になって考えてみると、怒る必要のないこともあるものです。

不安やストレスで涙が出てしまう

 ストレス対処法の引き出し多いことが大切

 ――ストレスや不安から心身の体調を崩すことがないように、部屋で待機するよう言われている人たちと、対応する人たちはどう感情をコントロールすればいいのでしょうか。

 田辺: 突然生活を制限された人も、緊急で対応しなければならない人も、大変な状況のなかではイライラしやすくなる、いわば怒りがわいてくることは、自然なことだと思います。しかし、同じ状況でもコントロールできる人とできない人がいます。「これは自分自身の不安なのだ」と気付けるかどうかで目の前の人に対する対応が変わってくると思います。

 例えば、市中のレストランで食事をして、隣向こうのテーブルに外国人がいたというだけで店員を呼びつけてクレームを付けるとか、無関係な人を排除しようとするのは違うんじゃないかと自分自身で気付けるようになることです。

私はいま不安だから、外に出るのを少し控えよう、といった思考ができていればいいと思います。

イメージ写真

 ――保育園に子どもを預けて共働きしている若い世代の中には、不安を募らせたり、不正確な情報に振り回されたりしている人がいます。

 田辺: 実際にマスクは咳エチケットとしての拡散防止はあったとしても、予防効果には疑問符が付けられています。子どもはどうしてもマスクに触ってしまうし、大人でもマスクがあごにずれて、鼻が出ている人がいます。マスクをすることを重視するのは、親の不安からきていると思います。マスクは1回外した時点で捨てないといけません。そうしたことを幼い子たちに強いるのは不可能ですし、ストレスになってしまう子どももいるでしょう。いつもより丁寧に手を洗うなど、多くの情報のなかから自分にできる対策を見極めることも必要です。

幼稚園、保育園での不安

 ――いくら水際対策を強化しても鎖国はできないし、無菌状態の社会に生きることもできません。

 田辺: 日ごろから、ストレスの対処法をたくさん持っている人は、柔軟に対応できるのではないでしょうか。いまなら人混みに出かけるのが不安だと思えば、じゃあ外出しないで本を読もうか、などと今そこでできることを考えるでしょう。ストレス発散法が出かけることしかないという人は、部屋から外に出られないとストレス対処法がないことになります。ストレス対処が上手な人はバリエーションをいくつも持っています。好きな飲み物や食べもの、音楽でも、ゲームでも、自分にとっての息抜きや楽しみの選択肢を増やしておくと良いと思います。

エスカレーターへの不安がある

 情報統制できない時代だからこそ必要なこと

 ――現代は、誰でも情報を発信できるSNSの時代です。匿名でも自分の気持ちを吐露することができます。

 田辺: 匿名で誰かを攻撃して怒りを発散する対処法は、自分が安全なところにいて他人を攻撃できるので手軽かもしれませんが、他人を傷つけながら自分の感情をコントロールしていくので長期的に見れば発散する側にとっても不健康だと思います。感染症に限らず、どんなニュースに対しても同じだと思います。

終息するまでに時間はかかります。とりあえず毒を吐いて発散すればいいと考えるのではなく、自分ができることを冷静に考えられるようになることが必要だと思います。

SNSで感情を発信してしまう

プロフィール

 田辺有理子(たなべ ゆりこ)        

横浜市立大学医学部看護学科講師

精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会トレーニングプロフェッショナル

田辺有理子(たなべ ゆりこ) 横浜市立大学医学部看護学科講師 精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師 一般社団法人日本アンガーマネジメント協会トレーニングプロフェッショナル

看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。看護師のメンタルヘルス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントを活用した研修を提供している。イライラをマネジメントして、いきいきと働き続けるためのコツを紹介する。

著書:『イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ』(中央法規,2016)ほか。

おしらせ

インタビュー完全版は、朝日新聞のweb「論座」で読むことができます。(telling,は抜粋版です)

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※厚生労働省の新型コロナウイルス感染症に関するページ

※日本感染症学会―水際対策から感染蔓延期に移行するときの注意点(2月28日)

※新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(2020年2月25日)

医療や暮らしを中心に幅広いテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクターやweb編集者を経てノマド中。withnewsにも執筆中。