「私はいなくならない」。別れが不得手な優(松村北斗)と一歩を踏み出す勇気 『アンサンブル』5話
素直になれた瀬奈が見つめる先
瀬奈は、とにかく対話が苦手な人だ。
かつて宇井との関係が気まずくなってしまった時期も、自分から話し合いの場を設けたり、自分の思いを素直に相手に伝えたりするのを避けていた。人と真正面から向き合うのに抵抗を覚える瀬奈の性格は、優と正反対に見える。人との深い関わり合いを望まない瀬奈と、別れが不得手な優。
しかし、確実に瀬奈は変化している。自らの恋愛には距離を置き、仕事では「恋愛トラブル専門の弁護士」である瀬奈が、宇井からの突然のプロポーズに「ごめん、いま好きな人がいるんだ」としっかり断り、5話の終盤では優に対しても自分の気持ちを包み隠さず伝えている。この作品は、主人公である瀬奈が立ち止まる(=宇井や優との対話を拒む)たびに、進行が止まる構造になっているようで、彼女が素直になればなるほどストーリーも動きをみせる。
優と大学時代に華道部でともに活動し、彼の“元カノ”と主張する和泉可奈子(横田真悠)の存在によって、優と瀬奈の関係性はまたもや揺れかけた。可奈子は優と「まだ付き合っている」という立場を崩さず、たびたび彼の前に姿を現していた。
それでも、瀬奈は優を信じ、彼がどう思っているかよりも先に自分の思いを打ち明けた。「私は真戸原くんのことが、好きです。だから一緒にいたい。この気持ちだけはちゃんと伝えておきたかった」と口にする瀬奈の勇気は、優と過ごした時間があったからこそ引き出されたものだろう。
可奈子の身勝手さの正体は
それにしても、可奈子の身勝手さ、視野の狭窄(きょうさく)具合には、一種のファンタジー性を感じるほどだった。「私たちって、まだ付き合ってるよね」と口にするくらいであれば可愛げがあったかもしれないが、優の思いやりにつけ入って「寒いなか会いに来たのに、置いていくの?」とすがったり、優の職場までやってきて「彼女の特製弁当だよ!」と弁当箱を渡したり。ファンタジーを通り越してホラーである。
可奈子の身勝手さはもちろん、なかなか彼女を振り切れない優の優柔不断さに、やきもきさせられた視聴者もいるのでは。優と可奈子が出会った時期の回想シーンを見ると、どうやら優にとって可奈子は、最初から恋愛対象ではなかったようである。なのに、可奈子の認知の歪みと同じレベルで、優の側にも問題があったのだと印象付ける描き方をしているのは、意図的なもののように感じる。
優の母・真戸原有紀(八木亜希子)によれば、優は、過去に実母に置き去りにされた経験から「分離不安」があるという。可奈子と別れようとしても、もう一生会えなくてもいいんだ、と不安を縫い付けるような言い方をされ、なかなか思い切れない優。しかし最後には、瀬奈への気持ちを再認識したうえで、可奈子に対し「今までありがとう、さようなら」と告げた。
その後、踏切の前で、瀬奈と思いを伝え合った優。瀬奈は優の手を取り「大丈夫、私はいなくならない」と言った。
そもそも可奈子は、なぜここまで優に執着したのか? 生まれたばかりのヒヨコが親鳥を見てついていくように、助けてくれた嬉しさから「この人しかいない」と盲目的になってしまったのか。それとも、瀬奈が現れたことによって、優に対する執着心が誘発されてしまったのか。
こじらせる前に、もっとできることがあったはずでは……と思わずにいられない。優と一生会えなくなることによって、つらい思いをするのは可奈子のはずだから。
事実婚に対する描き方に「?」
「恋愛トラブル専門の弁護士」「リーガルもの」という設定を思い出させてくれるかのように、今回はしっかり裁判シーンがあった。依頼人は梶野穂花(山崎紘菜)。南雲英司(時任勇気)と事実婚の関係にあったはずが、突然別れを切り出されたという。財産分与を求める穂花だが、英司からは、内縁関係が存在したことはないと、逆に訴えられてしまった。
入籍はしていないにせよ、穂花と英司は将来を誓った関係のはずだった。ともに過ごした時間は確かにあったはずなのに、あろうことか英司は同時期にほかの女性とも関係を持っていて、穂花と別れた直後、その女性と結婚したという。瀬奈は、穂花が置かれた状況に心を寄せ、苦しい状況ながらも最後まで諦めない姿勢を見せる。
しかし、穂花が懸命に「私があなたの妻」と主張しても、事実婚の関係にあったことを法的に証明する手立てがない。裁判では、証言台に立った穂花の友人も、彼女を妻と認識していなかったことが立証されてしまう。結果、裁判には負けてしまった。この展開は、暗に「やはりいざというときのために、事実婚ではなく入籍をしておいたほうがいい」「事実婚の関係性を証明するのは難しい」と印象付けることにならないだろうか。
瀬奈や優が働く法律事務所の所長・小鳥遊翠(板谷由夏)が、穂花に対し「お二人はどうして通常の結婚という形をとらなかったんですか?」と問いかけたシーンからも、間接的に、大層な理由がない限りは入籍をしておいたほうが無難だとする考え方を助長することになるのではないか。
4話の同性愛を思わせる描写といい、本編の筋書きに、社会のあり方を絡める節がある。このスタンスは、今後の物語に活きてくるのだろうか。
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日テレ系土曜22時~
出演:川口春奈、松村北斗、長濱ねる、じろう(シソンヌ)、戸塚純貴、香音、東野絢香、橋本マナミ、SUMIRE、瀬戸朝香、横田真悠、中田クルミ、稲垣来泉、八木亜希子、光石研、板谷由夏、田中圭ほか
脚本:國吉咲貴、諸橋隼人、ニシオカ・ト・ニール
主題歌:aiko「シネマ」
チーフプロデューサー:荻野哲弘
演出:河合勇人
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