本という贅沢83『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ/新潮社)

残酷で美しい。この世界の愛し方を教えてくれる本

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今回はいよいよ2019年の締めくくり。今年数々のノンフィクション賞を受賞したブレイディみかこさんの著書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』について、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんに紹介してもらいます。

●本という贅沢83『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ/新潮社)

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ/新潮社)

つい先日、非常によくおモテになるイケメンに「そういえば、さとゆみ、あの本読んだ?」と聞かれた。うん、あ、最初の方だけ……。私は若干機を逃した感ある悔しさとともに答える。
「やっぱり良かった?」と聞くと、彼は「うん、良かった」とだけ言う。

年末進行真っ只中最後に髪洗ったのはいつだっけこのメイクしたのはいつだっけこのone dayアキュビューは何day前の……という落ち武者的状況ではあったけれど、イケメンのレコメンドは万難排して読むの一択。こういうときの胆力だけは、あるんだ、私。

家に戻り、積読棚から書籍を取り出す。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。

で、読んで思ったね。

あー、もうかれこれ何年、サンタ不在のクリスマスだけれど、これ、最高のクリスマスプレゼントだったなーって。

この本には、世界の愛し方が書かれていた。
この本は、世界を愛する「態度」を教えてくれる本だ。

メリークリスマス。

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ちょっと話はさかのぼるけど、
私に、世界を愛する方法を最初にわかりやすく教えてくれたのは、息子だった。
といっても、彼が赤ちゃんだった時の記憶はあまりない。言葉を話さない赤ちゃんの育児は、とくに面白いものでもなくひたすら眠くて、「これは、いいとこどりする感じでいこう。じゃないと病む」と思った私は、彼のお世話は主にシッターさんにお願いして、自分は愛情の交換を中心に彼に関わることにした。

けれども、言葉を話し始めてからの彼は、もう、猛烈に面白くなっていった。まさに、この本でいうところの「わたしの人生に息子の出番がやってきた」状態だ。
とくに、小学校に入学してからの彼の言動は、これまで付き合ってきた全ての男を凌駕する勢いで刺激的だった。付き合いたての新鮮さがずっと続く彼氏のようなものだ。最高か。

誰に似たのか、息子は、心から納得しないと絶対にうなずかない。学校の、世間のルールが納得できないと、ずっとそこにこだわり続ける。「そういうものだから」という説明に頑としてうなずかない。
誰に似たのか、と、人ごとのように書いたけれど、痛いくらい私だ。

彼が問題を起こすたびに(授業中にずっと本を読んでいて話を聞きません。掛け算の九九にまったく興味を示しません。漢字がいつも創作文字です……etc)、私は学校に呼び出される。
そのつど私は、彼の目には、何が見えていて、彼がなぜそういう言動に至っているのかを本人に聞いてきた。
彼の目に見えている世界は、とてもシンプルで魅力的だった。

「授業より本を読む方が面白いから」と言ったときは、共感した。私は彼に、「あなたが授業中に本を読むのは自由だと思う。けれどその場合、人の自由を阻害しない範囲で行動するといいよ。授業を聞きたい子の邪魔をしないように気をつけるといいんじゃないかな」と提案した。彼は神妙な顔でうなずいた。「そうだね、それに先生も一生懸命授業してるだろうから、聞いてあげないとかわいそうだよね」と言った。

先日はなにやらオンライン英会話の先生と揉めていた。この英会話は毎回先生が変わるのだけれど、「どうして宿題のフレーズを言えないの?」と先生に問われ、「僕、初めて会った人に、いきなり『何の野菜が好きですか』って聞かないから」と答えていた。コイツ、最高だなと思った。先生も爆笑して「ほんとだ。その通りだね」と、宿題のフレーズをキャンセルしてくれていた。笑ってくれる先生でよかった。

私は、彼のことがすごく好きだ。尊敬している。
通学路でそれを伝えると、彼はきょろきょろと周りを見渡し、「そういうのは、二人きりの時に言ってほしい、恥ずかしいから」と言う。

