本という贅沢94『最後の講義 完全版 西原理恵子』(西原理恵子/主婦の友社)

「正論」が飛び交う今だからこそ、えげつなくても生き残れる本が読みたい

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。3月のテーマは「女性を元気づける本」。今回とりあげるのは、綺麗ごと抜きで女性の「サバイブ術」が語られた本。飛び交う「正論」に消耗しがちなご時世だからこそ、こんな本を開いてみるのもいいかもしれません。書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢94『最後の講義 完全版 西原理恵子』(西原理恵子/主婦の友社)

『最後の講義 完全版 西原理恵子』(西原理恵子/主婦の友社)

やっほー! みんな元気ー? 今日も明るく朗らかに一日過ごしてますかー?

こっちはまったく元気じゃないよー♪ 髪の毛の先から足の爪先までどっぷり疲労だよ。いやいや無理でしょ。息してるだけで疲れるよね、この状況。

とはいえほら、今月は国際女性デーがあったから、女子をエンパワーメントする本を紹介してくださいね♡とか言われているんです。
だから、いろいろ読んだよ。女子を元気にしてくれそうな本。今月かれこれ10冊は読んだ。
でもね、あのね、ごめんなさい。何ひとつ、頭に入ってこない(笑)。

なんかこう、きんきん大きな声で正論や正論ぽいことがたくさん飛び交っているときって、お腹いっぱい耳チャックになっちゃうんですかね。
いいこと書いてある本や、考えさせられる本の中身が、もう、ぜんぜん脳みそに入って来ない。
いまは多分、脳が不急なことについて考える分野の処理能力を落としているんだろう。これもおそらく生存本能。

で、2時間くらいふらふら書店を歩いて、やっと! やっと見つけました。いまの気分にぴったりの本。

西原理恵子さんが、大学生に向かって語った講義録。「今日が最後だったら、何を語るか」、のテーマで、NHKで放送されたやつの完全書籍化版。

あー、こういうの。こういうの、読みたかった。

この講義録、サブタイトルは「女の子の人生で覚えていてほしいこと」。そして、こんな書き出しで始まります。

私は今までいろんな悪いこと、下品なことをマンガに描いて、それでお金を稼いできました。
(中略)
裏街道からたたき上げてきたおばちゃんが言いたいのは「真面目で素晴らしい人間になりましょう」とか「人としてあるべき理想の姿はこうです」とかいうことではなくて、「こういうときは逃げたほうがいいよ」とか「こういう場合はさっさとやめたほうがいいよ」とか、そういう危機回避の方法をちょっと覚えてほしいなということ。

あー、そうだ。こういうやつ。いま必要なの、こういうやつ。
そうだよ、まじで、なるべく病まず生き残るのが一番大事だよね。

西原さんの言葉は、いつもずるくて強くて好き。

  • 女の若さは40年で2億円→0円に下落する資産価値。そこに頼ると大変なことになる。
  • プライドで飯は食えない。エロも描くし一流である必要もない。
  • 正論言っても聞いてもらえないおじさんには、バレないように嫌がらせすればいい。
  • 絶対につぶれない会社に勤め、病気も浮気も暴力もしない男は一人もいない。
  • 女は嘘をついてなんぼ。自分の身は自分で守れ。
  • お金がなければ男を捨てられない。何があっても働くことをやめないで。

身も蓋もないし、ゲスいし、えげつない。
正直言うと、2017年に大ヒットした西原さんの、『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』(小学館)を読んだときは、「そんなに女子の生活ってシビアかなあ。日本で生きることってそんなに危ないんだっけ?」って、あまりピンとこなかった。

でも、ここ数年で、若い女の子たちと話す機会が増えて、ああ西原さんが提唱されてきた極論(と思っていた)、すなわち「脇道、近道、抜け道を行け」が、いまだいぶメインストリートになってきているなという気がする。それくらい、ちょっと世の中、危なくなってる。サバイブ能力がないと生き残れない、という気がする。

この本でくり返し書かれているのが、「女性の自立」についてです。
それで思い出したのが、数年前にした取材のこと。

ある勉強会に通っている30代の女性6人に話を聞いたのだけど、そのうち5人は「ダンナと別れたいから経済力をつけたい」が、資格取得の理由だった。中には「今はどんなに浮気をされても見て見ぬ振りしかできない」と言った2児の母親もいた。地獄の沙汰も金次第というけれど、離婚の沙汰も金次第なんだな。女性たちの切実事情を見た。

一方、その数日後、あるランチ会に呼ばれて行ったときは、その席についた女性6人全員が離婚経験者だった。シングルマザーは3人。私をのぞく5人の女性の年収を合計したら軽く1億は超えていただろう。「もう結婚はこりごり」という女性もいたが「近々子連れで再婚を考えている」という人もいた。みんな人生、楽しそうだった。

別に、稼げるなら離婚できるとか、稼げないから離婚できないとか、そんな単純なことを言うつもりはない。
ただ、自分の人生を自分で決められること。その選択肢を持てること。そこには、否応なくフィジカルとメンタル、両方の自立が必要になる。
身も蓋もないとかゲスいとか、そんな綺麗ごと言ってる場合じゃない。もっとずるく強くたくましく生きていっていいんだな。

そんなふうに思った本だったよ。

誰かに人生の舵を渡してたまるか。

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西原さんの作品では『パーマネント野ばら』(新潮社)が大好きです。切ないの。
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それではまた来週水曜日に。

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

・「モテ期」とは、これいかに。服も恋も、「とりあえず試着」が良い理由(尾形真理子/幻冬舎文庫/『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』)
恋愛で自分を見失うタイプの皆さん。救世の書がココにありましたよ!アミール・レイバン、レイチェル・ヘラー/プレジデント社/『異性の心を上手に透視する方法』

・人と比べないから楽になれる。自己肯定感クライシスに「髪型」でひとつの解を(佐藤友美/幻冬舎/『女は、髪と、生きていく』)

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。