Dr.尾池の奇妙な考察 29

【Dr.尾池の奇妙な考察 29】プラセンタに見た人間を美しくするメカニズム

化粧品の開発で、それまで縁のなかった「女性の美」について考えるようになった、工学博士であり生粋の理系男子である“尾池博士”。最後は美について考えるようになったきっかけについて。プラセンタに見た美のメカニズム。美の世界一根本的な質問に答えます。

●Dr.尾池の奇妙な考察 29

なぜか競い合う成分

「ヒアルロン酸」「プラセンタ」「幹細胞培養液」「プロテオグリカン」

日頃、何気なく目にする商品や広告。「へー、そんなのがあるんだ!」という素朴な驚きもあれば、強い自己主張にややぎすぎすした雰囲気を感じることもあります。

商売なので当たり前ですが、伝わってくるのは「競争」。
それも成分の競争です。

本来は生物の中で一体となって混ざり合っている成分や機能がばらばらに分解され、人間の代わりに対抗し合っている、ように見えてしまう。

なんとなく不思議な世界だと、遠目に眺めていました。
まさか自分がどっぷりその世界に入門してしまうなどとは想像もせず。

水処理技術を研究していた私が、なぜ化粧品に足を踏み入れることになったのか。そのきっかけは、所属していた会社の倒産でした。

自分を見失う

2014年、私は会社の倒産で一時的に価値を失った特許を安く買い取り、同僚と新しい会社を作りました。

それはいままで取り出せなかった栄養素を細胞から抽出する新しいフィルター技術で、まだいろいろな材料の抽出実験をしている最中でした。

フィルターに通す材料は食品原料、化粧品原料、医療、香りなどいろいろあり、試作品の中でも一番利益につながりそうな胎盤細胞から抽出したプラセンタ(胎盤)原液を化粧品メーカーに売る下請会社でした。

しかし現実は甘くはなく、半年もたたないうちに今度は自分が作った会社が傾きはじめました。コスト高のため他社品に比べると5倍以上の高値になり、思っていたほど売れなかったのです。

ただその頃の私は逆に、プラセンタ原液にますます自信をつけていました。

プラセンタってなにがすごいの?

肌を美しくする化粧品・医薬部外品をつくるためには「成分」が必要ですが、それと同時に「鮮度」「活性」にも注意を払わなければなりません。

成分とは肌が必要としている「多糖類」「たんぱく質」「脂質」「アミノ酸」「ミネラル」「酵素」「ホルモン」といった栄養素です。

それらを肌へ届けるには「ナノ粒子」の形態を保っていなければなりませんが、鮮度が落ちていると変性や凝集を起こします。

活性とはたんぱく質の「立体構造」や多糖類との「結合状態」のことです。

プラセンタは、注意深く扱えば、成分、鮮度、活性の3つを保つことができます。
私はどの化粧品原料メーカーにも負けないようにこの3つの品質を高めました。

しかし私の勝手な期待とは裏腹に、売れません。
自分なりに説明しても「難しい」「他社品との違いが分からない」と言われました。

成分がすごいのではなく、つながりが大切

私はその時すでに冒頭の「成分競争」にはまっていたのだと思います。
本来は協調し合うべき成分がバラバラに分解されて、ただただ自己主張だけをぶつけ合う世界。違和感しかなかったその世界に、気が付くと自分が染まっていました。

「EGF(上皮成長因子)」という成分をご存じでしょうか。
プラセンタに含まれ、「肌細胞を活性化する」とされているものです。
いつしか私自身も成分競争に囚われてしまい、EGFだけでプラセンタを見てしまっていました。
本当にそうなのか? 肌細胞はEGFを中心に回っているのか?

