キャリアプランは、いらない。

都会の生活も「登山」の延長!? 低山トラベラー大内征さん×太田彩子さん

「かつては“バリキャリ”だったキャリアの専門家・太田彩子さん。自身の会社の経営、日本最大級の営業女子コミュニティの主宰など広く活躍しながらも、「かつての“頑張る自分”は卒業した」と言います。その太田さんが今、私たちに伝えたいこととは? 「もっと頑張らなきゃ」と力んでしまうとき、心理学の専門家でもある太田さんの言葉は、胸に響くはずです。 今回はスピンオフとして、低山トラベラーの大内征さんとの対談をお届けします。これまでの連載で、自然に身を置くことの大切さをお話ししてきた太田さん。「山」という共通言語を持つ2人の話から、その理由がよりはっきりしてきました。

●キャリアプランは、いらない。〈特別編〉

「戦=登山」歴史と低山はつながっている

太田彩子(以下、太田):大の山好きの私、今日は大内さんからお話を伺えるのが楽しみで、山の写真をプリントして作ったスカートを履いてきました(笑)。大内さんと初めてお会いしたのは10年前くらいで、当時は企業にお勤めでしたよね。今は低山トラベラーとして山の魅力を発信していますが、なぜ「低山」なのでしょうか?

大内征(以下、大内):もともと登山は趣味でした。最初は絶景とか達成感とか、挑戦心を求めて名の知れた高い山ばかり登っていたんです。でも、日曜の午後しか時間がないこともある。そういうときに日帰りで行ける首都圏の低山に登り始めたら、歴史小説や神話・民話とのつながりがたくさんあることに気づいて。

太田:たしかに、歴史小説には山がたくさん出てきますよね。

大内:「武田信玄が陣を張ったから陣馬山なのか!」みたいな発見がたくさんあるんですよ。
考えてみれば、戦国時代の合戦では、絶対に峠を通って隣国に侵入するんです。つまり「戦=登山」なんですよね。高山にも文化や歴史はあるけれど、人が暮らせる高さじゃない。そういう意味では、低山の方がより営みや物語の深みがあるんです。旅先で歴史文化を思いながらその土地を歩くように、低山を歩く。それで、“低山トラベラー”と名乗るようになりました。

太田:日本の国土の7割が山で、日本人の生活に山は密接に関わっている。低山は文化そのものなんですね。

「登山とはこういうものだ」という先入観をぶち壊す

太田:大内さんは学びのコミュニティである自由大学で「東京・日帰り登山ライフ」の教授を務めています。ミレニアル女性の参加者も多いそうですね。

大内:都会の生活に疲れた地方出身者や、過去に高山に登ったけれどあまりいい思い出がない人が多いですね。そもそも登山に対して、「高い山にチャレンジをしなきゃいけない」っていうイメージが強いんですよ。実際、友達に「初心者でも大丈夫」と言われて富士山に登ったものの、装備不足や悪天候で、山が嫌いになる人は少なくないんです。

太田:富士山は「二度と行かない」派と「もう一度行きたい」派にはっきり分かれますよね。

大内:だからこそ、最初に登山への先入観をぶち壊すところから始まります。これは仕事も同じで、「こういうふうに働くものだ」みたいな決めつけから解放されないと、自分らしい働き方はできない。以前は帝王学を学んでおけばビジネスの場で戦えたけれど、今は個々が独自の物差しを持っている。自分の物差しがなければ良し悪しすらも判断できなくなってしまうし、これからの時代を自由に生きていくのは難しいと思います。

太田:先入観や思い込みだけで物事を決めると、視野狭窄になってしまう。別の考え方や世界観を知ることができずに、損してしまうのは自分自身ですよね。これはいわば目に見えない呪縛で、先入観を持っていることにさえ気づけないこともある。どうしたら気づけるんでしょう。

大内:僕にとっては、そのきっかけが東日本大震災でした。僕の故郷は仙台。何かできることはないかと、当時勤めていた会社の仕事に加えて、自由大学で被災地体験プロジェクトに取り組み始めました。2年くらい両方で活動しているうちに、僕の中にあった前提が壊れたんです。会社の仕事をやるだけが人生じゃないってことがわかった。これまでのやり方を超えなければ、今後の世の中に対応できないことを痛感したんです。

売上だけを追求している会社にいる人が理想を欲するのは自然なこと

大内:その時にもう一つ、僕の中で合点がいったことがあって。それは「二項両立」っていうこと。2つのものを対立で考えていたけれど、実は一対だと思うようになった。

太田:というと?

大内:昼があるから夜があるし、山があるから海がある。善があって悪があり、男がいるから女がいる。どちらか、ではなくて、それらが「対」となって世界が成立しているという考え方に変わったんです。これは自然の摂理なんですよ。例えば、森の匂いやマイナスイオンで人はリラックスすると言われているけれど、実はこれらは傷ついた木が自分を守るために放出するフィトンチッドというもの。木のストレスなんです。でもそれが人間にとっては癒しになる。

太田:なるほど。 補完関係なんですね。

大内:まさにその通りで、海の水蒸気が上空で雲になり、雨を降らせて山を潤し、川となって生活をも潤し、海に注いでまた雲になる。すべて循環で成り立っている。都会と山だってそうです。高山と里の間にあるのが低山で、そこから眺めると、普段生活している街と山が続いていることがよくわかる。都会だって自然の一部だし、都会での生活も登山の延長なんだと思うようになりました。

太田:山に行くと、いつもの都会や仕事モードではない環境だから、否応なしに自分のマインドが変わることを実感します。すると、日常とはまた違う「ものの見方」ができるようになり、「こんな世界もあるのか!」という発見があって。まるで魔法みたいだなと思います。

大内:自然と都会の2つがあって世界を作っているんだから、片方を遮断するとバランスが悪いような気がして。これは仕事も同じで、売上と理想、効率と非効率。どちらか一つではなくて、両方を回さなければいけないんです。車だって車輪のバランスが悪いと壊れてしまいますよね。両方の車輪が同じ大きさと速度で回って、初めて心地良く走れる。売上だけを追求している会社にいる人が理想を欲するのは、自然なことなんです。

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2009年に株式会社キャリアデザインセンターに入社。求人広告営業、派遣コーディネーターを経て、働く女性向けウェブマガジンの編集として勤務。約7年同社に勤めたのち、会社を辞めてセブ島、オーストラリアへ。帰国後はフリーランスの編集・ライターとして活動中。主なテーマは、「働く」と「女性」。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。