彼から学んだことは、「知ることは、愛することである」ということ。

それが家族であれ、友人であれ、仕事相手であれ。
人は、誰かを真剣に知ろうとすると、その人のことを好きになる。好きになる以外の選択肢がほぼなくなる。
そして、
その人が見ている景色を真剣に想像すると、世界が愛おしくなる。彼/彼女が見る世界の美しさが、残酷さが、ビビッドに立ち上がれば立ち上がるほど、彼/彼女の生きる世界が幸せでありますように。そう願う以外の選択肢がほぼなくなる。そしてそのために自分は今、何ができるだろうと考える。
私はいま彼の小さな友人たちが好きだし、ママたちが好きだし、彼の通う小学校と先生を大切に思い、この街が愛しいと思う。

人を知ることは、愛することであり、
愛する人が見ている世界を、その人の目線で想像し知ろうとすることは、世界を愛することにつながると、私は思うようになった。

この本に描かれているのは、イギリスのハードな中学校に入学した息子を持つ母親が、彼の目が捉えたイギリスの多様な文化について、会話し、思考し、そしてまさに世界を愛していく過程だ。

移民のこと。肌の色。歴然としてそこにある格差と差別。ポリティカル・コレクトネスが数年おきに変わるイギリスで、アイデンティティと性の多様性に接すること。
中学生がくぐりぬけるには一見too hardに思われる環境を、少年は驚くべき柔軟性でわたり歩いていく。ある場面ではアジャストし、ある場面では違和感を抱えたまま保留するという態度で、生きていく。

著者のブレイディみかこさんは、その息子の態度を尊重しながら、この世界の構造について考える。世界が今よりよくなるために、母として書き手として、世界とどう関わり、何をすべきかを考えていく。その思考の道筋が、私たちが歩く先を照らしてくれる。

私たちは、彼と彼女の身に起こった出来事を追体験しながら、世界を愛する方法を知ることができる。
たとえば誰かを排除しないこと。想像すること。他人の靴を履いて本気で想像すること。つまり、知ろうとすること。できるだけ真摯に知ろうとすること。
それは、世界を愛する「方法」というよりも、世界を愛する「態度」と言ってもいいかもしれない。

私が持っている2刷の本の帯には「隣に座って、肩を叩いて、『一緒に考えない?』そう言ってくれました」という西加奈子さんの推薦コメントが載っている。
いま、書店に並んでいる最新の帯には、「読んだら誰かに話したくなる」と書かれている。
まさに。

私も、この本を読んだ人と話をしたいな。
その人には、どんな世界が見えただろう。
その人の目には、きっと私とは違った世界が映し出されているはずだ。
その世界を、知りたい。深く想像したい。
この本を介して私たちはきっと、お互いのことを、そしてこの世界をもっと愛せるようになるだろう。

メリークリスマス。そしてハッピーニューイヤー。みなさんの2020年もいい一年になりますように。

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ところで、年末PCの大掃除をしていたら、今年の春と夏に書いた「この連載をやめさせてくれませんか。体力の限界です」というメールが、下書き保存に2通入っていた。さんざん迷ったあげく、そのメールを送信しなかったことは、今年一番のGJだったと思う。

これまで私は、誰かの話を聞き、知り、書くことで、思考の旅をして世界を好きになってきた。それができるライターという職業を天職だと思っていた。
でも、この下半期、この連載を通して私が知ったのは、誰かの本を読むことでも、その旅はできるし、それを書くことで旅をした人とつながれるし、もっと深く世界を愛せるということです。

来年もいっぱい読んでぽつぽつと、私が好きになった世界の話を書こうと思うので、よかったら読んでくださいね。

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それではまた来週水曜日に。次の水曜日は元旦だけど、更新する(らしい)よ!

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

『大ヒット本『妻のトリセツ』を女が読むと、こう思う』(黒川伊保子/妻のトリセツ
片づけの本だけど「捨てる」本じゃない。「何を残すか」を決める本』(近藤麻理恵/人生がときめく片づけの魔法)
・『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる 自己肯定感の教科書』(中島輝/SBクリエイティブ)/
「どうせ私なんか」と決別する。SNS時代の自己肯定感の高め方

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。