考察『ファーストペンギン!』7話。いよいよ漁業版『半沢直樹』に!漁協と政治家の繋がりを果敢に描く
『エルピス』『半沢直樹』との共通点
「想像したこともないような種類の敵」とは、政治家のことだった。11月16日放送の水曜ドラマ『ファーストペンギン!』(日本テレビ系)第7話に、登場したのは俳優・泉谷しげる。漁業協同組合を票田としていた元議員・辰海役だ。これまで和佳(奈緒)たち「さんし船団丸」の邪魔をしてきた汐ヶ崎漁協組合長・杉浦(梅沢富美男)さえも言葉を失うような、計り知れない人物として現れた。
杉浦が主導したさんしへの嫌がらせも、決して許されるものではなかった。特に、磯田(吹越満)の母・靖子(鷲尾真知子)は、「ウニ潰し」といわれる作業でひとりにされ、満潮で溺れかけたうえ、足を複雑骨折している。医者は歩行が困難になる可能性が高いと言っていた。ひとりで高齢の母の介護や介助をしながら、四六時中漁に出ることを考えると、先が不安になるだろう。
「まあ、全員残そうと思ったら、ひとりぐらいは残るんかのう」
さんしに3人の新人が入り、全員を漁師に育て上げるという片岡(堤真一)に、磯田は現実的な言葉を返した。冷静で現実的な磯田が、母親の介護、介助を自分が負う生活を想像していないわけがない。そのせいか、今回は特に暗い表情が多かったように思う。
人の暮らしや命までをも踏みにじるような嫌がらせは、さらに続く。さんしの6次産業化事業「お魚ボックス」を止められなかった杉浦の前に、辰海が現れた。辰海が「針」と呼んだ工作員は、さんしの船を沈めかける。たくみ(上村侑)が思い切って網を切る判断をしなかったら、死人が出ていたかもしれない。
現在放送中のドラマ『エルピス─希望、あるいは災い─』(フジ系・カンテレ制作)では、冤罪問題からマスメディアの功罪、そして政治の欺瞞に踏み込んだストーリーが話題となっている。脚本家の渡辺あやや、プロデューサーの佐野亜裕美のインタビューでは、こうした問題について2016年頃から考えてきたと語られている(マイナビニュース「『エルピス』渡辺あや×佐野亜裕美が共有した「社会に対する憤り」 リスクの高いテーマになった必然」2022年10月31日)。それが、2022年のいまになってようやくかたちとなった。
『ファーストペンギン!』を3話あたりまで見たときに、啖呵を切りまくる奈緒の姿に、これは“漁業版『半沢直樹』(TBS系)”だなと思ったことを覚えている。ちょうどその頃に、ドラマのプロデューサー・武澤忠が「まさに『ごくせん』の漁師版であり、女・半沢直樹だと思いました」と語っているインタビュー(MANTANWEB『ファーストペンギン!:“女・半沢直樹”の実話 ドラマPが大切にした「ロマン」」2022年10月30日)を目にして驚いた。
『エルピス』も『半沢直樹』も、過去にあったできごとを主人公たちが塗り替えていこうとしていく。『ファーストペンギン!』もまた、古い価値観をまったくの門外漢が打破していくドラマである。そして、過去──『エルピス』であれば冤罪問題や報道への疑義、『半沢直樹』であれば父親の死や派閥争い──、漁協を通さなければ魚が売れない閉塞した状況や、漁協を地盤とした政治家の影響を、さんしが乗り越えようとしている。
辰海の登場によって、想像以上に社会の深い部分へ切り込んでいこうとしているドラマなのではないかと感じた。実話をもとにフィクションをつくり、そのなかで現実の問題をあぶりだす。「おじさんかわいいドラマ」として見ていたところに、磯田が感じているような「現実」を鋭く突きつけられたようだ。
「わしは安全第一じゃけえ」切実な叫び
第7話では、さんしに新人漁師が入ってきた。小森(北川尚弥)、岡室(長谷川ティティ)、逢坂(矢崎広)の若者3人だ。なかでも小森は、14時間の漁が労働基準法に違反しているのではないかと疑問を呈したり、注意を受けても「言われたとおりにやっただけ」と反論したりと、さんしの輪を乱しはじめる。
辰海がさんしに送った「針」とは、みんなの士気を下げる小森のことか? と最初は思わされたが、そうではなかった。相手の気持ちを汲むのが苦手な小森に、片岡が寄り添うと、小森も態度を改めて、山中(梶原善)に歩み寄ろうとしていく。山中の仕事を見て覚えようとし、漁に使う道具について質問をするようになる。
