Dr.尾池の奇妙な考察 26

【Dr.尾池の奇妙な考察 26】乾燥を防いでくれるのは水なのか油なのか

化粧品の開発で、それまで縁のなかった「女性の美」について考えるようになった、工学博士であり生粋の理系男子である“尾池博士”。冬の乾燥は一年で一番の大敵。頼りになるのは水なのでしょうか、油なのでしょうか。それとも第三の成分?

●Dr.尾池の奇妙な考察 26

女性を守る成分

気温が徐々に下がり始めて、街の装いがクリスマスへと近づいてきました。寒いのは辛いですがイベントも増えてくるので冬が好きな人は多いと思います。私も好きです。

乾燥さえなければ。

そもそもなぜ気温が下がると空気が乾燥するのでしょうか。気温が下がると空気がため込むことのできる水蒸気の量が少なくなります。特に夜間にぐっと気温が下がると、空気中の水蒸気は結露して失われます。

その状態で気温が上昇すると空気はカラカラになり、そこら中の物質から水分を奪い始めます。もちろん肌からも。喉が渇くので、水を飲むことになりますが、胃に入った水分が肌に到達するのは体の中でも最後です。

だから肌には外から水分補給する必要があります。しかし困ったことに日中の肌は油分でガードされています。油分は肌の水分の蒸発を防ぐものですが、同時に水分の侵入も妨げてしまいます。

水分をたくさんため込んで油でがっちりバリアーを張ると、いざ水分を補給したい時に吸収できない。しかし油分が足りないと水分が蒸発してしまう。水も油も女性を守る大事な成分ですが、性質はまったく逆。乾燥を防ぐには、いったいどちらを優先すればいいのでしょうか。

水と油は仲が悪い?

仲の悪い二人を指して、彼らは水と油だからと表現することがあります。

たしかに肌にもっとも水分が吸収されるのは油分を取り去った洗顔直後です。油分がなければ、肌はぐんぐん水分を吸収していきます。そして水分補給した後、油分をさっと塗り広げてフタをします。

しかしここで疑問が湧きます。なぜ水で満たされた肌に、油がすっと伸びるのでしょうか。仲が悪いはずなのに。実際に油分で覆われた後の肌は水をはじきます。なのに、洗顔後の肌は水も油もはじきません。考えてみるとそれは洗い上がりの髪も同じです。健康な洗いあがりの髪には水も油もすっと伸びます。

それは健康な肌の上には水でも油でもない「第三の成分」が広がっているからです。第三の成分とは、脂肪酸です。髪の場合は数種類のアミノ酸です。

水と油だけだと確かに仲が悪く、お互いにはじきます。しかし肌の上には水とも油とも仲の良い脂肪酸が広がっています。脂肪酸がそこにいてくれれば、水と油はどちらもそばに寄り添うことができます。髪の場合は複数のアミノ酸が協力して水と油の仲を取り持っています。

脂肪酸は水と油のキューピット

水と油の間を取り持つ脂肪酸。手にはOHとC。足元には常在菌

脂肪酸とは一体どんな成分なのか気になります。脂肪酸は水と仲の良いOH(水酸基)と、油と仲の良いC(炭素)を両方持っています。OHをたくさん持つほど強力に水を寄せ付け、Cをたくさん持つほどべとべとの油になります。

人の肌の脂肪酸の場合、OHは1個、Cは16~18個です。サイズを表す分子量は数万です。およそ10万以上が高分子に分類されますので、低分子と高分子のちょうど中間に位置する成分です。

OHが増えすぎるとじめじめして、Cが増えすぎるとべとべとしてしまいますが、脂肪酸はほどよく水を引き寄せ、油にもほどよく馴染むような性質です。さっぱりしているのにしっとりしているのが肌の脂肪酸の特徴です。生み出しているのは肌の上の常在菌で、彼らが皮脂を分解して、そんな丁度良い脂肪酸を作ってくれています。常在菌もきっと女性と同じで、水も欲しいけど、油分も欲しいのだと思います。

頼りになる友人

肌の脂肪酸はさっぱりしていて自己主張はあまりしません。だからでしょうか、私たちは普段、彼らの存在に気がつくことはありません。

そして水分を失いそうになった時、私たちはつい彼らに物足りなさを感じて、強い力を求めてしまいます。

もっとたくさんのOHで水を引き寄せなければいけないのではないか。もっと大量のCで肌を強力にガードしなければいけないのではないか。実際にOHとCを大量に備える高分子は水を強力に引き寄せ、強力にガードできます。しかもその二つの強い力は抗菌力にもなります。一見いいことずくめで、防腐剤無添加を謳う化粧品にこうした高分子成分をしばしば見かけます。

しかし高分子になればなるほど粘着性を持ち始めます。大量のOHとCはいつまでも肌の上に居座り、水と油の間で存在を主張し続けます。この保湿感は水と油ではなく自分が生み出しているのだと言わんばかりに。そしてその抗菌力は肌の脂肪酸を生み出してくれる常在菌にとってもつらい存在になります。肌の上の関係性が崩れていきます。

肌の脂肪酸は水と油が力を存分に発揮できるように寄り添い、自分は裏方にかくれています。粘着性が少ないので油分を簡単に拭き取ることができ、さっと水分補給した後、またすぐに油分を伸ばすことができます。その後のお化粧のノリがいいのも実は肌の脂肪酸のおかげです。さっぱりしていて普段は気がつきにくいですが、振り返ると、いつもそこにいてくれる。

洗顔後の肌、洗いあがりの髪に水や油がさっと広がれば、そんな友人のような成分が広がってくれている証拠です。スカートがまとわりつく肌やプラスチックのクシで静電気が起きる髪、梅雨時にスタイリングが崩れる髪も、実はちゃんと友人がいてくれているという健康の明かしなのです。友人成分がしっかりそこにいてくれれば、水と油は存分に力を発揮して、冬の乾燥から守ってくれます。

今回のまとめ

肌の表面に何気なく広がっている脂肪酸。普段は気が付きませんが、あまり仲の良くない水と油に寄り添って、二つが同時に力を発揮できるように陰ながら支えています。でも水分を失い始めると、つい彼らにもの足りなさを感じて、もっと強力な成分を求めてしまいがちです。もっと水を引き寄せて、もっと強力に肌をカバーする高分子成分。しかしそうした成分はいつまでも肌に居座り、自己主張が強く、肌の上の関係を崩してしまいます。肌の脂肪酸はさっぱりした性格で何気なく支えてくれる。彼らさえいてくれれば水と油は存分に力を発揮して冬の乾燥から守ってくれる。

<尾池博士の所感>心の乾燥もさっぱりしっとりがきっとよく効く。

工学博士/1972年生まれ。九州工業大学卒。FILTOM研究所長。FLOWRATE代表。2007年、ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞受賞。2009年、PD膜分離技術開発に参画。2014年、北九州学術研究都市にてFILTOM設立。2018年、常温常圧海水淡水化技術開発のためFLOWRATE.org設立。
イラストレーター・エディター。新潟県生まれ。緩いイラストと「プロの初心者」をモットーに記事を書くライターも。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。
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