そんな単純なわけがありません。

たとえば「肌の弾力」だけをとっても、こんな具合です。

「多糖類(スクロース)」は水分の三次元構造を安定化させ、不安定な「たんぱく質」も安定化させます。しかし決して糖類がたんぱく質を一方的に助けているわけではなく、糖類だって細胞表面のたんぱく質を頼りにまんべんなく広がり、肌全体の細胞外マトリックスをさらに強固にします。だから肌が弾力を持つのです。

ちょっと専門的な話になってしまいましたが、あらゆる成分が、絶妙なバランスで、相互に影響し合って役割を果たし、ようやく機能性を発揮します。

つまり、プラセンタに含まれるさまざまな成分の価値もプラセンタだけでは表現できないということ。

また、プラセンタはサプリのように飲んでもあまり効果が見込めません。注射を使って皮膚組織を作る場所へ直接届けることがもっとも効果的ですが、打ち続けなければならないことを考えると肌への負担が大きすぎます。

もっと大胆に視野を広げるべきだと考え、私は自分で化粧品を作ることにしました。

目指したのは「プラセンタの連携活動を邪魔しない化粧品」です。
洗いすぎない純石鹸をベースに洗顔フォームを作り、プラセンタの鮮度を守れる消費期限のある化粧水を作り、プラセンタの活性の維持だけを目的にした美容液をつくり、肌の上で栄養素をリリースできる不安定な美容クリームを作りました。

開発中に、時々鳥肌が立つことがありました。
評価されたわけでもないのに、目の前で生まれようとしている価値は自信にあふれていました。評価は必要なくなりました。

若さだけが美しさなの?

この「プラセンタと連携できる化粧品」という考え方は幸いにも受け入れていただける方々が現れ始め、開発品は売れ始めました。しかもそれだけでなく、女性と美容について語り合えるという思いがけない恩恵まで授かりました。

telling,でこれまで紹介させていただいた話もユーザーの方々とお話させていただく中での気づきに基づくものです。

最後に、ユーザーの方から伺った世界一根本的な質問をご紹介します。

「プラセンタってすごいですが、なぜ赤ちゃんのための成分が、女性を美しくするのでしょうか。やはり若い方が美しいということなのでしょうか。そうだとするとプラセンタに頼るのは皮肉のようにも見えます。若さだけが美しさであることを認めてしまうようで」

私にはプラセンタを通して見えてきたことだけしか分かりませんが、少なくとも私が目にしたのは、単独で存在する成分ではなく、連携し合う複数の成分でした。

若さはたしかに分かりやすい美の要素ですが、若いうちはまるで単独で美が完結しているように見えます。それが分かりやすい自信にもつながっていますが、若さを失うと、その分かりやすい美は簡単にぐらつきます。

しかしプラセンタの価値は単独で完結していませんでした。プラセンタの中の多くの成分と同じように、プラセンタ自身も化粧品と連携して初めてその価値が活かされ、肌のハリを整え美しくしました。

母体が生み出す胎盤(プラセンタ)に始まる価値の連携は、もしかしたら生命活動にはじめから折り込まれているのではないでしょうか。

私たちの中に眠る価値も、おそらくは同じように、何かにつながった時はじめて機能し始めるのだと思います。それは単独で発揮できるほど単純なものではなく、つながりを得てはじめて輝きだす。複数の価値が複雑に連携し、ようやく動き始め、さらに次の美へのつながることによってのみ、初めて本来の輝きを得るのではないでしょうか。

美を巡る旅は、どうやら私にはもう手に負えないところまで来てしまったような気がします。

今回のまとめ

ヒアルロン酸、セラミド、プロテオグリカン。化粧品の広告で競い合う成分たち。本来は協調し合うべき成分が、なぜ競い合わなければならないのか。そこには特定の成分を強調しなければ売れないという化粧品業界の単純すぎる常識があります。疑念を抱く「私」は、単独の成分ではなく、成分同士の連携を活かせる化粧品開発に取り組む。共感を寄せてくれたユーザーの「しかしプラセンタに頼るのは皮肉ではないか」という質問にようやく答えのようなものを見出せたのは、プラセンタの外へ向けたつながりに気づかせてもらえたからだった。美も、次の美につながることで初めて本来の輝きを得るのではないか。

<尾池博士の所感>楽しい美の旅だった。でも帰ったらきっと言う。「やっぱり家が一番ねー」

(Dr.尾池の連載は今回で終了いたします。ご愛読、誠にありがとうございました。)

工学博士/1972年生まれ。九州工業大学卒。FILTOM研究所長。FLOWRATE代表。2007年、ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞受賞。2009年、PD膜分離技術開発に参画。2014年、北九州学術研究都市にてFILTOM設立。2018年、常温常圧海水淡水化技術開発のためFLOWRATE.org設立。
イラストレーター・エディター。新潟県生まれ。緩いイラストと「プロの初心者」をモットーに記事を書くライターも。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。
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