妊活の教科書05

「別の道」を選ぶのは怖いけれど…。カウンセラーに聞く不妊治療のやめどき

不妊治療を始めるのも勇気がいるけれど、やめるときはもっとしんどい……。治療が実らず、この先いつまで治療を続ければいいのか考えると身も心も弱ってしまったという女性は少なくありません。自らも不妊治療を体験し、同じ体験者としてサポートするカウンセラーに「不妊治療のやめどき」について聞きました。

●妊活の教科書05

妊娠するまで卒業できない?

自治体の女性のための相談室などで、さまざまな相談を受けている大阪府在住の公認心理師・堀田敬子さんは、30〜40歳までの10年間、不妊治療をしていました。その体験を生かし、不妊体験者を支援するNPO法人Fineが認定する不妊ピア・カウンセラーとして活動するとともに、自分のカウンセリングルーム「with(ウィズ)」を開いています。

「治療の終結は妊娠、と思われるかもしれませんが、子どもを授からないまま治療を終える人もたくさんいます。そして、それが怖くてやめたいけれどなかなか決心がつかないと、治療のやめどきに悩む方が多いのです」と堀田さん。

不妊ピア・カウンセラーの掘田敬子さん

日本産科婦人科学会のデータによると、体外受精などの高度生殖医療(ART)を受けて妊娠・出産した割合は、35歳で18.6%、40歳では9.0%。高度な治療をしても子どもを授からない人のほうが多いのです。(日本産科婦人科学会「ART妊娠率・生産率・流産率 2016」より)

期待が高まる分、ダメだったときのショックが大きい

堀田さんは27歳で結婚し、30歳から不妊治療を始めました。営業職で外回りの合間に病院へ行くなど、仕事と治療の両立に苦労した経験もあります。

一度妊娠したときには、出張続きで体がきつく、それでも「休みます」と職場に言い出せないまま、流産。「このままの状態で仕事を続けていたら、もし次に妊娠してもまた同じことをしてまわりに迷惑をかけてしまう」と、好きだった仕事を退職しました。

「仕事をやめて治療に専念したので、妊娠への期待は高まるばかりでした。しかし、それから数年間、人工授精、体外受精と治療を繰り返しても妊娠しません。やがて自分を追い詰めるようになって……。キャリアをあきらめて選んだ不妊治療だったので、子どもを授かること、母親になることだけが成果だと思ってしまったんです」

治療への期待も落ち込みも、不妊特有の心理

「治療するのだから妊娠すると期待してしまい、それがうまくいかなかったときの落ち込みも大きくなる。そんなときに友人の妊娠報告があっても素直に喜べない……、そして『こんなことを思うのは自分だけ、私はなんて心が狭いんだ』と自己嫌悪に陥ってしまうことがあります。私もそうでした。カウンセリングの勉強をしてわかったのですが、そう感じるのは、不妊特有の心理として、とても自然なことなんです。だから、もしそう思っても、自分を責めないでください」

治療をやめるのが怖い

治療しても実らない日々が続くと、「これがいつまで続くのか」「本当に自分は妊娠できるのだろうか」と心配になりますし、「仕事との両立は、もう限界」といった悩みも深刻に。さらに治療費もかかります。また、「いつまで治療できるのか」と年齢的な限界を感じる人もいます。

「でも、次の治療で妊娠するかもしれない……」

そう思って、再び病院へ。こうして、やめるきっかけをつかめないまま、治療を繰り返す人が少なくないのです。

「治療をやめるのが怖くて、ダメでもまた病院に行く、という方は多いですね。治療をやめること、イコール子どもをあきらめること、と考えていて、それを受け入れるのが怖いのです。それは自分が描いていた“子どものいる未来”をあきらめて、“子どものいない人生”を受け入れることになるのですから」

ひとりでつらいときは人の手を借りていい

自分で意識することはないかもしれませんが、「子どもは2人欲しい」「女の子なら○○という名前を付けて、こんな習い事をさせたい」など、人は自分の心の中にそれぞれの「生殖物語」を持っているといいます。しかし、その物語が叶わなくなったとき、どうすればいいのでしょう?

「今まで心に描いていた物語を新しい物語に書き換えること、いわば方向転換が必要になります。不妊治療をやめようかなと考えるときは、まさに書き換えのタイミングです」

しかし、その作業はひとりでは大変なこともあります。堀田さんは、それをサポートしようと最近、治療の終わりを考えている人に向けて、不妊治療終結のケアサポートプログラムを設けました。

「全7回のコースです。まず自分の不妊体験を振り返ることから始めます。今までがんばってきた自分を認め、自分の未来をどう描いていくか、時間をかけて自分と向き合っていきます。不妊の体験はつらかったと思いますが、そこから得たものもあるはず。そうした心の内を整理して、ご本人が次の一歩を踏み出せるように一緒に考えていきます」

内容を聞いて「やってみたい」という人がいる一方、「まだ治療を続けます」という人もいるそう。

「やめることを意識したら、“やっぱり治療を続けたい”という自分の気持ちに気づいたという人もいました。やめどきは、人それぞれです。焦らないで、自分の気持ちを大切にしてください。気持ちはそのつど揺れるかもしれませんが、それもまた自然なことです。そして気持ちの変化もまた自然に起こってくることです」

いつしか夫婦ふたりの生活に慣れていた

ところで、堀田さん自身が治療をやめたきっかけは?

「これといってないんです。単に病院に行かなくなっただけで。またその気になったら行けばいい、と思っていました。仕事を辞めて治療しても母親になれず、時間が止まったように感じた時期もありましたが、再就職して仕事をしたり地域で活動したりしているときに、子どものいる・いないに関係なく、自分がそこで“受け入れられている”と感じられました。“そのままの私でいいんだ”と思えたんです。そうして、気がついたら、いつしか夫婦ふたりの生活にすっかり慣れていましたね」

堀田さんが運営するカウンセリングルーム「with」

あの頃に描いた道とは別の道があった

「治療まっただ中の頃に描いた道とは違う、別の道がちゃんとあった。当事者として、そうしたことも伝えていきたいですね」と話す堀田さん。

不妊治療のやめどきは、人それぞれ。ひとりとして同じ体験はないでしょう。悩んだときには、カウンセラーに相談したり、治療を体験した人たちと話したりするのも、きっとヒントになることでしょう。

  • NPO法人Fine
  • 不妊当事者による支援活動を行うNPO法人Fineでは、公認ピア・カウンセラーによる面接カウンセリング、電話相談、グループカウンセリングなどを実施。また、不妊当事者同士のおしゃべり会も実施しています。
女性向け雑誌編集部、企画制作会社等を経て、フリーランスの編集者・ライター。広報誌、雑誌、書籍、ウェブサイトなどを担当。不妊体験者を支援するNPO法人Fineスタッフ。
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