考察『ファーストペンギン!』最終話。和佳と波佐間は何が違ったのか。漁業、政治、暴力団まで踏み込んだお仕事ドラマに拍手を
和佳と波佐間の違い
和佳(奈緒)と片岡(堤真一)が見つめる青い空と海。海風の心地良さが伝わってくるような風景のなかで、漁業と日本が抱える問題を描いた。
12月7日放送の『ファーストペンギン!』(日テレ系)最終話。外国資本の企業に汐ヶ崎を売り渡しかけた和佳は、元議員の辰海(泉谷しげる)に「お魚ボックス」事業をやめるようにと迫られる。彼女が選んだのは、ボックス事業を残し、自分が汐ヶ崎からいなくなることだった。
和佳は「先生」と呼んでいた琴平(渡辺大知)に導かれて汐ヶ崎にやってきた。和佳が向き合う「先生」は、身近な存在から、正体がはっきりとしない大きなものへと変わっていく。彼女は、漁業協同組合長の杉浦(梅沢富美男)らが「先生」と呼ぶ辰海との約束で、汐ヶ崎を去る。
辰海は、水産フェアで「ファーストペンギン」と紹介された和佳を揶揄する。
「飛び込んだはええけど、よそから物騒なもん連れてきましたのう」
物騒なもんとは、和佳たち「さんし船団丸」に食品商社「神饌オーガニクス」を紹介した波佐間(小西遼生)と、彼と神饌オーガによる汐ヶ崎の浜の一企業化のことだ。波佐間は、日本の浜を外国資本企業に売り渡しても構わない、むしろそうすることが正しいとさえ思っていたようだった。
「みなさんは目覚めたんですよ。上が変わらないなら、自分たちが賢く規制をすり抜けて、やっていかなきゃいけないって」
波佐間はそう言う。東北の漁村で生まれた彼は、浜が潰れるのも、そのとき漁協や日本の政治家が助けてくれないのも目の当たりにしてきた。官僚になったが、そこで「漁師は魚を獲るしか能がない」と馬鹿にする政治家に出会ってしまった。彼の生い立ちや経験から、「外から変えるほうが正しい」と思い込むことで自分を救ってきたのだろう。
しかし、経済的な侵略や国防にも関わる脱法行為で規制をすり抜ければ、国はさらに厳しい規制をつくらなければいけなくなるだろう。溝口(松本若菜)のような、水産・漁業の復興を願う官僚もいる。彼女がいなければ「お魚ボックス」事業は走り出せなかったかもしれない。波佐間のやろうとしたことは、この先の「10年、20年」という目先のことしか考えていないものだった。
汐ヶ崎には、漁師たちや漁業に関わるさまざまな仕事をする人たち、それを支える人たちが暮らしている。それは10年、20年でできあがったものではないし、途絶えるべきものでもない。目先の利益だけを見て物事を進められるのは、波佐間が漁協や政治に落胆した、あるいは裏切られたと感じている人物だからだろう。同じ外から来た人間であっても、彼と和佳は違っていた。
さまざまな脅威がポスターに
「人は、突き落とされれば溺れます。溺れた人間は、藁をもつかみます。そこにあるものをつかもうとしますよ! 波佐間だって、溺れなければあんなものつかもうとしなかったし、私だって波佐間にすがろうとなんてしなかった」
和佳は辰海にこう言った。波佐間が「溺れた」人であると彼女は理解していた。神饌オーガに手を切られた波佐間を見て、杉浦は「あんたこそ、もう使い捨てられたんじゃないんか」と言った。去っていく波佐間を見て、和佳と片岡は戸惑いの表情を浮かべていた。彼はいなくなり汐ヶ崎は守られたが、どこか「かわいそう」とも感じる場面だった。
日本で溺れているのは、漁業関係者だけではない。杉浦は、辰海について「港も市場も道路も、先生なしでは考えられん」と説明していた。その言葉からは、辰海が漁協だけでなく土建屋や不動産業界なども握っている人物であろうことがうかがえる。それは、辰海次第でそうした業界や企業も、さんしのように危険にさらされる可能性があるのだということでもある。
