RuruRuriko「ピンク」

フランスは女性?日本は男性?「言葉に性別」に困惑

ちょっとモヤモヤした気持ちになったとき、読んでみてください。いい意味で、心がザワザワするフォト&エッセイ。フランスに留学中のRuru Rurikoさんが言語から見えたジェンダーについて考えます。

●Ruru Ruriko「ピンク」17

こんにちは日本の皆さん。実は私、ただ今フランスにてフランス語を勉強しています。
フランス語、とても難しいです……。まだまだビギナーですべて難しいのですが、フランス語は言葉に性別があるのです。例えばフランスという国は女性、日本は男性になります。それは日本語や英語にはないものなので、なんで?なんでこれは女性で、これは男性なの?というように毎日困惑しています。

そのほかにも学生という意味の単語、日本語だったら「学生」、英語は「Student」ですが、フランス語は「etudiant(男)」「etudiante(女)」という風に男女でスペルが違います。「日本人」という意味も「Japonais(男)」「 Japonaise(女)」になります。日本語だとそこに男女差がないので、もし性別がわからないときはどうするんだろうと疑問です。英語もフランス語も誰かを指すときに「彼」「彼女」と性別がはっきりしています。日本語では「あの人」のように言えるので、はっきりさせられない、させたくない時は日本語の方が便利だなと思います。反対に日本語では英語の「 I 」になる第一人称の言い方にたくさん種類がありますし、そこに男性的、女性的といった男女差が表れます。

大人の前で「わたし」友達の前で「うち」

子どもの頃、女の子なんだから「わたし」と言いなさい。と言われてすごく嫌だったのを覚えています。以前「ピンク」をテーマにしたコラムでも触れましたが、わたしは子どもの頃、女の子らしいことが嫌いでした。
なので、「わたし」と自分を呼ぶことを恥ずかしく、屈辱的に感じていました。結局、子ども時代は親や大人の前で「わたし」、友達の前では「うち」を使っていました。今のわたしにとっての「わたし」は女性らしいというよりもプロフェッショナル、大人としてのイメージが強いので以前ほど抵抗はなくなりました。

ほかにも、日本語では語尾を変えることで男性的な話し方、女性的な話し方と雰囲気が変わります。

英語から日本語への翻訳作業をするときに、どう翻訳するかよく迷ってしまいます。女性だからと言って女性的な日本語訳にするのもおかしいと感じつつも、男性的にするとぶっきらぼうな雰囲気が出てちょっと違うなあと思い、結局は「女言葉」で訳すことが多いです。この「女言葉」「女性らしい言葉使い」というのも女性が大人になる過程で求められてくることの一つではないでしょうか?

「怒り」の表現が難しい日本語

日常的に不自由なく英語が話せるようになった今、英語での方がはっきり物事を言え、感情も表しやすいと感じています。
それは過去数年間、日本語より英語を話すことが多かったせいなのかもしれないし、今の自分のパーソナリティでは、英語の方がフィットしやすいのかもしれません。反対に、英語では表現できない日本語や、日本語の方が話しやすい話ももちろんあります。しかし、「怒り」の感情は英語の方がはっきり出せます。日本語で怒ろうとすると、なんだが言葉が出ません。

以前SNSで、日本語の女性が痴漢に遭った時に言う「やめてください!」を取り上げた投稿がありました。なぜ丁寧語で女性側がお願いしているようになってしまうのか、と書かれていて、考えさせられました。
「さわんじゃねえ!」「やめろ!」という言い方の方が強く聞こえますが、普段いわゆる女性的な喋り方をしている人の場合は、とっさにこのような言葉は出てこないのではないでしょうか?

性別に「その他」の欄

こうして見ると、普段私たちが使っている言葉にはたくさんの性差があります。フランス語で男性1人、女性数人のグループがいたらその人たちを指す言葉は、女性が何人いても、男性が1人加われば「彼ら(ils)」になります。

日本語では、妻を「家内」や「女房」と呼ぶことに妻=家で働く、夫=外で働くという考えが出ていると言われています。「主人」も家の中心は夫、男という感じが出ているなあと感じます。

自分のセクシュアリティがはっきりしていない人々は自分たちをどう呼ぶのでしょうか?

カナダでは最近「zir」という、性をはっきりさせない第一人称がジェンダークイアの人々の中で使われているようです。それに加え、カナダを含めた世界の数カ国ではパスポートに「男性」「女性」の他に「その他」の欄も加えられています。セクシュアリティーが多様になってきた現代、国がそのような対応をしていくことも大切になってくるのではないでしょうか。

続きの記事<本当は怖い、「食べる」と「罪悪感」の関係>はこちら

18歳の時にイギリスへ留学、4年半過ごす。大学時代にファッション、ファインアート、写真を学ぶ中でフェミニズムと出会い、日常で気になった、女の子として生きることなどの疑問についてSNSで書くようになる。