岡室も、ビット(係船柱)のロープに触れていたところを山中に注意されるが、それは岡室がケガをしないようにという気持ちからだった。すぐに手を離させようとして、山中は岡室を蹴り、勢いで殴ってしまう。岡室は自分のしていたことの危なさを理解したようだった。
となると、残るは逢坂だ。彼は、第7話ではほとんどのトラブルに絡んでこなかった。あまりにも影が薄くて、段々と怪しく思えてくる。おそらく、逢坂は山中が点検していたロープに傷をつけ、船を引っ張ることができないようにした。そのせいでさんしの漁師たちが乗っている船は転覆しかけ、1000万円の修理費がかかる網を切らざるを得なくなった。
なんとか陸に戻ってきた漁師たち。山中は小森がロープを細工したのだと決めつけて殴ってしまう。
「この30年、一遍でもわしがそねえなミスしたことあったか? わしはアホじゃけど、アホなりに、やらにゃいけんことはやってきたつもりっちゃ! なんで『篤がそねえなミスするわけねえ』って言うてくれんのね!」
山中は気持ちを上手く言葉に変えることができない性質なのかもしれない。手が出たあとに、ようやく自分の思いを吐き出せる。梶原善の演じる山中の訴えには、「アホ」だからこその切実さが溢れていた。
「じゃけど、わしは安全大事じゃけえ!」
岡室を殴ってしまったときにも、山中はこう言っていた。誰にもケガをしてほしくないと、人一倍安全に気を配っていたことがうかがえる。片岡も、山中を疑っていたわけではないだろう。「全部このひょっとこ(片岡)が悪い」と磯田が言っていたように責任を負うつもりだったのではないか。だから、山中も小森も責めなかったのではないか。
しかし、どちらも責めない、あるいは弱い者を守る姿勢は、中立には見えないこともある。さんしの事務所には、片岡、小森、そして和佳の3人が残された。
「こっから3人で、出直しじゃ!」
片岡の言葉を本気ととらえるか、捨て鉢ととらえるか。小森が残ってくれたことと、山中をいの一番に「親父、待てっちゃ!」と追いかけたのがたくみだったこと。そんな若いふたりがいてくれることが、微かな希望の光だ。
遠山俊也の憎めなさ
これまで散々さんしに嫌がらせをしてきた杉浦だが、今回、辰海が出てきたことで相対的にすっかり弱体化したようだ。いつも杉浦のそばにいる安野(遠山俊也)の狼狽っぷりが増している。
辰海の計画の内容を知らない杉浦と安野が話しているシーン。計画を知れば「何も知らなかった」と言えなくなる。でも、計画を知らなければ「全部組合長(杉浦)がやった」と言われるかもしれない。どうしたらいいかわからなくなって、感情が先立ち「あぁっ……!」と声を漏らす安野。「針」がさんしの船を転覆させようとしている状況で、救助の船を出すべきかどうかと迷う杉浦に、迷いなく「救助出すしかにゃあでしょ、こねえなん!」と叫ぶ安野。
安野がなぜ杉浦にすりよっているのかはわからない。単純に、たまたま地元の権力者に好かれたというだけの間柄かもしれない。そんな安野は、杉浦の損得よりも先に人命救助の緊急性を選べる。以前、漁協の建物で進(石塚陸翔)と一緒に魚の本を読んでくれていた安野の姿が思い浮かぶ。
7話には、以前、お魚ボックス事業を応援していた農林水産省職員の溝口(松本若菜)も再登場。和佳に「あなたは水産業界を救うジャンヌ・ダルクになるんです!」と言い切る。和佳以上に、こうと決めたら真っすぐのキャラクターなのかもしれない。
さらには、ほんの少しのシーンだけれど琴平(渡辺大知)や永沢(鈴木伸之)が登場し、今度は和佳ではなく片岡を助けてくれた。和佳とさんしに関わった人たちとの縁を切らないドラマに、あたたかさを感じる。
クライマックスに向かう第8話以降、さんしを去った漁師たちがどう戻ってくるのか。小森やたくみら、若い漁師たちにはどんな役目が待っているのか。楽しみである。
毎週水曜よる10時〜
出演:奈緒、鈴木伸之、渡辺大知、松本若菜、ファーストサマーウイカ、遠山俊也、城桧吏、志田未来、中越典子、梶原善、吹越満、梅沢富美男、堤真一 他
脚本:森下佳子
音楽:菅野祐悟
主題歌:緑黄色社会『ミチヲユケ』
演出:内田秀実、小川通仁、今和紀
プロデューサー:森雅弘、森有紗、阿利極(AX-ON)
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