逆に、辰海がいなければ、和佳たちは神饌オーガとの契約を破棄できなかった。辰海は、日本は島国だからこそ漁協が必要なのだ、と説く。古くからあるしきたりは、現代では邪魔になってしまうこともある。それは変えていくべき点かもしれないが、その成り立ちに理由があることは踏まえるべきである。
杉浦、波佐間、辰海。和佳やさんしの敵と思えた人たちにも、彼らなりの思いがある。それを全10話で描き切ったこのドラマの脚本に拍手を送りたい。
このドラマでは「外国資本企業」が主な脅威として取り上げられた。その一方で、例えば和佳と片岡、小森が通る駅の構内に、「悪は許さない!」「暴力団に対し恐れない! 金を出さない! 利用しない」というポスターが貼ってあった(第8話)。最終話では、漁協の会議室らしき部屋に「やめて密輸」と書かれたポスターがあった。
さらには、辰海がさんしに送った「針」である逢坂(矢崎広)が、暴力団「辿絢会」の準構成員・宮里勝孝であったことも判明する。漁業と暴力団、そして警察や政治家が昔から関係を持っていたことに関しては、鈴木智彦『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)が詳しい。密漁者や暴力団を見逃さないと成り立っていけない浜の事情が記されている。
『サカナとヤクザ』は、著者の鈴木智彦が実際に築地市場に潜入して働き、密漁の実体を探る緊張感あるノンフィクションだ。ノンフィクションが原作である『ファーストペンギン!』も、漁協、政治、そして暴力団の問題まで踏み込んでいく気合いをバチバチに感じるドラマだった。
一歩先へ飛び込んだドラマ
緊迫の最終話、登場人物たちのチャーミングな面も端々に見えた。
序盤の追い詰められた杉浦は、その心境を「ペンギンの一羽遅れてすまきかな」と川柳にしていた。物理学者で俳人でもある有馬朗人の「ペンギンの一羽おくれし春の月」という俳句があるが、それの本歌取りだろうか。梅沢がバラエティ番組『プレバト!!』(TBS系)で俳句をつくっていると知っていると、おっ! と思う場面だった。
表情の変化にとぼしく、何事にもあまり執着がなさそうに見える小森(北川尚弥)。そんな彼も、安野(遠山俊也)が和佳を連れて辰海のもとに行こうとするときには、和佳を心配する漁師たちと一緒に立ち上がっていた。そのあとも、和佳が帰ってくるまで寝ずに待っているなど、さんしや社長の和佳に対してちゃんと気持ちがある人なのだと感じられた。
浜尻水産の船団長・浜尻(高杉亘)は、最初はさんしに嫌がらせをしていた。だが、自分たちもボックス事業をやりたいと思っていたこと、本当は羨ましいと感じていたことがわかる。船での浜尻は、あたたかいお茶とクッキーを楽しみにしているようだ。片岡がボックスを一緒にやろうと声をかけると、浜尻は大きな体で腕を広げて片岡を抱きしめ、「チュー!」「遠慮すんな~」と喜ぶ。憎めないキャラクターだ。
永沢(鈴木伸之)とアイナ(足立梨花)、たくみ(上村侑)と梨花(ファーストサマーウイカ)が結婚し、琴平と楽(大貫勇輔)は汐ヶ崎で「ことりん病院」を開業した。片岡が、楽は優しいからすぐに人気者になると言っていたが、それが現実になっていた。
見れば見るほど、隙がなく、隅から隅まで学べて楽しめるドラマだった。この先の、働く人々、何かに挑戦する人々を描くドラマにも影響を与えていくのではないか。漁業だけでなく、エンターテインメントでも一歩先へと飛び込んだ、見て大満足の作品である。
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